<入れ替わった立場>
部屋に戻って来た斗至に揺さぶられて意識を取り戻したふたりは、互いの格好を見て死ぬほど驚いた。
聖孝は、黒のレースのキャミソールの上にピンクのキャミを重ね、上にデニムのショートジャケットを羽織り、ボトムは膝丈の黒いスパッツ&ボーダー柄のハイソックスという、「ちょっと活発な女の子」風の服装。
対して未来は、赤とオレンジのチェック柄のシャツにグレイのセーター、下は紺色のチノパンという、典型的な「流行に疎い青年」的なファッション。
そう、言うまでもなく、先程までの互いの服を着ていたのだ!
斗至が戻ってくるまでおよそ3分弱。常識的に考えて、どちらかが他方の服を上から下まで(確認したところショーツなどの下着も入れ替わっていた)脱がせて自分が着たうえ、相手を自分の服に着替えさせるのは、まず不可能だ。
さらに、未来にとっては実の兄、聖孝にとっては従弟であるはずの斗至の言葉が、ふたりの混乱に拍車をかける。
霧島兄妹の母と聖孝の母は双子の姉妹で、どちらかと言うと母親似の聖孝は、同じく母親似の未来と顔だけ見れば確かに兄妹っぽいが、それでも男女や年齢の差異から、いくら服装が違っても見間違えるはずはない。
それなのに斗至は、今の服装に応じた名前でふたりに呼び掛けてきたのだ。
──結局、それから数時間にわたり、3人で色々話しあった結果、どうやら他の人間には、聖孝が未来に、未来が聖孝に見えるらしいという結論に達した。
あの不思議な光の発生から考えて、この怪奇現象を引き起こしたのは、たぶんあの木彫りの神像なのだろう。
「まさか、本当に不思議な力があるなんて、ね」
実例を目にしても信じ難いが、聖孝と未来が冗談半分で口にした願望を、おそらく彫像が願い事と判断し、「ふたりの立場を入れ替える」形で叶えてしまったと考えるほかないだろう。
そして、くだんの神像はと言えば、力を使い果たした代償なのか、すでにサラサラと細かい木屑に崩れてしまっていた。
「どどど、どーしよう、ミキちゃん!?」
「落ち着いて、キヨちゃん。兄さん、父さん達に連絡して、コレと同じ彫像を、もう一度手に入れられないか聞いてみてくれる?」
狼狽える聖孝を尻目に、冷静に判断する未来を見ていると、本当にどっちが年上がわかったものじゃなかった。
わざわざ国際電話して、適当に誤魔化しつつ、斗至が父から聞き出したところ、以下のような事実が判明した。
(1)彫像は貴重品だが、唯一の品というワケではなく、再入手はおそらく可能
(2)ただし、相手が住所不定の現地交易商人なので、手に入れるまでしばらく時間がかかる
あの神像が“本物”である以上、再度願い事をすれば元に戻ることはできるだろうが、当面は今の状態のままで日常生活を乗り切るしかあるまい。
仕方なくふたりは、斗至の助けを借りつつ、聖孝は「霧島未来」、未来は「桝田聖孝」としてしばらく暮らすことになったのだ。
完全に意気消沈した「未来」を尻目に、好奇心旺盛な「聖孝」は斗至とともに色々実験し、いくつか面白い事実を発見していた。
たとえば、「聖孝」達本人が、肉眼や鏡などに映る像を視認すると、自分&相手の身体は何も変わってないように見える。反面、斗至も含めた他の人には、それぞれ「聖孝」「未来」に見えるのは、すでに述べた通り。
しかし、斗至がデジカメやビデオなどで撮影した“画像”は、未来たちにも今の“立場”に応じた姿に見えるのだ。
ちなみに声に関しても同様で、本人達の耳には、これまでと同じ自分の声に聞こえているが、テレコなどを使うと、現状の立場にふさわしい声が録音されていた。
実は、これ因果に干渉する魔法や奇跡には比較的ポピュラーな現象で、この術が被術者以外の人々の認識に働きかけているからこそ起こるズレなのだ。
しかし一方で観測者の認識が物理的に“記録”されると、逆に因果の方にも歪みが及んでしまう。
さらに言うと、何度も繰り返し記録されると、少しずつ本体にも歪みの影響が出るのだが……。
無論、3人がその原理に気づくはずもなかった。
* * *
「聖孝」の立場になった未来は、如才ない彼女(今は「彼」だが)らしく、「専門学校生に通う男性」としての毎日に、さしたる問題もなく適応していた。
授業も予習したうえで真剣に受講しているし、他の学生とも適度なコミュニケーションをとっているため、周囲には「桝田君、以前より真面目で明るくなったね」と評判がいいくらいだ。
ここまで生活態度が変わると、普通なら不審に思う者が出てきそうなものだが、そもそも“本物”は、同じ高校出身の悪友達以外とは殆どつきあいがなかったため、あまり深くキャラを知られていなかったことも、コレに関してはプラスに働いたのだろう。
「聖孝」自身にとっても、これまで我流で描いてきたCGイラストの技法を正式に学校で学べるというのは、それなりに有難い話だった。
また、こちらの「聖孝」は自立心旺盛で、“本物”と違って料理・掃除その他の家事も一通りこなせるため、プライベートでの生活の方も、まったく問題なかった。
もっとも、そのせいで、本来の未来として生活していた頃は、世話好きでややシスコンな面がある兄の斗至からは「最近、妹が甘えてくれない……」と落胆されていたのだから、なかなか難儀な話だ
例の学校の課題についても、結局「聖孝」が描くことになった。
「ちょっと複雑だけど──ま、仕方ないよね」
元の立場に戻れるのが1週間後か、1月後か、それとも1年後かわからない以上、「聖孝」としても、専門学校を落第や退学にはなりたくない。
教科書を読み返したり講師にアドバイスを求めてまで課題の仕上げに精を出した結果、「聖孝」の提出したイラストは、年度末の採点で担当講師のみならず学校全体から惜しみない称賛を贈られることとなった。
──さらに後日、専門学校のHP上で「優秀な生徒の制作物の一例」としてアップされたその絵が、とあるゲーム制作会社の目に止まり、「イラストレイター・桝田聖孝(FutureFog)」のプロデビューのキッカケになったりするのだから、人生何が起こるかわからないものだ。
一方、本来の未来に比べて要領の悪い「未来(=聖孝)」の方は、慣れない女子小学生としての毎日に四苦八苦していた──と言うワケでもなく。
そこそこ楽しく日々を過ごしていた。
「ね、ねぇ、トウジくぅん、ホントにこれ着ないと……ダメ?」
“初登校”の朝、もぢもぢしながら「未来」は“兄”に尋ねる。
赤いセーラー襟の付いたベィビィピンクのブラウスの上に、オフホワイトのふわふわしたカシミアのカーディガンを羽織り、下は襟と同色の思い切り丈の短いプリーツスカートとレースの縁飾りのついた白いハイソックス。
可憐な女児服をまとい、やや長めのオカッパにした髪に真っ赤なリボンまで結んだその格好は、小六にしては少し背は高いが、どこから見ても「可愛らしい女の子」そのものだ。
実のところ、仮に立場交換の術が働いていなかったとしても、余程の眼力の持ち主でない限り、このコが本当は20歳の誕生日を目前に控えた男性だとは気付けないだろう。
「当り前だろ。今のお前は、お前さん達ふたり以外の誰が見ても、小学6年生の女の子、「霧島未来」にしか見えないんだからな。だから、今後俺のことは「お兄ちゃん」と呼ぶように」
「うぅ、わかったよ……お兄ちゃん」
「未来」は恥ずかしげに俯いた。
「うんうん、女の子は素直なのが一番だ。かわういぞ、未来」
満足げに頷く斗至。昨年くらいから、本物の未来は呼び方を「お兄ちゃん」から「兄さん」に変えていたので、内心少し寂しかったらしい。
「ほ、ホントに? ヘンじゃない?」
「ああ、もちろん。それと……」
──ピラリ
「キャア!」
真面目な顔してスカートを摘み上げられた「未来」は、思わず悲鳴をあげて後ずさる。
自分でも意外だったが、スカートをまくられるのがこんなに恥ずかしい事だとは、思ってもみなかったのだ。
「な、な、な……何すんだよ~!?」
思わず詰問の声もどもってしまう。
「いや、ちゃんと女物のパンツを履いてるか確認。俺の取り越し苦労だったようだが」
「お兄ちゃんのバカァ! そんなの、口で聞けばいいでしょ!」
「それもそうか。じゃあ、未来、ブラジャーはちゃんと着けてるか?」
ナチュラルにセクハラ発言をかます斗至。いや、「女の子として小学校に行く以上、下着も女物にしないとな」という(本人的には)至極筋の通った思考からきた言葉なのだが。
「し、してる、よ……すんごく恥ずかしかったけど」
蚊の鳴くような声でそう答えると、真っ赤になった「未来」は、赤いランドセルを背負い、黒のエナメルシューズを履いて、パタパタと家から出て行った。
「ふむ、行ったか──ま、あの調子ならそうそうボロは出ないだろ」
ちなみに、今日の「未来」の服のコーディネート主は斗至だ。
ここ最近の「本物」は、ガーリーでフェミニンな格好をあまり好まなかったので、“可愛い妹”の姿を見たくてたまらないシスコン兄としては、いささか物足りなかったらしい。
「未来」──立場交換した聖孝が女の子生活に不慣れなのをいいことに、実は密かに自分の思い描く“理想の妹”を演じさせよう(そしてそれを見て幸せな気分を満喫しよう)などと、目論んでいたりするのだ。
「しかし、事前に予想していた以上の逸材だな、キヨちゃん……いや、「未来」は」
大層いぢり甲斐があるなぁなどと、笑顔で腹黒いことを考える斗至。
そして、斗至の“妹”という立場になったうえに、あまり意志の強くない「未来」は、当然のことながら彼の「計画」に逆らえず、結局、その後もクリスマス(サンタ仕様のミニスカワンピ)やお正月(もちろん振袖)など、事あるごとにいぢられまくるのだった。
もっとも、慣れたのか開き直ったのか、それとも「染まった」のか、途中からあまり抵抗を示さなくなったが。
さて、霧島家(いえ)では、そんな風に
元来優秀なコミュ力を持つ未来(本物)だが、クラスメイトの小六女子たちとは、どうもノリが合わなかったらしく、「ミキちゃんって、可愛いし頭もいいけど、ちょっとコワいかも」という評価を得ていた。
未来本人もお子様と慣れ合う気がなかったので、その気持ちが出て自然と浮いていたのだ。
それが、威厳とか落ち着きが激減した反面、突然「年相応」に見えるようになった「未来」が現れたことで、クラスの女子連の印象は俄然良い方に傾いた。
「未来」自身も、自分に小六女子としての知識その他が絶望的に足りていないことは自覚していたので、クラスメイト達とできるだけ会話や相談をして女子力をアップさせ、結果クラス(の女子の輪)に違和感ないくらいに馴染むことができたのだ。
──慣れ過ぎて、時々自分の本来の立場を忘れる程になったのは、良かったのか悪かったのか微妙なトコロだが。
さらに言えば、あの神像のかけた術自体に、被術者を積極的に今の立場に馴染ませる傾向があるのだが──さすがに3人ともそこまでは気づいていないようだった。
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