<汝の罪は優柔不断>

 現在「12歳の女子小学生・未来」として霧島家で暮らしている人物は、元々この家の親せき筋に当たる青年だった。

 名は、桝田聖孝(ますだ・きよたか)。霧島兄妹から見て、母方の従兄にあたり、また斗至にとっては同じ高校の2学年先輩でもある。

 大学受験に失敗した聖孝は、一浪したのち結局大学進学をあきらめ、昨年の4月から専門学校に通うようになっていた。


 一方、大手商事会社に勤める霧島兄妹の両親は、同じ年の7月からふたりを残して海外の支社へ赴任することになった。

 何かと肩身の狭い実家を出た聖孝のアパートが霧島家と目と鼻の先ということもあって、霧島夫妻は甥に「時々でいいから息子たちの面倒をみてやってくれ」と頼み、聖孝も快く引き受けた……までは良かったのだが。


 実際のところは、これまで家事もバイトもロクにしたことがない温室育ちの彼の方が、しっかり者の霧島家の兄妹に世話になってる事の方がむしろ圧倒的に多かったのだ。

 何しろ、月末の仕送り前、金欠になると、しょっちゅうこの家にご飯をタカりに来ていたくらいだ。

 無論、長いつきあいの霧島兄妹は心得ていて、今更その程度のヘッポコっぷりで見放すようなことはなかった──まぁ、代わりに年上の従兄としての威厳も皆無だったが。彼の童顔と160センチにも届かぬ背の低さも、その傾向に拍車をかけていた


 * * * 


 ところが、年の瀬も押し迫った12月の半ば。しばらく霧島家に顔を出さなかった聖孝が、蒼い顔をしてふたりに泣きついてきたのだ。


 「ど、どうしよう!? トウジくん、ミキちゃん……」


 聞けば、年明けの1月末に1年間の授業の成果として作品を提出しなければいけないのだが、それがまったく上手くいく自信がないのだと言う。


 聖孝は現在、専門学校の中のCGイラストコースに通っている。

 元々マンガやアニメが好きで、また、好きなマンガの絵を模写をすることが趣味だったからCGコースを選んだのだが、さすがに高卒向け専門学校は、その程度で通用するほど甘いレベルではなかったのだ。


 しかも、小心者の割に要領が悪く流されやすい聖孝は、同じ専門学校に入った高校時代の悪友たちに引きずられ、専門学校生としてもあまり勤勉な学生とは言えなかった。

 仮に趣味に邁進するならするで、同人活動などに精を出しているならまだ救いもあるのだが、そういうワケでもなく、ただ漫然と日々を過ごすのみ。

 不幸中の幸いと言うべきか、秋の学園祭が終わった頃には悪友の大半が専門学校に見切りをつけて辞めていったため、聖孝も11月半ばからは(比較的)マジメに授業を受けるようになっていたのだが、さすがに少し遅すぎた。


 「──って、俺達に言われてもなぁ」

 「だいたい、それってキヨちゃんの自業自得でしょ」


 年下のイトコ達は、至極冷静な反応を返す。

 高校で後輩だった斗至はもちろん、まだ小学生の未来にまで、いい歳した男が「ちゃん付け」で呼ばれているあたりに、聖孝の霧島家におけるヒエラルキーの低さが窺える。


 もっとも、この場合、まんざら聖孝だけに原因があるわけでもなかったが。

 一言で言うなら、霧島未来という少女は「早熟な秀才」だった。

 小学校1、2年の頃からその片鱗は垣間見えたが、年を経るごとにその傾向は進み、いまでは12歳とは思えぬ大人びた精神年齢と容貌を備えるに至っている。頭の回転もよく、初対面の人間は、未来を見たら大抵は16、7歳と判断するだろう。

 身長も155センチと、これまた高校生レベル。もっとも、その体格の割に未だ初潮を迎えていないせいか、体型自体は女らしい丸みにやや欠けるが、そのあたりは個人差と言えるレベルだろう。


 「わ、わかってるよぉ。でも……今回だけは、ホントにマズいんだ。

 ねぇ、ミキちゃん、助けてくれないかなぁ」


 聖孝が未来にこうして頭を下げているのは、未来もまた絵を描くの才能を持っていたからだ。それも、間違いなく聖孝より数段上だろう。

 現に、某イラストコミュニティサイトに「FutureFog」という名前で何十枚もCGを投稿し、すでにそれなりのファンがいるくらいなのだから。

 つまり、このヘタレ男は、よりによって小学生の従妹に課題の絵を描いてもらおうとしているらしい。


 「おいおい、キヨちゃん。そういうイカサマは感心しないぞ」

 「同感。一応、わたしにも絵を描くものとしての自分の作品にプライドはあるからね~」


 慣れていることもあり、聖孝の泣き落としにも動じない霧島兄妹。

 ガックリとうなだれる聖孝に、シャレのつもりか斗至は、ひとつの木彫りの像を手渡した。


 「ホイよ。これ、父さんたちが送って来たお土産。なんでも、とある部族に伝わる「願い事がかなう神像」らしいから、キヨちゃん神頼みでもしてみたらどうだ?」


 その後、3人で夕飯を食べたあと、とりあえず未来の部屋でCG作成のコツなどを教わりながら聖孝はぼやいた。


 「ミキちゃんは、まだ小学生なのにスゴいよなぁ。可愛いし、頭もいいし、絵の才能だってあるし。はぁ~、僕もできたら小学生からやり直したいよ」

 「ふーん、そうなの? わたしは、逆に早く大人になりたいけどなぁ。自分が「イラスト系専門学校生の男子」なんて今のキヨちゃんの立場だったら、やってみたいコトも色々あるし」


 早熟でやや男勝りな気質の未来にとっては、幼稚な周囲の女児達に合わせる方が気苦労なのだろう。


 「ま、隣りの芝は青いってこった。けど、まぁ、確かにキヨちゃんは女の子に生まれて──ついでに俺達より年下だったほうが良かったかもな」


 同席していた斗至は、カカカと笑いつつ、休憩のためお茶でも淹れようと、未来の部屋を出ていく。


 「うぅ~ヒドいや、トウジくん」


 従弟のからかいに抗議ししつつ、自分でも内心「でも、確かに、否定できないかも」とコッソリ頷いてしまう聖孝。


 と、その時だった。

 先程聖孝が受け取って、ひとまず机の端に置いていた木彫りの神像が、突然眩い光を放ち始めたのだ!


 「えっ……」

 「な、なんなの、コレぇ~!?」


 未来と聖孝が驚きつつ見守る中、光はますます強まり、程なくふたりの姿もその中に飲み込まれていった。

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