三の六 邪剣・千年髑髏
街道から森へと向かっていく
威圧感だけで言うなら、飛天の
その代わり、冷たい手で心臓を撫でられるかのようなおぞましさがあった。
――殺戮の宴、だと!? 誰だよ、
ずだ袋の紐から手を離す。唾を飲み込み、舌打ちをして六道は身構えた。
大地の精霊の祝福を受けた“霊剣”は、欲望のままに暴れる
後々数奇な運命によって悪党の手に渡ることもあるが、少なくとも最初は世のため人のために生まれた存在であった。目の前にいるような「形を持った邪悪」では断じてない。
「逃げろお前ら! このままだと皆殺しだぞ!」
六道は声を張り上げた。自分とは一切関係のない襲撃者たちではあるが、殺されるのを黙って見ていては寝覚めが悪い。
だというのに、襲撃者たちは状況が飲み込めていないのか、誰一人として動こうとする者はいなかった。
「聞こえてねえのか! 死にたくなかったら――」
「違うんだよ。逃げたくても、体が動かねえんだ……」
苛立たしげに怒鳴る六道にかぶせて、最も近くにいた男が泣きそうな声を出した。
「ンだとぉ!?」
つい声の主の方を振り向いたのがいけなかった。反射的に横へ飛んだ六道のいた場所を、一陣の剣風が吹き抜ける。どうにか転がって
六道は膝立ちから立ち上がろうとして、
顔を上げると、今までいた場所に、抜き身の剣を引っ提げて薄笑いを浮かべたエスキロスが立っていた。
先程までの彼は、取り立てて見るべきところもない程度の腕前、そのはずだった。それが今はどうだ。六道の見立てでは、陽の氣を滾らせた自分と比べても遜色のない遣い手にさえ見える。
赤黒い血のような色の剣身が震え、しわがれた愉悦の声を漏らした。
「イヤハヤ実ニ上物。我ガ呪縛ヲ
「はいはい。まったく、人使いの荒い剣だねえ」
酷薄な薄笑いを貼り付けたまま、エスキロスと千年髑髏は襲撃者たちの命を麦穂のように収穫していった。逃げようにも動けない男たちは、皆恐怖に顔を歪ませる。ある者はただ叫び、またある者は必死に命乞いをした。一人と一振はその声を一顧だにすることなく、人間離れした速さで斬り、貫いていく。
やめろ! と六道が叫んで立ち上がる束の間に、赤黒い死の旋風は六道以外を刈り尽くしていた。
千年髑髏に斬られた男たちは、六道の目の前で干からびて骨になり、塵となって消えていった。最初からこの場には誰もいなかったかのように。
「ああ嫌だ嫌だ。こんな死に方はしたくないねえ」
エスキロスが、小さく首を振って他人事のようにぼやく。
「後は君一人。どこの密偵だか知らないけど、なまじっか深入りしたのが身の破滅だったね」
言われて六道は眉をひそめた。
「
「とぼけても無駄さ。本当に死人花の粉が欲しくて、
お前の正体はお見通しなんだぞと言いたげに、エスキロスは六道を指差す。六道は鼻で笑い、胸を張ってみせた。
「いや、いるぜ。ここに一人な」
「どうやら口を割る気はなさそうだね。その強がり、もしくは、任務に対する誇り……みたいなものかな? 部下に欲しいくらいだけど、残念だよ」
エスキロスは大袈裟に肩をすくめ、ため息をついた。彼もアレイアと同じような誤解をしているが、彼女と違ってわざわざそれを解く気にはならない。六道は深く息を吸い、陽の氣を滾らせた。
エスキロスが大地を蹴り、一足飛びに迫る。一滴残らず
後の先、取った。霊剣すら両断する必勝の“得物殺し”が、右の
――大きく弾き飛ばされた。
六道は弾かれる勢いに逆らわず後方に宙返りをしたが、同時に身の毛もよだつ断末魔の叫びが千年髑髏から響く。膝を曲げて器用に着地したまではよかったが、立ち上がりきれず膝をついた。
追撃に備え、さらに後方へ跳びつつ体勢を整える。
警戒した追撃はなかった。エスキロスはいささか困ったような顔で、手の中の剣に視線を落としている。六道は、もしかしてあれで
「何ダ今ノハ……。タカガ地上種族ガ、今ノ私ニ『死』ヲ想ワセルナドト……」
千年髑髏から、間一髪で死地を逃れた者の驚愕に満ちた声がした。エスキロスもほっとした声を出す。
「ああ、生きてたか。てっきり死んだかと思っちゃったよ」
「クダラン軽口ヲ叩クナ、えすきろす。トハイエ、コノ身ニ
「あらまあ。すっかり怒らせちゃった。六道、君、これでもうまともな死に方できないよ。気の毒だけど」
六道を見やり、エスキロスは
「イヤ、ヤハリ待テ。コノママ怒リニ任セテ斬リ刻ムナド、天界ノ剣タル私ノ名折レ。マズハ美食ヲ味ワイ、気ヲ静メテカラ
「美食、か。身内を食事扱いされるのはいい気しないね」
エスキロスは嫌な顔をしたが、黙って千年髑髏を鞘に収めた。そのままかき消すように姿が見えなくなる。
結局、六道はエスキロスたちの拠点を突き止めることなく、一人取り残される形になった。顔をしかめ、重い息を吐く。
――収穫がねえどころか出直しだ。しかも、次はもっとやりづらくなるときたもんだ。気は進まねえが、姐さんから詳しく話を聞くべきだな。
できることなら、アレイアが知らないうちに片を付けたかったのだが。
まだ明るいうちに彼女の家へと着けるよう、六道は足早に街道へと戻っていった。
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