二の十 法で裁かれぬ者(後)

「別の力?」

 首をかしげるチャトに、こいつだよ、とガンビスが獰猛な笑みを見せて自身の腕を叩いた。


「とまあ、そういうことで、納得してくれるか?」

 六道が聞くと、チャトはうん……と一応ながらも首を縦に振った。説得まではせずにすんだか、と胸をなで下ろす。

「じゃあさ、だったらどうやるの?」


 チャトの疑問に、六道は天井を見た。

「路地から塀を乗り越えて忍び込み、標的を速やかに始末する。昔は何度もやったもんだ」

 声は硬く冷たく、平坦な表情からは感慨も後悔も窺うことはできない。その分ということでもないだろうが、ガンビスが愉快そうに笑った。


「ちょうどいいじゃないか。向こうも三人、こっちも三人。誰が誰を殺るかだね。ま、あたしがマンツィ、チャトが慕容突ぼようとつってオーガ、兄さんが骨と皮ばっかりのエルフ野郎でいいだろ」

「いやいやいやいや待て待て待て待て。あんた、チャトを殺す気か!?」

 六道は瞬時に顔を戻し、大慌てで突っ込む。言われたガンビスが臆病者を見るような顔で嗤った。


「大袈裟だねえ。チャトはあたしとお父ちゃんの娘だよ? 並のオーガなんて相手にならないさ」

 それは知ってる、と六道は頷いた。道中でチャトの腕前を試してみたが、徒手空拳の業に関しては六道も感心する程だったのだ。なんなら、出会ったときに飛翔落鵬破ひしょうらくほうはなる技で殺されかけたくらいだ。


「並のオーガならな。だが、あの親爺は別格中の別格だ。俺じゃなきゃ斬れん」

 瞬間、空気が凍り付いた。ガンビスが眉をひそめて六道を睨む。

「……なんだいそれ。まるで、あたしよりそいつのが上で、あんたはもっと上だって言ってるように聞こえたんだけど」

「ああ。そう言ってる」


 勢いよく立ち上がったガンビスから、“赤い砂漠(ビヤーバーネ・ケルメズ)”の熱波すら上回ろうかという猛烈な怒気が叩きつけられた。これほどの怒気を受ければ、腕に覚えのある戦士でも跪いて詫びを入れてしまうことだろう。

 しかし六道は、それを受け止めつつ立ち上がり、彼女に向けて徐々に強くしながら剣気を放っていった。チャトが寝台の足に抱きついて震えているのが視界の隅に映る。剣気はガンビスの怒気を少しずつ押し返し、ついに跳ね返した。


 ガンビスは呆然として長い息を吐き出し、それからどっかりと座り込んで俯いた。

「……たまったもんじゃないね。自分より強いのが、一度に二人も出てくるなんてさ」

 声からは、先程までの力強さが嘘のように消え失せていた。六道は人差し指の先で頬を掻きつつ、話題を変えた。

「問題はまだある。盗まれた装身具、あれを取り返して持って帰る手段が思い浮かばねえ」


 そっか……、とチャトが額に皺を寄せた。そのまましばし、三人揃って考え込む。

 ややあって、なんとかなるよ、とガンビスが顔を上げて言った。

「あたしの仲間には、ゴブリンの魔法使いがいてね。例に漏れずお調子者で騒がしい奴だが、腕は確かさ」

 六道は思わず膝を打った。まさか、近いところに魔法使いがいてくれたとは。どうやら、天も俺たちに味方してくれるつもりのようだ。


「そいつぁいい。足音を消して忍び込んで、蔵の鍵開けて、ロイコーンがやったように送ってもらえば、帰りの荷物も増えねえもんな」

「そういうこと。向こうが先にやったんだ、あたしらがやり返してどこが悪いのさ」

 愉快そうに笑う六道とガンビスだったが、そこにチャトがおずおずと問いかけた。

「でもさ、そのゴブリンの人って、どれが父ちゃんの作った物か知ってるの?」


 二人の口が、「あっ」の形で固まる。

「つまり、親父さんの物を見分けるための同行者がいなきゃ駄目だと……」

「……そんなの、あたししかいないじゃないか……」

 ガンビスががっくりと肩を落とした。直後にはっと顔を上げる。

「いや待ちなよ。全員で連中を片付けて、それから取り返せばいいんじゃないかい?」

「駄目だ。大人数で行ったら、誰かしら死人が出るぞ」

 ガンビスは名案とばかりに目を輝かせたが、六道は即座に否定した。チャトがどうして? と聞いてくる。


 向こうは三人。他にも使用人の一人くらいいるかもしれない。対して、こちらは三人に、ガンビスの仲間が四人か五人くらいだろうか。それだけの人数が、一つの部屋で切った張ったなどできはしない。自然、二手に分かれることになる。


 彼女の仲間には離れの外にいてもらったとして、ロイコーンなら魔法で周囲の人数くらい察知するだろう。囲まれたと解れば、奴らもなりふり構わず全力を出すに決まっている。

 慕容突が前に出て六道とガンビスを押しとどめ――両手に剣と鞘を持てば、ごく短い間なら可能だろう――、ロイコーンが守りを固め、マンツィが呪殺する。六道が考える、最悪の筋書きだ。


 あるいは、慕容突が防いでいる間に二人が外へ出るか。その場合は、ガンビスの仲間の誰かが呪殺されてしまうだろう。それでもなお、彼らは戦ってくれるだろうか。むしろ、よくも巻き込んだなと恨まれるのではないか。

 いずれにしても、六道からすれば、まだ顔を合わせてもいないような相手と組みたくはないし組むつもりもない。


「お袋さんが同行できねえ以上、一人は先に片付けておきてえ。というか、そうしなきゃこっちに勝ち目はねえ」

「方法は? 何かあるの?」

 チャトが心配そうに尋ねてくる。六道は苦い顔で頭を掻いた。


「あるにはある、って程度だな。少なくとも、三人揃って離れにいてくれるのが前提だ」

「ふうん? どんな方法だか知らないけどさ、チャトを死なせるんじゃないよ?」

 ガンビスが睨んでくる。六道は当然だ、と真面目な顔で胸を叩いた。


「大丈夫だよ、母ちゃん。おじさんがいれば大丈夫。ね?」

 チャトが母親に対して優しく諭すように言い、六道に笑いかけた。その目には一点の曇りもなく、全幅の信頼を置いてくれていることが窺える。それが六道には眩しく、痛かった。

 ――この信頼を裏切っちゃいけねえ。どんな手を使ってでも、チャトの命と、この笑顔は絶対に守る。


 六道は二人から見えないように拳を握り、任せとけ、と作り笑顔で答えた。それを見たガンビスが立ち上がる。

「これで方針は決まったね? あたしは連れに話を通してくる。夜にまた会おうじゃないか」

「戻るなら俺も行こう。途中で蔵の場所を教えなきゃなんねえし、行動を合わせるためにはそっちの魔法使いに会っておかねえとな」


 六道も立ち上がると、「もう少し待っててくれな」とチャトに言い残し、ガンビスの後を追って部屋を出た。


 雲間から差してきた光が、窓を通して部屋に一筋の細い道を作っている。

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