一の八 ランペル、ドブジンの屋敷へ行く

 昨日も今日も、ランペルは家の中庭で木剣を振っていた。

 自分のまいた種でありながら、見ず知らずの他人に助けてもらわなければ何もできないことへの腹立ち。見返りの話など何もしなかった六道への申し訳なさ。それらが混じり合って胸の奥で荒れ狂っていた。

 やみくもに素振りをしたところで、すぐに強くなれるものではない。解ってはいるが、だからといって何もしないでいるのは気が狂いそうだった。


 何度目かの休憩を取って汗を拭き、呼吸を整えていると、使用人の一人が何かを持ってやって来た。

「坊ちゃん。今、表に人間が来て、これを渡してほしいと……」

 見ると、それは二枚の木簡を重ねて紐で結わいた物だった。小刀で紐を切り、中を見たランペルは、思わず息をのんだ。


 借金の件で大事な話がある。家に押しかけられたくなければすぐに来い。

 木簡には、ドブジンの名前でそう書かれていた。

「……ごめん。ちょっと出てくる」

 使用人に言って、ランペルは玄関に向かった。


 ドブジンの屋敷で通されたのは、賭場とは別の離れの一室だった。中には片膝を立てて座るドブジンの他に、胡座をかいたり寝転がったりしている人間が四人いた。皆、臭いに覚えがない者ばかりだった。

 ランペルを見たドブジンが口を開いた。

「何だお前、一昨日の怪我が綺麗に治ってるじゃねえか」

「通りすがりの人が治してくれたんだよ」

 つっけんどんにランペルは答えた。嘘は言っていない。返答そのものを拒絶して変に興味を持たれるよりはましだろう。


 ドブジンは小さく笑った。

「態度がでけえな。まあいい。実はな、おめえに一つやってもらいてえことができた。こいつをやってくれたら、借金をチャラにしてやってもいい」

「嫌だって言ったら?」

 ランペルが不信感を隠さずに言うと、ドブジンの笑いは意地の悪いものに変わった。


「その時は、今すぐ耳をそろえて払ってもらうだけだ」

「話が違うぞ! 期限は明日だろ!」

 ランペルは気色ばんだが、ドブジンは意に介さない。

「証文に期限は書いてねえ。それを決めるのは俺なんだよ」


 ランペルは俯いた。ふんと鼻を鳴らし、ドブジンは話を続ける。

「今朝方な、領主ディフカーンのところに東国人タムガジュがやって来て、こともあろうに俺の首を売りつけようとしやがったのさ」

 そう言ってドブジンが語った容貌は、自分が認識している六道のものに酷似していた。

 ――旦那なのか? それとも似てるだけ? でもそんな偶然あるか?


 つい考え込み始めたランペルの意識は、ドブジンの声で戻ってきた。

「どうした、気になることでもあったか?」

「え、いや……、なんでそれがわかったのかなって」

 とっさのごまかしだったが、ドブジンは疑わなかったようで大きく頷いた。


領主ディフカーンの護衛やってる野郎がな、俺に連絡つなぎをよこしたのさ。領主ディフカーンも部下が買収されてねえか目を光らせちゃいるようだが、まさか側近中の側近が繋がってるたあ夢にも思わねえだろうよ」

 ドブジンはせせら笑い、ランペルの前に一本の短剣を投げた。

「今、手下てかをやってそいつを捜させてる。見つかったら、それで刺せ」


 ランペルは短剣を取り上げた。この辺りで一般的に使われているものより幅が広い。抜いてみると、剣身には溝が何本も彫られており、黒っぽいものがへばりついていた。

「そいつはな、何種類もの猛毒を粘液状にして塗り込んでから乾かしたもんだ。ドワーフおれたちでさえくたばりかねねえ代物だからよ、人間なんぞが耐えられるもんじゃねえや」


 愉快そうに言うドブジンに対し、ランペルは目を見開いたまま固まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る