第5話 再会


お茶会はお開きにし、また会おうと約束をし、その場を離れ、宿に戻る。断りを入れて入室すると、師であるミュゼが正装を着ているところだった。


「あぁ、エレノア。そろそろ出かけるからあんたも早く着替えなさい」


「え?」


 それはお茶会に行く前に教えてほしかった。慌ててエレノアがクローゼットから正装を引っ張り出し、着替え終えた後、ミュゼの髪型も整える。


「なんで髪を梳かさないんですか!フードをずっと被ってるわけではないんですよ!」


「そんなこと言ったらフード被った時点で髪型も終わりよ」


「そんなことありません!」


 なんだかんだ言いながら身支度を整え終えた後、女将さんに一言添え、外に出た瞬間に転移した。


「……ミュゼ先生、転移するなら事前に教えてください。普通に歩いていくと思っていました」


「だって、この時間だと門なんて開いてないと思うし」


「普通は開いている時間帯にお伺いするんですよ」


「あんたはあたしといてなんで『普通』を語れるようになってるのよ」


「常識を教えていただいた学園には今でも感謝しております」


 茶色の扉の前で小言を言いながら、キリがいいと思ったのか勝手にミュゼが扉をノックする。

 誰何の声に答えず、そこも勝手に扉を開くミュゼに呆れてエレノアは声も出ない。


「この時間に呼び出したのはあんたでしょうが。お陰で弟子に文句言われたじゃない」


 入るなり傲岸不遜なことを言ってのけた師匠の後をついていくのが今日ほど嫌だと思ったことはあっただろうか。明らかに八つ当たりな言葉を放つミュゼに、中でどよめきが起こったのが伝わってきた。


 そこは作戦会議室なのだろうか。大きな机いっぱいに広げられた紙を囲んで騎士の服に身を包んだ男性たちがこちらを見ていた。


 ―――騎士? ということは、ここは…?


「お前は何言われても構わんヤツだろうが。だが、来てくれて助かるぞ、ミュゼ」


「知ったように言ってくれるじゃない。あたしも暇じゃないのよ。さっさと話をしてくれない?」


「その前に自己紹介だろ」


 仮にもミュゼとエレノアは女性である。フードごしに見た限り男性しかいない場所なので扉を完全に閉めようか少し開けたままにしようか悩んだ瞬間だった。


「失礼、閉めるぞ」


 ―――聞いたことのある声…。

 気配なくスッ、と手袋に覆われた手が扉にかかる。

 重ならないように手を引っ込め、隣にきた人に視線を向ける。


「!?」


 紫紺の髪が2年前より短くなっている。金が混じった翡翠の瞳。目にかかるぐらいの髪型だったのだが、視界が開けて顔が以前よりよく見える。


 ―――セドリック・オールミエ。


 二年前、最後に会った時の顔から精悍さがさらに磨きにかかったようだ。

 相手はまだこちらに気づいていない様子にそっ、と息を吐く。

 午後に友人から話を聞いておいてよかったとも思う。


 ―――ということは、ここは魔術騎士団。


 ズカズカと机の前まで前進しているミュゼの斜め後ろに控える。


「それは失礼。改めまして、ミュゼ・ロージィンよ。今回はムシ討伐の数合わせに呼ばれたの。よろしくね」


 フードを勢いよく脱ぐ必要はあったのだろうか。髪が跳ねないようにおまじないをかけておいてよかったと安堵する暇なく、エレノアは今知った事実に愕然とする。


 しかし、師匠であるミュゼに今聞く場合ではないことは重々わかっているエレノアは静かに心を落ち着けるために黙っておく。


「ミュゼ? ミュゼってあの有名な召喚師の?」


「あぁ。性格はこんなだが、腕は確かだ。安心するといい、アドバイン副隊長」


 副隊長と呼ばれた男性は怜悧な眼差しをこちらに向けた。

 真偽を見極めるように紫紺の瞳をすがめている。


 ―――この人が、セドリックの上司、に当たる人か…。


 セドリック自身は愛想よく周りに合わせる能力があるが、この人はあまり表情が動いていない。あまり動じない人なのかもしれない。

 

 師と親しげに話している隻眼の男性についてもエレノアは内申で首を傾げる。


 ―――学園にいたときにこの人、実技テストの審査席にいなかった。誰だろう?


「あんたはこの二年でいつの間にか出世したみたいね。ダオに勝てたのかしら?」


「前任ダオ・ライアンは後世のための指導役と辺境の管理に据え置かれてな。俺はまだ勝てていないな、悔しいことに」


 悔しいと言いながらも快活に笑う様子は気のいいお兄さんそのものだ。ガタイがよく、騎士服も周りの男性より一回り大きい。


 こんな頼れるお兄さんそのものを体現している人が師匠と知り合い…?


 昔からの知己のように話している様子からミュゼに振り回された過去がきっとあるのだろうな、と同情の気持ちを抱いてしまう。


「俺はルーファス・レイヴィル。一年前から魔術騎士団隊長を任されている。そしてこっちが―――」


「お待ち下さい、隊長」


 エレノアの後ろからの声がその先を止める。固い声の主はセドリック。


「いくら隊長が信頼している召喚師のミュゼ様といえど、まだフードを被ったままの者がいます。面識のない者にそう軽々と立場を明かしては…」


「そういえば、ミュゼ。お前、弟子に叱られたって言ってたけど、それが噂の弟子か?」


 セドリックの真面目な制止を流すかのように話の内容をすり替える様子にどこかミュゼと似たようなものを感じたエレノアだったが、話題の人物が自分だと気づき、そっとフードを下ろす。


「そう、この子はあたしの秘蔵の子」


「エレノア・ロージィンと申します」


 

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魔法使いの夢見る結末 花湯 月 @you2k

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