第4話 花盛りのお茶会



 15時になり、約束通り、広場近くのカフェに集まりケーキと紅茶を囲んで女子会が開かれた。

 そういえば、シェラは良いとこのお嬢さんだったような気がする、と宿に帰ってからふと思い出していたが、その予想通り華やかな貴婦人のドレスを着て、目の前で紅茶に口をつけている。凛と研ぎ澄まされた美人である彼女は赤い髪をすっと耳にかけて、エレノアに向き直った。


「―――つまり、お師匠様についていくには、あなたは学園を去るほかなかったというわけね?」


 青磁色の切れ長の瞳が容赦なくエレノアに向けられる。嘘は言っていないはずなのに、なんだろうこの罪悪感は、と居心地の悪さを感じるほどだ。


「しかも、そのお師匠様はあの『召喚師』として有名なミュゼ様、と。あなた、賢い人だと思っていましたけれど、そんな後ろ盾がありましたのね」


「後ろ盾っていうか、育て親だからね」


『やることなくなったからすぐにここから発つわよ』と言われるこちらの身にもなって欲しいものだが、憧れの的である雰囲気を見せつけられては身内ネタのような愚痴を言う訳にもいかない。賢く無難な返答を返すだけに留めておく。


「どうりで、学園の先生方にも気負わずに意見していたわけですのね。首席の名も伊達ではなかったのですわ」


ミュゼも正直に言うと感覚的な教え方をするタイプだった。だから魔法にも理論があったんだ、と知った時の新鮮さや面白さが成績向上に繋がっただけだと思うが、勉強嫌いなカンナと一生懸命勉強していたシェラの前でエレノアは本音がいいづらかった。

むしろ昔に言ったが『頭おかしいの?』とこの世の者とは思えない眼差しをもらってしまったのでもう言わないようにしていただけだが。


「今回もミュゼ先生のお仕事についてきたからどれくらいこの街にいられるか分からないけど、今回は滞在期間が長そうだからまた見かけたらよろしくね」


「もちろんよ! パンもぜひ買いに来て!」


「まぁ、世間は狭いと言いますし、お相手になってさしあげてもよろしくてよ?」


「って言いながら、シェラは卒業後も結構アタシのパン屋に来てくれるのよね。マメだわぁ」


「べ、別に。 気にかけてるとかじゃありませんわ。カンナのパン屋はあたくしの学園生活にも大いに貢献してくれたのだもの。品質が下がろうものならあたくしの品位も下がってしまうから・・・」


「あ、そこはまだ素直になれてなかったんだ。相変わらずだね、シェラは」


「ホントだよ」


「ちょっとお黙りなさいな!」


懐かしい旧友と懐かしいやりとりに顔が綻ぶ。

理由を話した今、シェラの怒りを隠した無表情もなくなり、内心ホッとしている。


「そういえば、あたくしたちに何も言わずに消えたわりに、セドリック様には伝えていたなんて、やはりあなた方、あたくしたちに隠れて付き合っていたのではなくて?」


「へ?」


「あ、それあたしも気になってた! あんたが退学した時にいろんな噂が出てきたんだけど、そのどれもをセドリックは否定してたもの」


そんなことしてたんだ、あの人。

少し、意外だ。噂なんて気にも止めないと思っていたのに。


「違う違う。セドリックとは退学手続きをした帰りにバッタリ会ったの。私が旅装してたから疑問に思ったんだろうね。何個か質問されてそれに応えただけ。付き合うも何もしてないよ」


「何それ、運命みたい」


「あ、そうくるの?」


正規道に行こうとしたらグイッと横道に逸れたような感覚だ。

それぐらい、エレノアに関する噂もあることないこと出てきたんだろうと予想はできる。だが、それ以上にセドリックがその噂を否定したという姿は学園全員からしても意外だったのではないだろうか。


「文通とかはしてなかったの?」


「あちこち行ってたからね。そんな暇もなかったよ。詳しい話もしてなかったからお互いに何してるのか知らない」


「セドリック様ならもう魔術騎士の副補佐に昇格していらっしゃるわ」


「え、2年しか経ってないのにもうそんなに?!」


王宮ご達しの魔術騎士は学園でも人気の職業だ。入るだけでも相当な競争率であり、たとえ入ったとしても実力主義で常に気は抜けない、と誰かから聞いたことがある。


「凄いよね、さすが『紫の明星』」


「もしかして、それって二つ名?」


「そう! もうこの街に知らない人はいないほどよ!」


王宮の魔術騎士団の上位者には二つ名を与えられるという。

副隊長の補佐という立場が学園卒業からのスピードを考えると異常で、それほど凄い人なのだとじわじわ感じられる。


「もしかして、シェラが変わらずセドリックのことを様付けしてるのって」


「あたくしは変わらぬ敬意を評しているだけですわ」


「あ、そうなんだ。てっきりまだファンクラブがあるのかと・・・」


「あるわよ、ファンクラブ。新しく発足されたの」


「・・・」


有名人の気苦労を思い、こっそりエレノアは息をついたのだった。



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