第3話 旧友
風が優しく頬を撫でる。
エレノアは白銀色の髪を降ろし、辺りを穏やかに眺める。
東に見える青い屋根の白い屋敷―――エレノアが2年前まで通っていた魔法学園である。
魔法の基礎を教えてもらいなさい、とミュゼに放り込まれ、そして卒業間近で仕事に付き合いなさいと急に連れ出されたのが昨日のようだ。
「今も昔も、バタバタしてるなぁ」
感慨もひとしおだ。よくここまで生きて来れたと思う。
―――“彼”は、夢を叶えただろうか。
瞼の裏に思い描く姿は、2年前から時を止めたまま。意地悪な表情と、最後に怒ったような表情…今思い返しても最後の別れがおざなりであった。
「中退…ってことになってるはずだから、もうあの学園には通えないんだろうな」
もっとも、2年も時が過ぎているから会いたい友人たちはそこにもういないだろうけれど。
「………あそこに行けば…あの子には会える、かな?」
今更会ったところで覚えているかわからないけれど、師匠のミュゼも小腹が空くだろうし、一度行ってみて損はないだろう。
この王都にどれほどいるのかも曖昧なのだから、この先避ける方が難しくなる。早いうちに行っておいた方がいいと決断し、足を向ける。
西のストリートに入り、右に曲がると目的地にたどり着く。
『りんごの木』と看板が立っている可愛らしい店にたどり着いた。ガラス窓越しにもう焼けたパンが並んでいるのが見えた。カランカラン、とベルが鳴り、来客を知らせる。
中には既に何人かお客がパンを選んでいる。
「いらっしゃ…え、エレノア!?」
白いエプロンを身に着けて、茶色の髪を帽子に入れている友人が驚いている。一瞬見ただけで名前がすぐに出て来る彼女の特技に、エレノアも驚きながらも、ホッとしたように相好を崩して挨拶をする。
「久しぶり、カンナ」
「ひ、久しぶりじゃないわよ! あんたどこ行って…! もう、もう…!」
カウンターから出て来るや否や、抱き着かれてエレノアは瞠目したが、彼女のお怒りの言葉よりも温かな抱擁にやがて息をつく。
「ごめん、急にいなくなって…。久しぶりに王都に来れたからカンナのパンが食べたくなって」
「本当にあんたって…! こうしちゃいられないわ、すぐにシェラにも教えてあげないと! エレノア! あんたいつまでいられるの!?」
いまだ解かれない抱擁という名の拘束の中、鋭い猫のような眼差しと矢継ぎ早にされる質問の勢いに呑まれ、エレノアは声を詰まらせる。
「期限については私も知らなくて…えっと、でもしばらくはいるって」
「何それ。彼氏についてきたみたいな言い方」
「違うよ、仕事」
昔から色恋沙汰の話題が大好きな友人らしい言葉に思わず吹き出してしまう。
「ふぅん、そういえば昔、セドリックもあんたが消えた理由は仕事だって言ってたわ。ホントだったのね」
急に“彼”の名前が出てきて息を忘れてしまう。
「そ、そう…。あの時も詳しく話せなかったんだけど、みんなに伝えてくれてたんだね」
「そりゃあ、話題にもなるわよ。あんた、成績よかったんだから。ある王子様に見初められて急遽嫁いだ、なんて噂もあったのよ?」
「それは、飛びすぎだなぁ…」
魔力と知識を持つ者は昔から重宝されるとは聞いていたが、まさか自身がそんな噂の的になるとは思いもしなかった。後でミュゼに怒っても罰はあたらないのではないだろうか。そんなことを頭の片隅で考えつつ、他のお客様もいるのだから、とカンナにはいったん離れてもらった。
「お昼には帰らなきゃいけないの。とりあえず、アップルパイとサンドウィッチくださいな」
「今日の15時にあのカフェで待ち合わせよ! ぜんっぶ聞いてやるんだから」
「どうぞお手柔らかに…」
苦笑しか出て来ない。けれども、突然消えたにも関わらず、こうして依然と同じように接してくれることに安堵を覚え、エレノアは頷いたのだった。
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