第2話 宿泊先
「まぁ、綺麗ね」
「だいぶと綺麗ですよ」
玄関に入ると石畳があり、いかだのような構成の木が左端に置かれている。正面には少しの段差を境に木目が綺麗な床が一方向に敷き詰められていた。受付のカウンターはあの板の上に乗ってからか、と思うがあまりにも綺麗な床に靴で上がっていいものか迷う。
「あら、いらっしゃい。もしかして、ミュゼさんでしょうか?」
中から見知らぬ服を身にまとった女性が出て来た。あれはもしや“着物”という物ではなかっただろうか。遠い国―――海を渡った東の国にある伝統衣装だと小耳にはさんだことがある。実物を見るのは初めてで、綺麗にまとめられた髪と、柔和に微笑む彼女に目を奪われる。
「話が早いわね。知り合いのツテで来たのだけど、もしかしてソイツから聞いたのかしら?」
「ええ、黒い外套の女性と、もう一人かわいいお嬢さんが来るだろうとお聞きしておりました。慣れない場所とは思いますが、どうぞ羽を伸ばしてくださいまし」
外套のフードを下げながら師が不敵に笑っていることに臆さずに彼女は対応を続ける。とても肝の据わった人だと思う。師もなまじ顔が整っているだけに凄めばそれなりに怖い。だが、そんなことにも動じない様子にエレノアは感嘆の吐息をもらす。
「え、やっぱり靴を脱ぐんですか?」
「ええ、早くいらっしゃいな」
靴を脱いでささっ、といかだにのって箱に収める。開放的な箱にはスリッパが入っていた。自分の履いていた靴と入れ替えに履き替える。
そこから案内されて、見慣れない内装に戸惑いながらようやくベッドのある部屋へたどり着いた。
「噂には聞いていたけれど、素敵な宿ね。見るものすべてが真新しい。2年前にあったらここから仕事に行かせてもらってたかもしれないわね」
「あの、ミュゼ先生、本当にここに泊まるんですか?なんか、他の店とだいぶ趣が違うんですけれど」
部屋に入ると嗅ぎなれない草の匂いがする綺麗な床があり、黒塗りのベッドが置かれていた。今まで簡素なベッドの宿にしか泊まったことがなかったので、一目で丁寧な造りが施されているベッドを見て気後れする。
「あら、いい人生経験じゃない。それに、お金のことを気にしているようだけれど、大丈夫よ。ここの店主とは縁があるから」
「そ、そうなんですか…?」
自信満々に頷く師にこれ以上何を言っても動じないことを今までの経験上わかっているエレノアは半信半疑ながらも荷解きをしていく。
「はぁ~、それにしても疲れたわ。昼食の時間になったら起こしてちょうだい。あ、あんたは朝食を頂くといいわ。久しぶりの王都だし、忙しくなる前に観光でもしてきなさい」
「え、一緒に食べてくれないんですか?」
ただでさえ気後れしているところに一人で食事…?それはちょっと…、と思っているのに気にすることなくミュゼはふんわり柔らかなベッドに倒れた。「いってらっしゃ~い」と力なく手を振ってくる姿はこ憎たらしいが、前回の仕事の様子を顧みて心配にもなる。
「果実水も後で頼んでおきますね。おやすみなさい」
「ん…」
師の傍若無人は今に始まったことではない。優秀な弟子であるエレノアは荷解きが完了した後、食堂へと足を運ぶのだった。
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