魔法使いの夢見る結末

花湯 月

第1話 師匠と弟子

日が昇り、門が開く。


 灰褐色の石と柵が堅牢なイメージのこの門をまたくぐることになるとは、エレノアは思いもしなかった。


「さぁ、これでやっと王都入りね」


 隣で、師であるミュゼが腰に手を当て、胸を張る。ここに来るまでに乗合馬車も使わず徒歩で来たものだから、ささやかな達成感を現すような仕草に内心同意するエレノアだが、視線は斜め下になってしまう。


「ほら、早く行くわよ」


「はい、ミュゼ先生」


 複雑な心境のまま、門をくぐる。


 ―――できればどうか、”あの人”とは会いませんように。


 その願いは数時間もすれば儚くなってしまうことをこの時の彼女はまだ知らない。






❁❀✿✾❁❀✿✾



 門が開く時間は午前6時。外部からの輸入品を運ぶ荷馬車をよく見かけた。まだ起き切れていない空気の街並みだが、そこかしこに咲いている季節の花や植えられている木が空を仰ぐように伸びをしているように見えた。


 業者が出入りしてから、やがて街は人がいっぱいになり、活気づくだろう。


 以前も来た事のあるエレノアは懐かしいような気持ちで翡翠の瞳を細める。


「さぁ、まずは宿探しね」


 感慨にふける間もなく、師のミュゼは足早に歩を進めていく。


 彼女は黒の布地に白の蔦や花がささやかに刺繍されている外套を着ているので見つけることは容易だが、なんせ足が速いのでついていくのが大変だ。


 いくら朝早くとも業者がまだまだ行き来している時間帯である。追いかけている最中に馬車に退かれるなんて恰好がつかない。


「宿を見つけたらチェックインして、そこからは一旦休憩にしましょう。今日から数日はこの街で様子を見ることになるから時間を気にしなくていいわよ、エレノア」


 心なしかウキウキとした口調で師のミュゼは今後の予定を言っていく。「はい、ミュゼ先生」としか喋っていないエレノアだが、内容もしっかり把握している。


 ミュゼに拾われてからエレノアは忙しない日々を送っていた。足を迅速に動かしながら向こうの方で喋りかけているその声を拾うというスキルは年々培われている。


 中央通りをしばらく歩き、不意に曲がって少々細い道に入る。まだ石畳のストリートなので治安はいいのだろう。さすがは王都である。


「――――っと、ここみたいね」


 無心で進んでいるかと思いきや、ミュゼは不意に足を止め、ある建物を見上げた。


 エレノアも急停止し、彼女の目線を追って見上げる。


 茶色の洒落た看板に白色で【カタリナのヤドリギ】とあった。


 今までの旅先では眠れたら大丈夫という具合の宿を見てきたからか、随分と高そうな外観をしている。


 深いマホガ二ーの柱で建てられており、屋根も木で出来ていそうだ。屋根から下げられている箱のような物はなんだろう?


 ベランダであろう場所の奥にはステンドガラスが見えている。けれど、どこにも十字架はなく、教会でもなさそうな外観。


 ミュゼは躊躇うことなく扉を開け、入っていく。ガラッと横にスライドする扉は初めて見たのでエレノアは驚いたのだが、ミュゼはずんずん先を行く。


 エレノアも自然とついていき、中に足を踏み入れた。


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