BARから始める君との恋。
桜城カズマ
そうだ、BAR行こう。
俺、
とはいえ、一人暮らしで大学生でありながらボッチの俺は、両親から祝いのメッセージは来るものの、家に来て誰かに祝ってもらう、なんてことはなくただ一人寂しく親からのメッセージに明るく返すのみである。
寂しい。高校生の頃からボッチであったとは言え、流石に20歳を祝ってくれる友達くらいは大学生になったらできると思っていたものだから、実に寂しい。
「……そうだ、バーに行ってみよう」
BAR。それはお酒が飲めるところ。まあ言ったことがないからその程度のイメージしかないが……小さい頃からかっこいいと思っていたし、一度行ってみたかったんだ。
ちょうどいい機会だし、行くことにしよう。外も暗い。働く大人たちのビルがまだ光っていたりはするが、まあ多分開いている場所もあるだろう。
そう決め込んだ俺は、早速BARへ行く準備をする。せっかくなんだ、それなりにおめかしをしていこう。
俺は洗顔をしてから、入学式以来袖を通さず、せめてホコリはかぶらないようにとビニールを掛けてあったスーツをクローゼットから取り出す。ネクタイを締めると首元がちょっと苦しい。昔着たときも思ったが、この苦しさになれるときは来るんだろうか。ズボンだって動きづらい。
親がくれた立て鏡を見ながら整えてみるものの、なんとも言えない。悪く言うなら不格好、不釣り合い、スーツに着られている。よく言うなら……なんだろうか。
スーツに着替えた次は髪型だ。どういったものがいいのか。最近散髪に言っていないから、伸びたい放題の髪の毛をどうまとめたらいいのか、そういうのに詳しい友達がいたりしたら相談できたんだろうが……あいにく俺にそういう友達はいない。
諦めてインターネットで調べることにする。
「うわっ、短髪ばっかじゃん……」
『BAR 髪型 男性』で検索をかけると髪型が短いものばかり出てくる。
この検索方法はだめだな。
俺は改めて『髪型 決める 男性』で検索してみる。
「お、いいのあんじゃん」
画像検索で見つけた、俺の髪の長さでもできそうな髪型を真似してみる。
ワックスなんてカッコつけて買ってその日に使って以来だ。と言うかこうして見ると俺本当に大学生なのか、自分で自分を疑う。
「うわぁ……」
画像を見ながら整えようとしてみるものの、全くうまくいかない。変な髪型に固まっただけだ。
「くそっ、街にいるイケメンたちはこれをこなしてるってのか」
俺は諦めて、せめて変にならないようにとどうにか修正をして、ひとまず身だしなみの準備を終える。
次は持っていく物だ。スマホ、財布、ハンカチポケットティッシュとして……どうしよう。
ポケットは左右はハンカチとポケットティッシュを入れるから、スマホと財布が入れられない。
かと言って大学に持っていっているようなカバンを背負って行くわけにもいかない。シンプルにダサい。と思う。
それに、スマホと財布のためだけに教材などを入れるカバンを整理するのは面倒だ。というかそっちが主な理由かもしれない。
「あ、そういえば」
俺はふと思い出してクローゼット横に目をやる。そこには手持ちのカバン。親父が社会人になったときにと気が早くも買い与えてくれたものだ。せっかくだしこれにしよう。ハンカチとティッシュもこっちに入れておこうか。
「これで……よし」
だいぶスカスカだが、まあいいだろう。もしかしたら俺が知らないだけで、もっとなにか入れるものがあったりするのかもしれないが、俺は知らない。知らない以上、どうしようもない。
準備が完了した俺は、鏡の前に立って最終確認をする。うん、なんか背伸びをしているようにしか見えなくないが……まあいいだろう。いつかこれが様になって見える日が来ると信じよう。
俺は近くのBARをマップアプリで検索をかけることにする。幸い、ここから歩いていける距離にBARがあるらしい。
「いってきまーす」
俺は意気揚々と誰もいない部屋に向かって声をかけて出る。他のマンションの住民に見られたら少し恥ずかしいかもしれない。
俺はマップアプリを見ながらBARへ向かう。
目的地は想像以上に近くて、すぐに着いた。
「ここが……!」
着いたBARは、頭上に『BAR』と書かれた電灯が掲げてあり、周囲の雰囲気も相まって『いかにも』な感じがする。
いざ来てみると足踏みしてしまいそうになるが、ここまで準備した以上ここで引くのはもったいない。それに……もしかしたら、何かしら出会いがあるのかもしれないし。
大きな不安とちいさな希望を込めて俺はその扉を開いた。
カランカラン、と子気味いい音を立て、俺を迎え入れる。
中はほんのり暗く、小さな電気がちらほらと見える。そしてたくさんのお酒が収まっている棚だけは煌々と照られている。そしてカウンターテーブルを挟んで向こうにはバーテンダーと思われる壮年の男性がいる。
「おぉ……!」
俺はちょっと感動して声を漏らしてしまう。だって、外観も内装も、正しく『BAR』という言葉に合うから。
いやBARだから当たり前といえば当たり前なんだが。
俺は恐る恐る歩いて、空いているカウンター席に腰掛けた。間違っていないか緊張して、変な汗が出てきた。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
バーテンダーが近づいて来て俺に聞く。何にしよう……というか、お酒の良し悪しも、種類も知らないんじゃ、何を頼んだらいいのか……。
「すみません、今日二十歳になったばかりで。初めてのお酒なんですが……」
迷った俺は、格好つけるのを諦めて正直に話す。変に格好つけてボロが出るよりマシだ。
「そうですか。では甘めとさっぱりどちらが?」
バーテンダーの男性はグラスを用意しながら俺に聞いてくる。おお、それっぽい。って、感動している場合じゃない。
うーん、さっぱりっていうのはイメージが湧きづらいな、甘めにしよう。
「甘めで」
「かしこまりました。炭酸はどうですか?」
「飲めません……」
バーテンダーの質問に俺は恥ずかしくなってうつむきながら返す。この歳にもなって炭酸が飲めないというのは、なんだか恥ずかしいことのような気がするのだ。友達がいないせいで恥ずかしいのかどうなのかわからないし。
「なるほど……」
バーテンダーはお酒が収められているらしい棚を見ながらお酒を用意してくれる。
「ではこちらでどうでしょうか。度数も弱めですし、甘い。フルーツ系です。炭酸もありません」
バーテンダーは少しニコリと笑みを作って俺に出してくれる。その様子がとてもかっこよくて、正直これを見られただけでここに来た価値があるかもしれない。
「ありがとうございます」
俺は出されたお酒に恐る恐る口をつける。
「てんちょぉー! おかわりー!」
「んっ!?」
俺がお酒を口に運んだ瞬間、女性の大声に驚いて少し吹いてしまう。桃らしい甘さだけがほんのり感じられた。
「ごっ、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。今拭くものを持ってきますね」
テーブルの上にこぼしてしまったのを謝ると、バーテンダーはそう優しく言ってすぐに台拭きを持ってきてくれた。行動が早い。
「てんちょぉ! まだぁ!?」
さっき俺を驚かせた女性の声がまたしても聞こえる。そういえばこの店にはバーテンダーは一人しかない。ということは、この人が店長ということだろうか。
「はい、今すぐ。申し訳ございません、ご自分で拭いていただいても?」
「あっ、はい、大丈夫です!」
俺はバーテンダー……店長と呼ばれた男性から台拭きを受け取り、俺がこぼしたお酒を拭き取る。
それにしても、こんなところで大声を出すなんてだいぶ強い精神力を持っているんだな……。
俺は拭き終えて、残ったお酒をちびちびと呑みながら、声がした方をちらりと見てみる。
「んぁー、くそう!」
ドンッ、と女性がカウンターを叩く。カウンターテーブルはつながっているから、その振動が俺の方まで響いた。すごい力だ。
女性は、だいぶ飲んでいるらしく、ひと目見て酔っ払っていることがわかる。顔も紅潮している。
スーツを着てはいるものの、それもはだけて、正直少し淫靡な感じを漂わせている。それなりに胸が大きいらしく、テーブルの上にそれが乗っかっている。
俺はいつの間にかお酒を手に持ちながら、ずっとその胸ガン見してしまっていた。
「聞いてよてんちょぉ! ひどいんだよ!」
「はい」
店長は女性の様子に慣れているのか、特にこれといった反応を示さず落ち着いて対応している。
女性が身動ぎする度におっぱ、胸が揺れる。もうあれは峰と言っていいかもしれない。いや良くないな、いかん、度数は弱いと言っていたが、案外俺はお酒が弱いらしい。
しかし……おっぱい以外にも目を向けてみると、その態度とは裏腹に、とてつもなく美人であることに気づく。
暗くてはっきりとは見えないが、それでも顔の良さが伝わってくる。茶色の髪は店の明かりに照らされてきれいに輝いている。
(すごい、きれいな人だな)
俺は思わず見惚れてしまう。おっぱいどうこうではなく、その人には惹きつけられるなにかがあるように感じた。
「それでぁ、彼氏……元カレがさぁ!」
発言から察するに、彼氏と別れて傷心中といったところか。
「――んぅ?」
ふと、彼女をガン見していた俺の目線と彼女の目線が交差した。
(やばっ)
俺は慌てて目をそらし、正面を向いてお酒を飲み干す。ちょっとだけ喉が焼ける感じがした。本当に度数弱いのかわからない。ちゃんと度数を聞いておけばよかった。
「……」
お酒を飲み干してしまい、することがなくなった俺はカウンターに向かってグラスを手慰みすることしかできない。
帰ろうにも、店長があの女の人に捕まっている以上、話しかけづらい。それに――。
「じーっ……」
見られている。めっちゃ女の人に見られている。ガン見されるってこんな気持なんだと、嫌でも伝わってくる。さっきガン見していたことを謝れば許してくれるだろうか。
「てんちょー、これあの人に!」
「いや、それは……」
「いいから!」
正面を向いているため、横目でしか確認できないが、彼女が何かしらを俺に頼んでいるのだけは伝わった。こ、これはよくドラマで見る「あちらのお客様からです」ってやつか!
状況が状況とは言え、ほんのり酔いが回っている俺は少しテンションが上ってしまう。
「あちらのお客様からです。その、無理はしないでください」
店長はなんだか申し訳無さそうにしながらグラスを出してくれる。
キタッッッッッ!
俺は店長が出してくれたを見る。
茶色だった。正直、ちょっと濃いウーロン茶だと思いたかった。
「……これは?」
俺は申し訳無さ気な店長にグラスを指さして聞く。
「……ウイスキー、でございます」
「なるほど」
ウイスキーだった。しかも見たところ氷が入っていたりもしない。なんだ、あの女の人嫌がらせか?
そんなんだから彼氏に……いや、やめておこう。話したこともない人を悪く言うのは気が引ける。
ちらりと横目で彼女の方を見ると、なんとなくニヤリ顔が見えた気がした。気がしただけだが、なんとなく俺は彼女の様子に腹が立った。
そっちがその気なら。と、俺は意を決して出されたウイスキーを一気に飲み干す。
「なっ」
店長が驚いて構える。
「あはっ♪」
女性の上機嫌な声が聞こえる。
「――……ごはっ!?」
飲み干せなかった。それどころかカウンターに盛大にぶちまけてしまった。今日二度目だ。一口喉を通過しただけで、さっき飲んだお酒の倍はきつかった。
「み、みずください……」
俺は謝るよりも先に水を求める。店長はこうなることを見越していたのか、俺が言うや否やすぐに水を出してくれた。
ウイスキーが焼いた喉を、冷たい水が冷ましてくれる。……あまり効果がないような気もしたが。
「……っぷ、あはっ、あはははは!」
俺が水を飲んでいると、女性が大爆笑した。ここに俺と彼女以外にお客さんがいなかったから良かったものの、なんて奴なんだ。せっかく美人なのに。性格の悪さが話してもいないのに伝わってくる。
俺はさすがに我慢の限界だったので、言ってやることにする。
「……ナンデスカ?」
だめだ、女性経験がほぼゼロの俺に、美人に強く出ることなんてできない。カタコトになってしまった。
「あははっ、ごめんごめん」
女性は謝る気が全くなさげに、両手を合わせながら笑う。
「いやね、君があんまりにも私のことを見るもんだから、仕返しを……ね?」
「それは……ごめんなさい」
確かに、あれは不快に感じる人もいるかもしれない。そう考えると自業自得……なのかもしれない。
「まあ、見られるのなんて慣れてるんだけどねっ♪ 生娘じゃあるまいし」
女性はしたり顔を浮かべて俺のことをからかってくる。こっ、この……!
「まあまあ、そう怒らないでよ。私の名前は
酒井さんと名乗った女性は、俺に聞いてくる。話をあからさまにそらされた。とはいえ、名乗られた以上名乗り返すのが筋か。
「大和田慶です」
「そっかそっか、じゃあケイくんって呼ぶね!」
俺が名乗ると、酒井さんはぐびぐび、っと酒を飲みながら言った。なかなかに豪快な女性だ。
それと距離感が近い。
「ケイくん、私のおっぱい、見てたでしょ」
酒井さんはグラスを置いて、両手を使って胸を寄せるようなポーズをする。大きな胸が強調されて、正直さっき以上にガン見した。ウイスキーを飲んだことで少し……いやかなり積極的になっているかもしれない。
「ふーん……えっち♡」
「なぁっ……!?」
完全に酒井さんに弄ばれている。が、仕方ない。胸はとてつもない引力を秘めているから。俺は酒井さんに煽られてなお胸から目を逸らさない。
「ちょっ、ちょっと、み、みすぎ……さすがにそんなにみられるとはずかしい」
酒井さんは俺のガン見に屈して胸を隠すように体を後ろに隠す仕草をする。
「煽ってもためらいなく見るのは君が初めてだよ」
「それは光栄です」
正直何を言っているのか、なにをやっているのかわからなくなっていた。酔いが回っている。しかしもう後には引けないし、こんな思いできるのは今日だけかもしれない。捕まらない程度にいい思いをしたい。
「へ、変な人……」
酒井さんは本当に引き気味に言う。
「酒井さんには言われたくないです」
「酒井じゃなくて、瑞夏よ」
「み、瑞夏さんには言われたくないです」
女性を名前で呼んだことなんてないのに、なぜだか呼べてしまった。さん付けだし、声は震えてはいたが。
「ふーん……君、経験浅い、というかないでしょ」
瑞夏さんはにやにやと俺を見つめる。なぜバレた。やっぱり経験豊富な人はわかるんだろうか。
「なっ、何を」
「だってなさそうだもん♪」
「ぐっ……!」
やっぱりそうなのかっ、くそう!
「ケイくん、ちょっとこの後付き合ってよ」
さっきまでの楽しそうな声色とは打って変わって、ちょっと落ち着いた声音で言う。表情も変わって、大人の色気といえばいいのか、そんな雰囲気を纏う。
「え……」
それは、どういう、という俺の言葉はでなかった。と言うか出る前に瑞夏さんに遮られた。
「まあ拒否権はないけどっ」
瑞夏さんは俺にウインクをして俺の体を持ち上げる。今気づいたが、瑞夏さんはさっきから少しずつ距離を詰めていて、もう隣りに座っていた。
「ねえ店長、ケイくんの分も払うね」
「……わかりました」
「ありがとー♪」
店長は「はぁ」と少しため息を付いて会計をする。
俺も立ち上がろうとして――足元がふらついた。
「っと、大丈夫? ごめんね、私がウイスキー飲ませちゃったからだ」
倒れる前に瑞夏さんが俺を支えてくれた。やわらかい。クッションでも持ってきてくれたのか?
息をするといい匂い……はしなかった。お酒臭い。いやまて。
「こっ、これっ!?」
俺はバッと身を起こす。またも瑞夏さんがニヤリと俺を見ている。
「どうだった?」
「さいこうでした……!」
「あはっ、きもっ☆」
瑞夏さんの言葉に、俺は苦笑いで返す。これからどこへ行くかは知らないが、彼女と一緒ならなんとなく楽しくなる気がしている。
俺は街を行く酔っぱらいたちと同じように、瑞夏さんに肩を借りて歩いた。
そこから先のことは、いまいちはっきりとは覚えていない。
BARから始める君との恋。 桜城カズマ @sakurakaz
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