第17話 最後の一手

 翌朝、会社に着くなり菅原さんが俺を見つけて駆け寄ってきた。

「斉藤さん、ちょっとこちらに…」と言われ 警備室に入った。

「木村課長が今朝早く地下の備品室に入って 物品をいくらか持ち出したようです。」

「ええ?」

「今朝、モニターに備品室に入って行く木村さんの姿が映ったんですよ。何かいろいろ抱えて出て来たんです。在庫を確認してみて下さい。」

「課長はあそこに監視カメラがある事を知らないのでしょうか?」

「おそらく他の通路と同じように あそこのカメラもダミーだと思っているのかもしれません。あそこは部屋の中にカメラがなくて通路と出入り口だけ監視されているんです。」

「私、室内に自腹でカメラを付けたんです。ただ、棚が多いので隠れるのも容易なのですが、後で映っていないか確認してみます。」

「なぜ、自腹でカメラを?」

「私に横領の罪を着せて、会社から追い出そうとするんじゃないかと思いまして…

やはり、思った通りだ。近いうちに社内の監査が行なわれるので、そこで発覚するように仕組んだんだと思います。」

「そうか………じゃあ、カメラの映像は重要な証拠になりますね。」

「ええ、課長は墓穴を掘ったと言う事でしょうね。菅原さん、映像を保管しておいて

くださいね。」

「分かりました。しかし、こうなると橘さんの自殺は いよいよ疑わしくなりますね。」

「もし、課長が橘を殺したのなら絶対に許さない!」

「斉藤さん、くれぐれも慎重にお願いしますよ。」

この後、自分の取り付けたカメラの映像を確認したが、課長は入り口付近だけで行動しており、小さくチラチラと映っているだけで、本人の確認は難しかった。しかし、

もともとの監視カメラがある。大丈夫だ。

三日後の監査の日が待ち遠しかった。課長を出し抜いてやれる。横領したのは木村課長だ、この証拠が目に入らぬか!とばかりに 監視カメラの映像をみんなに見せるのだ。想像しただけでワクワクする。と、思っていたのだが 次の日菅原さんから電話が来た。

「斉藤さん、今朝早く木村課長が持ち出した物品を返したようです。」

「え?」 わずか一日で返しに来るなんて…なぜだ?

「どうやら私達の会話が木村課長には筒抜けの様なので、ひょっとしたらと思いまして警備室の中を調べてみると、目立たない所にあるコンセントに盗聴器が仕掛けられていたんです。昨日の私達の会話が全て聞かれていたようです。」

「そんな…いつから…」

「恐らく随分前から、私は橘さんが亡くなられた頃ではないかと思っています。もう

他に盗聴器はないと思うのですが、念のため今は外から電話しています。」

俺はゾッとした。ここまでやるのかあの人は…

「菅原さん、これからは私一人でやります。あの人は私が思っている以上に危険な人なのかもしれません。これ以上菅原さんや桜井を巻き込む訳にはいきません。本当に協力して頂いて ありがとうございました。」

「大丈夫ですよ、また何か気が付いた事がありましたら、連絡しますから。何度も言いますがくれぐれも慎重に行動してくださいね。」

「はい、ありがとうございます。」

  菅原さんに慎重にと言われたが、俺はのんびりしていられない気がするのだ。

いつまで猫と人間の変体を繰り返していられるのか分からないから… 人間の俺が消えてしまったら何も出来なくなる。それまでに何とかしたい。そうでないと俺も橘も

浮かばれない。

ひょっとしたら、この備品室にも盗聴器が仕掛けられているかもしれないと思い、

早速コンセントや部屋の隅を探してみたが 見つからなかった。とにかく、誘いをかけないと何も始まらない。どうする?

二日後の監査は何事もなく無事に終了した。この日に逆転ホームランを打つつもりだったが残念だ。 この度の事で課長も下手な事をすると墓穴を掘る事になると、

充分自覚したのではないだろうか。だから少々の事では誘いに乗って来ないかもしれない。取りあえず明日から昼食は屋上で食べようと思う。屋上は事件の現場だ、もし

犯人なら俺がその現場を毎日ウロウロする事を 快くは思わないだろう。

 課長の事で振り回されていたが、このところ本来の俺の仕事である備品管理も なかなか忙しく、いろいろな部署に依頼された物を届けに行っていた。ただ、これまでと違って冷たい視線を向けられる事はなくなっていた。流れは徐々に変わりつつある

ようだ。だが、橘の死から既に5ヶ月くらい経っているので、みんな誰が相手なのかと言う事には 関心が薄らいでいるのかもしれない。世の中そんな物かもな…

 今、12月も半ばになっている。屋上はとても寒い、したがって屋上に出て弁当を

食べる人など誰もいない。俺は一人自販機で買ったお茶とともに、朝、通勤して来る

途中で買ったコンビニ弁当を 寒さに震えながら食べている。橘が落ちた場所のすぐ近くで・・・課長が俺の事を気にして目を光らせているのなら 毎日屋上に行っている事をもう知っているだろうが 何のアクションも起こして来ない。

俺は無駄な事をしているのだろうか? 焦りを感じながらも これしか思い付かないので やり続けるしかない。

 ある日、屋上に行くためにエレベーターに乗っていると、3階で木村課長が乗ってきた。二人っきりだ。体格も力も俺の方が上だと思うのだが何だかこの人は怖い。

もっとも俺はもう死んでいるのだから、何をされても恐れる事はないのだが、やはり

化け物でもこうして生活しているのだから、失いたくはない。

課長は5階のボタンを押し、ℝが点灯しているのを見て「屋上に行くのかね?」と話しかけ、俺の手元の弁当に目が行くと「この寒い日に屋上で弁当を食べるんですか?」と言った。

「ええ、気持ちが良いんで…それに時々橘が俺に声をかけてくれるんで…」

「何を気味の悪い事を言うんだ。」

「気味悪い事はないでしょう、課長も一緒に聞きませんか?かつては愛した女性でしょ?」

「君は何か勘違いをしているようですね。」

その時、ピンポーンとエレベーターが5階に着いて、課長は降りて行った。

「何が…勘違いなものか…」

その後、しばらくは何もなく 寒い屋上で弁当を食べる日が続いた。


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