第16話 怖い木村課長

 「え!どうだった?」二人に聞くと桜井が「斎藤さんは映っていませんでしたよ。」と言った。

「そうだろう、やっぱり…」

「映像を見ますか?」と、菅原さんに促され俺はリプレイの映像を見た。ドアが開かれ画面にドアの角が映っている。その三角の角は小さく動いていて、閉まるまで消えることは無かった。

「あれ?こんなにドアの角が映ってたんだあ、」

「まあ、斎藤さんは大きいから…木村課長なら小柄だから… 人は映らないで出入り出来る事は証明されましたよね。」

「決めつけはダメですよ、これだけでは木村さんが屋上にいた証明にはなりませんよ。」

菅原さんに言われて 俺と桜井は小さくため息をついた。

「それは確かにそうですね。でも、誰かが先に屋上にいたと言う事は否定できませんよね。」

「まあ、そうですね。」

菅原さんに礼を言って俺達は今日は帰ることにした。時刻はもう7時を過ぎていた。

あと、2時間足らずで俺はまた猫になる。急がなければ…

「斉藤さん、一緒に夕食を食べませんか?」

桜井が俺に言った。それは無理だ、時間がない。

「ごめん、桜井さん、彼女が夕食を作って待っているんだ。」

「え?斉藤さん、彼女がいるんですか?そのうえ同棲しているんですか?」

「うん、まあ、俺が彼女の部屋に押しかけたんだけどね。明日、埋め合わせをするから、ランチでも一緒に食べようよ。おごるよ。」

「そんな、埋め合わせだなんて…大丈夫です。私は美由の為に真実を知りたいから

手伝っているだけなので…」

「でも、味方になってくれる人がいるだけでも心強くて嬉しいんだ。」

「手伝える事があったら いつでも言って下さい。私も思い出した事があったら連絡します。」

「ありがとう。じゃあまた、」 「はい、また、」

桜井と別れると急いで帰路についた。電車に乗る前に涼子に(遅くなってごめん、今から電車に乗る)とメールを送っておいた。

アパートの最寄り駅に着くと早足で急いだ。あと一時間ちょっとで猫になるから早く帰らなければと気持ちが焦る。その時、自分の足音と違うもうひとつの足音が同じ

様に早足で追って来る事に気が付いた。「俺を付けている?」

少し歩みを遅くして見ると、その足音もゆっくりになった。歩みを止めてみると、その音も止まった。

辺りはもう暗い。振り向いても顔は分からないだろう。それに捕まえたところで揉めている暇はない。しかし、このまま涼子のアパートまで案内するわけにもいかない。

俺は足の速さには自信があるから 思い切り走って振り切るか… ただ、なんで俺が逃げなきゃいけないんだと言う思いがよぎる。 足を止め、振り返った。

付けて来た相手は 足を止めずに俺の方へと向かって来た。俺は街灯の下にいたので

相手にはおれが良く見えているはずだ。俺が相手の顔を確認する前にそいつが言った

「やあ、やっぱり斉藤君だったか、そうじゃないかと思っていたが… 君の家はこの辺りなの?」

親しげに声をかけて来た。木村課長だ。やはりな…

「いえ、友達の家に行くところです。」噓ではない。

「そうなのか、私も友人に招待されて行くところなんだ。あっ、遅刻しそうだ…

じゃあまた会社で、」と言い 足早に去って行った。

冷静だな…まあ俺に気づかれた時の事は想定済みなんだろう。俺を付けてどうするつもりだったんだ? 何だか背筋がゾッとした。俺が思っている以上に怖い人なんじゃないか? あっ、早く帰らないと9時までにもう1時間もない。猛ダッシュでアパートへ走った。

「ただいまー、遅くなってごめん、」

「お帰り、時間がないわ、急いで食事して、お風呂に入って、」涼子にせかされ 急いで食事を取ることにした。今夜のおかずはぶりの照り焼きにかぼちゃの煮物、鶏とキャベツの卵とじ、それに味噌汁。寒い時期のぶりは旨い。

「悪いなあ、涼子だって疲れているのに いろいろ作ってくれて、ありがとうな、」

「大丈夫よ。そんなに手間のかかる物は作ってないし気にしないで、それより急いで、」

俺は今日の出来事をかいつまんで話しながら 10分で食事を済ませた。そして10分で風呂にも入った。

髪を乾かしながら 間もなく猫だなあと思っていると涼子が言った。

「ねえ、優、課長に後を付けられたって怖いわね。」

「怖いなあ、どういうつもりなんだか あの写真を会社の廊下に貼ったのは俺だって

分かっているだろうから 相当怒っていると思うんだけど何も言わない。周りの人たちにはフェイク写真だって言ってるようだ。」

「そう、フェイク…」

「でもあの写真の効果は大きかったよ。橘の友達だった桜井って子が 味方になってくれたんだ。」

「そう、良かったねぇ、その子可愛いの?」

「ええ?それ気になる?」

「そりゃあ、気になるわよ。」

「まあ、可愛いかな、」と俺が言うと 涼子が俺の両ほっぺをつまんで 

「こら、」と言うなり驚いている。

「あっ、髭が…」 あっ、そうだ、猫になる時間だった。

涼子は俺に背を向けて目を背けた。やはり見るのは辛いようだ。

「ニャー、」 (もう猫になったよ)

「優…可愛い…よしよし」

喉を撫でられてグルグルグルグル、明日の朝まで俺は猫だ。今夜も涼子のそばで背中を撫でられ眠るのだ。

猫の小さな頭でも必死で明日の一手を考えた。どうしたら課長との戦いに勝てるのか

4か月前の事だ、証拠を見つけるのは難しいだろう。しかし、幸いなことに課長は

変に悪足搔きをする。俺の事が目障りで仕方がないようだし、恐れている様な気さえする。ここが彼の弱点だろう。揺さぶりをかけてみるか・・・

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