第12話 味方ができた
翌日、朝8時頃出社して 社内の各部署の通路に写真を貼った。もちろん、
俺だと分からない様に 大きな黒いポンチョのカッパを着て、監視カメラに
写らないようにフードを深く被り顔を隠して行動した。社内のあちこちにカメラが
あるので油断できないのだ。
そしてそのあと、俺は何食わぬ顔でいつものように地下でメールが届くのを待っていた。 何の依頼もなく午前中がすぎていった。写真の反応が気になるが わざわざ上に上がって行く気にもなれず、昼食を取るため外に出ようとした時だ。
秘書課の桜井恵が備品室に入って来た。橘美由の友達だった女性だ。えらく深刻な顔をしている。
「なんだよ、」
「あの写真を貼ったのは あなたでしょ!」
「何の事だよ、」
「美由が付き合っていた相手って 木村課長だったの?」
「はあ?何を今さら……」
「ごめんなさい… あの写真を見て思い出したの、もうだいぶ前の事だけど 美由が
木村課長って優しくて、仕事が出来て素敵よねって言ってた事を……」
「………」俺は言葉が出なかった。今さらなんだと思うだけだ。
「課長は必死で これはフェイク写真だ!って言ってたわ、課長の言葉を信じる人も
いたけど、あの写真を信じた人もかなりいるみたい…」
「遅いんだよ、」
「でも私、美由は木村課長に奥様がいたとしても、それで死ぬ様な人間じゃあないと思うの。彼女は芯の強い人だったでしょ? 一人でも子供を産んで育てたんじゃない かしら、」
「そうだな。それに母親に遺書を残さないのも不自然だ。」
「斉藤さん、私、協力しますから調べてくれませんか?」
「随分と風向きが変わったな…」
「ごめんなさい。噂を鵜吞みにしてあなたを責める様な事を言って…… 後悔しています。」
「まあいい、俺もこのまま黙っている訳じゃない、あの写真は復習の第一歩だ。
これからいろいろ調べるつもりだ。協力者がいれば心強いよ。」
「はい、私も真実が知りたい 頑張ります。じゃあ私これで…」と戻って行った。
社内で一人だけ味方が出来た。
次は 監視カメラの映像をチェックしたい。警察に提出した部分は保存してあるはずだ。しかし、監視カメラの映像はいつも警備員が待機している警備室にあるのに
はたして映像に細工などできたのか?
俺は橘が死んだ日の事を 思い出していた。 あの日は朝から晴れていた。
俺と橘は午後一でアポを取っていた企業に出向くために資料をまとめていた。
「先輩、頑張って契約を取り付けましょうね。」
「今日、契約は無理だろう、前向きな返事がもらえれば充分だよ。」
「そうですかぁ?」
「良い返事がもらえれば、次回は課長にも同行してもらって、契約をして貰うんだよ。」
「え?課長もですか?」
「その方が信頼してもらえるだろ?」
「そうですね。」
橘は、ニコニコして嬉しそうだった。 この夕方、彼女は自殺したのだ。
今思い出しても信じられない。この日の営業が上手くいかなかったのは事実だが、
それで死ぬほど落ち込むとは思えない。
「あ~あ、ダメでしたね。OO商事も営業に来ていたなんて知らなかった。」
「次は頑張ろうな。」 「はい、」 ガッカリはしていたが明るかった。
その日の6時過ぎ、仕事を終えて社員が退社し始めた頃、橘は会社の屋上から飛び降りたのだ。
目撃した女子社員の 恐怖に満ちた金属音のような叫び声で、ゆったりとした夕方の
時間が一瞬にしてサスペンスドラマの一場面のようにざわざわとざわついた。
人々が社の裏庭に「なんだなんだ!」とばかりに集まっていく。俺もその中の一人だった。
「人が落ちたってさ!」 「救急車を呼べ!」 「あーなんてこった、」
「女性だなぁ、」 「自殺か?」 皆、口々に色んな事を言っていた。
血を流して倒れている横顔を見た。橘だった。服も少し前まで俺と一緒にいた時と同じものだ。
「たちばな!」 傍に駆け寄って体に触れようとした時、
「触るな! その方がいい!」 誰かが俺に声をかけた。
「そうだな、こんな時はその方がいい。」と、思いとどまったが、涙が溢れてきて
「なんで! なんでだようー!」と叫んでしまった。
一緒に仕事をしていた者として 当然の態度だと思うのだが、後になって橘の相手が
俺だと思われる一つの要因になったようだ。
頭が混乱して周りの状況は良く覚えていないが、大勢の野次馬の中に警備の服装を
した人が何人かいたような気がする。警備員全員が持ち場を離れ そこに集まっていたとしたら、警備室は空っぽだ。 その後、警察が到着するまでの7~8分の時間があればビデオに何か細工する事は出来たのではないか。 そもそも屋上にはいくつの
カメラが取り付けてあるのか。 橘が落ちたその場所はカメラの撮影範囲に入って
いるのか。 これは調べないといけない事がいっぱいだな。
昼食を食べようと外に出るつもりだったが、もうすっかり忘れて必死でビデオを確認する方法を考えている。
どこかで何か騒ぎを起こして 警備員を一か所に集めてその間に警備室に忍び込むか? いやいや、そんな悪いことをしたら俺、悪者になるじゃないか。ダメだ…
やはり、正攻法で行こう。警備の責任者に頼み込むのはどうだ? いや無理だろう
簡単に見せてくれるはずがない。と今までの俺なら諦めるところだが今の俺は違う。
いろいろ考えながらも足はもう警備室に向かっている。
警備室は一階正面玄関の西側の奥にある。 警備室のドアの前に立つと ドアの柱の
横にプレートが付けてあり{責任者 菅原圭太}と書いてあった。
ドアをノックすると中から「はい、」と返事があり ドアが開けられた。
「はい、何か?」と、鋭い眼光のガタイのいい40代位の渋い男性が出て来た。
「私は、備品管理課の斉藤と申します。少々お願いがあって参りました。菅原さんは
いらっしゃいますか?」
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