第11話 たくましい涼子

 その喫茶店は一角で窓からソフトクリームを売っているのだが、それ以外は

普通の喫茶店で、俺達は購入したソフトクリームを店の駐車場で食べていたのだ。

俺は店に背を向けていたので 課長と橘が店内にいる事に気が付かなかったし、

涼子は課長にも橘にも 面識がないので分からなかった。しかし、画像が残った。

「課長は 俺たちがこれに気付くのを 恐れているんだな。」

「私のスマホじゃ 探しても無駄なのにね。」

「涼子、気をつけろよ。この先お前にたどり着くかもしれない。」

「そんなあ、何して来るっていうのよ。」

「分からない… でも何か木村課長は必死なんだよ。」

「美由さんって自殺なんでしょ? 関係がばれるだけで そんなにヤバイの?」

「まあ、確かに関係がばれたら社内の評価はかなりさがるだろうな。左遷されるかもな…」

「でも、私を襲ってスマホを奪ったりしたらリスクが高すぎるでしょ、捕まったら

全てを失うでしょ。」

「だよな、そこまでしないか…」

「ただ私、本当に自殺なのかなって思っているの。」

「俺もちょっと怪しいと思ってる。」

「美由さんって お父さんを早く亡くされて 母ひとり子ひとりで生きて来たのよ。

そのお母さんに手紙ひとつ残さないなんて 考えられる?」

「そうだな、それは考えられないよな…」

そう思いながらも殺されたとも思いたくなかった。いくら課長が憎らしくても仮にも

愛した女性を殺したなんて 思いたくなかったし、橘が愛した男に殺されたなんて

あまりにも可哀想じゃないか…。

「ねえ、美由さんは会社の屋上から飛び降りたのよね。課長だったら監視カメラに細工する事も出来たんじゃないの? それにカメラの死角だって知ることが出来るでしょ。」

「うーん、そうかぁ… 何だか怖くなってきたな…」

「何言っているのよ、もう怖いものはないんでしょ!」

俺たちが あれこれ推理しているといつの間にか時が過ぎ、もう8時半を回ってた。

「あっ、優、猫になる前にお風呂を済ませちゃってね。」

涼子がサラッと言ったが こんなおかしな事を平気な顔で言う涼子は なんと柔軟性の高いことか… もう俺が9時には猫になる事を当たり前のように受け入れている。

俺の彼女は スゲーなぁと、思うのだ。

今夜は何も出来ないまま やはり、一人と一匹で仲良く眠りについた。

 日曜の朝、俺は人間になった状態で目が覚めた。

珍しく涼子はもう起きていて、朝食の支度をしていた。涼子はパン食の用意をしていたが そばにはおにぎりが用意されていた。

「おはよう!」

俺は涼子に甘える様にすり寄って 朝の挨拶をした。

「おはよう、朝食はパンとおかかのおにぎりと どっちがいい?」

「おかかのおにぎりがいい… 悪いなぁ、手間かかるのに…」

「大した事ないわ、さあ、今日は優のアパートの片づけをするわよ。頑張ってやりましょうね。」

「うん、ありがとう。」

今更だけど 俺は何もかも放り出して、何も考えずに死を選んでしまった事を後悔している。こうして化け物になっているので 自分の後始末をする事が出来るのは

ありがたい。本音を言うとタイムマシンが欲しい、飛び降りる前に戻って思いとどまるんだ。しかし、それは叶わない…

  「この部屋、本当に殺風景ね。」

アパートの俺の部屋を片づけながら 涼子が言った。

「台所も フライパンとお鍋と薬缶が一つずつ、食器も茶碗とコップとお皿が一つずつ、片づけるの簡単ね。」

「これだけあれば充分なんだよ。」

「女性が来た事のある部屋じゃなさそうね。」

いつも俺が涼子の部屋に押しかけているばかりで、涼子がこの部屋に来たのは今日が

初めてなのだ。

「俺の彼女は涼子だけだよ。分かってる癖に…まあ、焼きもち焼かれるのも 悪い気はしないか、」

俺の話は聞いてないようで 「服はこれだけなの?」チェストの中身を出しながら

涼子は ちょっと呆れて言った。

「後はみんな長押にかけてあるから、」

「そうね、いいデイスプレイだわ。」やはり、呆れている。

「私が手伝うまでもなかったわね、この部屋は… リサイクルショップには何を引き取ってもらうの?」

「そりゃあ、ベッドとチェストと冷蔵庫だよ。」

「あっという間に 引き取りも終わるわね。冷蔵庫には何か食品は入ってないの?」

「ビールとマヨネーズだけ、喉が渇いたからビールを飲んじゃおうかな、涼子も

どう?」

「私はいい、家に帰ってから飲むわ。」

「ふーん、」一緒に飲めばいいのにと思いながら缶ビールのプルタブを開け、グッと

一口飲んだら

「うっ……苦い!まずい!なんだこれ?」

「えっ?味が変わるほど古かったの?」

涼子は俺から 缶ビールを取り上げて匂いを嗅いだ。

「いつものビールの匂いよ。」と言い 今度は一口飲んで 

「いつものビールの味よ。」と言った。

「え――!ほんとかよ! じゃあ、俺の味覚が変わったのか……」ふたりで顔を見合わせて 「やっぱ、猫だね。」と言った。

「あ~、もう旨いビールは飲めないのか。残念…」

「ねえ優、木村課長の事だけど 向こうから何かしてくる前に、先にこっちが動こうよ。」 涼子が話を変えた。

「そうだなあ、でも、あの喫茶店に一緒にいた映像が確たる証拠になるのかなあ?」

「だって、優は何の証拠も無いのに 美由さんの相手にされたんでしょ?この写真は噂話より強力じゃないの?」

「うん…そうだな。ふたりで向かい合って仲良く話しているところをアップして

社内のあちこちに貼ってみるかな、どんな反応があるんだろう…」

「怖い?」涼子が俺の顔を覗き込んだ。

「まさか…今の俺には怖い物なんてないさ、失う物なんて何もない。命さえ……」

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