第9話 母と娘
涼子は橘の自宅の前に立った。ごく一般的な2階建ての日本家屋だ。チャイムを押すと中から母親らしき人の声がした。
「はい、」
「私、美由さんの友達で本田涼子と申します。美由さんが亡くなられたと聞きまして
お線香をあげさせて頂けないかと思い、参りました。」
すぐに玄関のドアが開き 女性が出て来た。小柄で歳の頃は50代だろうか、少し、やつれている感じがした。
「娘のお友達ですか、わざわざありがとうございます。どうぞ中へお上がりください。」
「突然すみません 半年間海外に行っておりましたので、美由さんが亡くなられた事を知らなくて… この度は本当に残念な事で お力を落とされていらっしゃる事と存じます。」
和室に通され、菓子を仏壇の前に置いて線香をあげ手を合わせた。仏壇には明るい
笑顔の橘美由の遺影が立ててあった。
「美由ちゃん、どうして死んじゃったのよ!私、悔しい!」
母親は座卓にお茶を出しながら
「私も悔しくてならないんですよ 自殺と言われても遺書もないんですよ そんな事
信じられますか?」
「お母さん、お辛いですね。この写真、本当にいい笑顔で、悩みなんかない様に見えますよね。」
「これ、今年の春 友達と一緒に鎌倉へ出かけた時の写真なんですよ。でも不思議な事に どの写真も娘がひとりで写っていて、友達と一緒に写った物がないんですよ。
どういう事なんでしょうね。」
「鎌倉ですか… 春って何月何日ですか?」
「確か 5月のゴールデンウイーク明けの土日だったと思います。」
涼子は自分と優もその頃 鎌倉へ遊びに行った事を思い出していた。
「あのー、お母さん、こんな時に申し訳ないのですが 私以前、美由ちゃんに本を貸していて… もしよろしければ返して頂けないかと思いまして… 本当にすみませんでも大好きな本なので…」
「まあ、すみません。美由ったらだらしのない事を、」
「いえ、本を貸して間もなく私が海外に出かけたものですから、返すタイミングがなかったんだと思います。」
「どんな本なのでしょうか?探してきますので、」
「あのー、もしよろしければ、私が美由ちゃんの部屋に入って探した方が早いと思いますのでよろしいでしょうか?]
「どうぞ、階段を上がってすぐに美由の部屋がありますので、本棚を探してみてください。」
涼子は心苦しく思いながらも階段を上がって 美由の部屋に入り 机の引き出しなど何か手掛かりになりそうな物を探した。特に手帳などもなく、「わからないよう…」と独り言を言った。 顔をあげ、ふと周りを見回すと 8月のままめくられていないカレンダーが目についた。8月2日に{Kと19時}と 書かれている。
「Kって 確か優は木村課長と戦っていると言っていたわ…」
机の横には化粧台が置かれていて、化粧品が並んだままになっている。
「お母さん、かたずけられないのね。お気の毒だわ…」
化粧品と一緒に小さな可愛いケースが 置かれているのに気が付いた。開けてみると
指輪が入っていた。K&Ⅿと刻印されている。またKだ。
物色していると階段を上がってくる足音が聞こえた。母親が2階の様子が気になったようだ。涼子は自分の鞄からブックカバーの付いた本を取り出し 自分から部屋を出た。
「あっ、お母さん、本がありました。」と自分の本を見せて、
「図々しい事をして すみませんでした。」と言った。
「いいえ、あって良かったわ。」
「今日は急にお邪魔して すみませんでした。もう帰りますので…」
「あら、もう? もう少し美由とのお話を聞きたかったのに…」
「すみません。それはまた改めて… 今日はこの後用がありまして…」
涼子は心苦しかった。しかし、美由との思い出などあるはずもなく、ぼろが出ないうちに早く退散した方が賢明だと思った。
「本当にすみません。」
「そう…残念だわ… またいらしてくださいね。主人が早くに亡くなって娘とふたり暮らしだったものですから、今はひとりで寂しい毎日を送っていますのよ。」
(二人暮らし…それで遺書もないなんて変だわ。)と涼子も思った。
「はい、また来ます。お母さん、お力を落とされていらっしゃるでしょうが、どうか
お元気で…」
「ありがとうございます。」
涼子は 母親を励ましつつ橘家を後にした。そして、優の待つ公園へ急いだ。
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