第7話 また猫か・・・

「ただいまー、遅くなってごめんね。」涼子が帰って来た。俺は涼子の足にスリスリして迎えた。

「あら、何処にいたの? え? まさか・・優、どこ!優!」

涼子は俺を探した。と言っても狭い部屋だ。すぐに洗面台の前の脱け殻のような

パジャマを見つけた。パジャマと猫の俺を交互に見て、

「また猫になっちゃったって事?」  

「ニヤー、」 (そうだよ、夜は猫になるみたいだ。)

言葉を出したいが ニャーとしか声が出ない。 何とか涼子と会話したい、

どうしたらいいんだ。 猫の俺は小さな頭で必死に考えた。

(そうだ!スマホだ!)

俺はテーブルの上に飛び乗り スマホを前足でタッチした。上手くタッチ出来ない。

やはり、猫の手では無理か・・・

「そうか、文字は分かるんだね。いい事考えた。ちょっと待ってて、」

そう言って涼子はスケッチブックを出して来て、あいうえお表を作り出した。

涼子は絵が上手い、こう言う表のような物を作るのも得意だ。

出来上がると俺の前に差し出して、

「これで会話出来るかなあ」と言った。

俺は表の端の「あ」の文字を 前足でタッチした。続いて「り」「が」「と」「う」

「ありがとうね、凄い、会話できるよ優。」

俺は頭を上下に振って嬉しさを表現した。次は「お」「や」「こ」「ど」「ん」と、

タッチした。

「親子丼を作ってくれたの?」 また、頭を上下して今度はイエスを表した。

涼子は台所へ行き、鍋の中を見て

「これを温めて卵を入れればいいの?」 頭を上下した。

「ねえ、食べずに待ててくれたんでしょ、でも、猫は親子丼、食べられるの?確か

玉ねぎはよくなかったんじゃないかなぁ。」

俺は首を傾げた。猫の事は詳しくない。

「玉ねぎをよけたら、食べられるよね。鶏肉を小さく切ってご飯と混ぜてあげるよ。

今日は鶏まんまだね。」

「ニャー」 (腹減ったよう)

俺は涼子が作ってくれた鶏まんまを床の上で食べ、涼子は親子丼をテーブルに付いて

食べた。 毎晩こんな感じになるのだろうか? うー泣けてくる。

「ねえ優、いつも夜は猫になるのね。なんか・・・つまんないな、」

俺は涼子の膝の上に飛び乗り、テーブルの上のあいうえお表を前足でタッチして

「朝がある」と示した。

「ああ、朝?なんか忙しいわね。」 不満げな声で言うので テーブルの上に置いた涼子の手を 機嫌を取るようにペロペロ舐めた。涼子は猫の俺に顔を近づけて、

「しょうがないなあ、」と言うので 今度は頬っぺたも舐めた。

「フフフ…私って猫に愛撫されているの? 複雑だなあ 仕方がないか・・・」

俺は涼子のこう言う所が好きだ。母性本能が強くておおらかで、こんな素敵な彼女が

いるのになんで俺は死んだんだ、本当に馬鹿だ。

この夜も俺達は 一人と一匹で仲良くくっついて眠りについた。

そして朝、明るくなると俺は人間に戻っていた。隣にいる涼子はまだ寝ていたが

俺はキスをして起こした。涼子は目が覚めているのかいないのか、俺のキスを受け止め首に手を回してきたが、再び眠っているように見えた。

「何だよ涼子・・・しないのか?」

「うーん、眠い・・もう少し寝る…明日は休みだから‥‥ね」

「分かった、もう少し寝ていいよ。俺が朝飯作るから、」

「あり・・・・がと・・・」

俺は今、仕事も楽なので疲れないが、涼子は、証券会社の案内業務で毎日忙しい

ようだ。まあ、俺は今化け物だから もう疲れるということはないのかもしれない。

まだ、猫人間になって二日目なので どんな感じなのか手探り状態なのだが。まあ、

なるようになるさ・・・

この日、俺は出社すると木村課長から呼び出され、昨日の秘書課での事を注意される

事になった。

何故か社内ではなく 会社の近くの喫茶店を指定して来た。

俺が店に行くと課長は奥の目立たない席に座って待っていた。俺が座るとウエイトレスが水を持ってきたので 課長と同じホットコーヒーを注文した。

「課長、何ですか?」と聞くと、課長は

「秘書課で 随分と脅しをかけたそうじゃないか、」と切り出した。

「脅しだなんて・・・あまりに俺が橘の死に関係していると決めつけているので、

腹が立って噂の出どころを突き止めて訴えてやる!と言っただけですよ。」

「噂の出どころ?」

「そうですよ、本当に橘と付き合っていたお腹の子の父親が 自分が怪しまれないように 俺をやり玉に挙げたんじゃないかと思っているんですよ。絶対に突き止めてやる。」

「これ以上、社内で揉め事を起こすのはやめてくれ。」

「はあ?あんた、俺を地下の倉庫に追いやっといて 何が揉め事を起こすなだ。ここまで追い詰められれば 反撃に出たくもなるでしょ、」

ここでコーヒーが運ばれて来て、俺達は黙った。しかし、不穏な空気はウエイトレスにも伝わったようだ。彼女が戻ると課長が再び口を開いた。

「お前、上司をあんた呼ばわりするのか!」

「俺、ひょっとしたらあんたが橘の相手なんじゃないかと思ってる。だから俺のせいにする為に地下の倉庫に追いやった、違うか?」

「何を言っているんだ、頭がおかしいのか? その髪の色はどうしたんだ、我が社の

社員がそんな色にして良いわけがないだろう、」

「ふん、どうせ上にあがるのは備品を持って行く時だけで、後はずっと地下で一人だ

どんな髪の色でも関係ないでしょ? それとも髪の色を理由にして首にしますか?

俺、こんな扱いを受けて いじけてやけになって不良になったんですよ。」

「何を・・・子供じみた事を・・・」

「課長、今に反撃しますよ。」

「馬鹿な! 帰る!」

顔色を変えて課長が立ち上がり、出て行こうとするので、つかさず店の注文書を差し出した。

「あんたが呼び出したんだろ、」課長は俺を睨みながら注文書を受け取りレジに向かった。 

俺は営業から地下に追いやられた時、随分と減給された。 こんな金払えるか!

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