第6話 何があるんだ

  半年くらい前に橘と二人で営業に出た時の事だ。 ちょうど昼時になり俺が、

「昼飯、一緒にどうだ?」と、橘を誘った。

「いいですね。私、行ってみたいお店があるんですけど、そこじゃダメですか?」

「いいよ。」と、軽く言ったものの 付いて行ったら随分洒落たカフェで 中に入ると女子ばっかりで 席につくのを躊躇するほどだった。

「ここのランチ、可愛くて美味しいんですって、一度来てみたかったんですよね。」

店内を見回すと、奥の席にカップルらしき男女が向かい合って食事をしている。

店内に男はその人と俺だけだ。居心地悪いなあと思いながらも席についた。

メニューを開いてカレーを見つけ、「俺、夏野菜のカレーにする。」と言った。

「私は日替わりランチにします。」と橘が言ったので 店員さんを呼んで注文した。

橘のランチが先に届き 彼女は早速スマホで撮影を始めた。

俺のカレーも間もなく届いた。 カボチャやパプリカ、ズッキーニなどが焼かれた

状態でトッピングされており、見た目は非常に美しい。

「カレーも綺麗ですね。写メ、撮ってもいいですか?」と、俺のカレーも撮り始めた。

「女子は こんな写真見たいのか?」と聞くと

「見たいですよ。綺麗で美味しそうな物を見るのって、楽しいじゃないですかぁ、」

「そうかあ?」と言いながらも 涼子の顔を思い出し、写メ撮って涼子に送ってやろうと、自分のカレーと橘のランチを写した。

その時、「橘、こっちむいて」と言って、彼女も写したのだ。

「えっ⁉」と言うような顔をして写っている。なかなか可愛い。 画像を見ながら

「橘、お前も化け物になれたら良かったのにな・・・」と、声をかけた。

しかし、この画像を見られたら 俺の無実の証明どころか 橘との関係の証明とも

見えるじゃないか、やばいなあ。色眼鏡で見ると何でもそう見えてしまうものだ。

橘の画像をよーく見ても 木村課長との関係を示すようなものは分からない。

「はーっ、」と、ため息が出る。

「いや、絶対に他に何かあるはずだ。でなければ課長があんなに俺のことを気にする

わけがないじゃないか。」

俺がデスクの引き出しの中を探そうと思った時、パソコンにメールが届いている事に

気が付いた。 いつの間にか会社の始業時間は過ぎていて、社内は動き出していた。

メールは秘書課からで、コピー用紙の補充の依頼だった。

用紙を抱えて秘書課に行くと、やはり冷たい視線を浴びせられた。そして一人の女性

社員が受け取りに来た。死んだ橘と親しかった桜井恵と言う女性だ。

彼女は俺に向かって「よくぬけぬけと この会社に居られますね、」と言った。

「はっ?」

「なぜ、美由は死んだのよ! あなたが追い込んだんでしょ!」

「彼女が、俺と付き合っているとでも言ったのか?」

「えっ?」

「彼女のお腹の子が俺の子だって、みんな決めつけているけど何故だ? 俺は仕事上

の付き合いだけで何もしていない。そりゃあ、営業先で時間がかかり一緒に昼飯食った事は何回かあるよ。それがいけない事か? あんた、友達なら何か聞いてないのかよ。みんな何の根拠もないのに なぜ彼女の相手が俺だと思うんだよ!何もしていないのに仕事まで奪われた。噂の出どころを突き止めて訴えてやる。」

俺の剣幕と迫力に圧倒された桜井恵は「すみません・・・・」と言った。

俺は部屋の奥まで睨んで「お前らも 覚えとけ!」と、捨て台詞をはいた。ちょっと

すっとしたが、こんな態度をとれるのも死んでいるからだと思う。後の事を考えなくていいのだから

この日の備品の補充依頼はこの一件のみだったが、秘書課で俺が切れたと言う話は

すざましい勢いで社内に広がったらしい。

  夕方、6時になる前から帰る支度をして 6時ドンピシャに会社を出た。早く

涼子の所へ帰りたかったから、涼子と一緒にいる時間だけが今の俺のすべてなのだ。

涼子のアパートに着くと 涼子はまだ帰っていなかった。

「何だよ、まだなのかよ。」とブツブツ言いながら 合鍵を使って部屋の中に入った

部屋に入ると、ほぼ同時にスマホがなった。涼子からのメールだった。

{ごめんなさい 今日残業で遅くなる}

{分かった、ご苦労様}と返信したが、気分はだだ下がり、

あっ、食事はどうするんだろう・・・冷蔵庫を開けると鶏のもも肉が一枚入っていた

「もも肉一枚かぁ、卵はあるし、親子丼かオムライスなら出来るな。作っといてやるか、」 もう一度メールした。

{食事を作っておくよ} {ありがとう} ちょっと気分がアップした。

「よし、親子丼にしよう、先ずはご飯を炊かないと、」独り言を言いながら、米をとぎ炊飯器にセットした。そして、鶏肉を小さめに切り玉ねぎを切っておいた。

ご飯が炊けたら玉ねぎと鶏肉を煮て 後は卵で綴じるだけにしておいた。

8時過ぎても涼子は帰って来なかった。

「あーもう、なんだよう、涼子おー早く帰れよう―、」

一人でふてくされていたが、先に風呂に入る事にした。勝手知ったる涼子の部屋、

俺の着替えもいくらか置いてある。今日、ゴミ箱から持ち帰った服も この近くの

クリーニング店に出しておいた。もう、俺の部屋は引き払おうかと思っている。

こんな状況であまり使わない部屋に家賃を払うのは無駄だし、涼子が認めてくれれば

本格的に同棲しようと思っている。でも俺、化け物だし認めてくれるか心配だ。

 風呂から上がって ドライヤーで洗った髪を乾かしている時だ。洗面台の鏡に写る

俺の顔が何だか変なのだ。 口の辺りもムズムズしてきた。

ピーン 髭が1本、ピーン 髭が2本、ピーン 髭が3本・・・・噓だろう?・・・・

顔全体も毛深くなってきた。 また猫になるのか? 間もなく昨夜俺がビルから飛び降りた時刻だ。だからなのか?

どう表現したら良いのか分からないが とにかく猫になりそうだ。

ああ、手が・・・ドライヤーを持てなくなって下に落としてしまった。

あ――っ縮む!身体が縮んでいく・・・ニヤー、

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