第5話 課長との対決開始

  俺は急いで飛び降りた雑居ビルへと向かった。もちろん今度は人間だから電車に乗って、7時過ぎた頃ビルに着いた。屋上に上がると幸いまだ誰にも気づかれていないようだった。靴も鞄も手紙もそのまま置かれていた。

手紙を鞄の中に入れ、靴は持参したポリ袋に入れた。

「あっ、俺が着ていた服はどうなったんだ? あるとしたら下のゴミ箱の中だよな、

行ってみよう。」

下まで降りて隣のビルとの間の通路に入り、昨夜のゴミ箱の中を覗いた。

俺の着ていたスーツやシャツなどが ゴミと一緒に入っていた。

「全く、どうなったんだよ。本当に俺は猫になったのか?」

正直なところ まだ半信半疑だ。ゴミ箱の中の服を取り出して鞄にぶち込んだ。

鞄のファスナーが閉まらなくなったが仕方がない。

途中、コンビニでおにぎりと飲み物を買って会社に向かった。

会社は警備員が出入口を開けたばかりだった。

10時始業時までは まだ2時間近くある。こんなに早く会社に来たのは初めてだ。

すぐにあの地下の暗い倉庫のような所へ行く気にもなれず、橘が飛び降りた屋上に

上がって見ることにした。

ここは5階建てのビルなので 俺が飛び降りた雑居ビルより少し低いが 1フロアの

天井の高さが雑居ビルより高いので 2階分くらいの差だろうか。

ここに立った時の彼女の気持ちを考えると 本当に辛い。

「橘ー!君を追い込んだのは誰なんだよー、俺もそいつの餌食になってしまった。

そんな卑怯な奴をなぜ好きになったんだ。 なぜ付き合ったんだよ、バカ野郎!

恐らく不倫だろ? そんな奴好きにならなくても 他に独身のいい男がいっぱいいるじゃないか! 教えてくれ、お腹の子の父親は誰なんだ!」

しばらく屋上に立っていたが、こんなところを他の社員が見たら 俺が懺悔しているように見えるのではないだろうか。人は何でも自分が思うように見えるのだ。

本当はそうじゃない事もあると思うのだが・・・また、誤解されないように サッサと自分の居場所に行こう。腹も減ってきたし・・・

「先輩・・ごめんなさい・・」 俺が立ち去ろうとした時、何処からか声が聞こえた

「先輩って・・橘かぁ? お前今、俺のこと見てるのかあ?」

しかし、声はそれっきりだった。 でも、確かに聞えた。橘は俺に謝っていた。

「教えてくれ、お前の相手は誰なんだ?どんな方法でも良いから俺が分かるような

ヒントをくれ。」

きっと、橘は聞いてくれている。そう思いながら地下に降りて行った。

俺が地下に降りて備品室に向かっていると、ドアの前に人が立っているのが見えた。

(こんな所に誰だ?) 相手もこちらを見た。

非常に驚いた様子で体勢を崩してドアにもたれた。明らかに動揺している。

木村課長だった。

「課長、どうしたんですか? こんなに朝早く・・私に何か用ですか?」

「あっ、いや、君の様子を見に来たんだが・・・」

「私の?どういう事ですか? それにいつもなら まだ出社してない時間ですよ。

今日は別の用があって、早く家を出たので、たまたまこんな時間に出社しましたが」

「あっ、そ、そうだな、 時間を間違えたようだ。しかし、君に会えて良かった。

元気そうだな。」

「ええ、元気ですよ。課長、私を見て驚かれていましたが、なぜですか?」

「いや、別に驚いてなどおらんよ。」

「そうですかぁ?何かお化けでも見たようでしたよ。」

「失敬な!もういい、私は戻る!」

激しく動揺している。 課長は急ぎ足で階段の方へ歩いていった。

何なんだ?俺が何気なく言った(お化けでも見たよう)と言う言葉に随分反応したように思うが・・お化け‥確かに今、俺はお化けだ。課長は俺が死んだ事を知っているのか?まさか俺を付けていた?俺が飛び降りた事を知っている?だから、俺を見て

あんなに驚いたのか・・そう考えると 何だか納得できる。

ここにこんなに早く来たのは、恐らく俺の私物に何かヤバイ物がないか確認する為なのではないだろうか。そんな物あるわけがないじゃないか。あったら死んだりするものか、 俺の無実を証明する物がないから、死を選んだんだろう。

あいつが橘の相手なのか・・・そうに違いない。なぜ、俺を付けたり俺の持ち物を

気にしたりするのか、俺が何か知っているのか?何か持っているのか?

鞄の中や、引き出しの中を探してみたが、分からない。

何かあるはずだ、絶対に見つけてやる。 とは言っても考えるだけではわかるはずもなく、取り敢えず腹が減ってきたので おにぎりを食べることにした。

ここは自由だ。誰もいない。仕事のやりがいなど何もないがメールが来るまでは

俺の自由時間だ。 なんだろうなあ、生きている間はこんな風に考える事が出来なかった。俺はこの自由な時間を使って好きなことがやれたんだ。

こんな所に追いやられた、やりがいのある仕事がしたい、そんな事ばかり考えて自分の悲運を嘆き、俺を信じない周囲の人々を恨むばかりだった。

どんどん気持ちが落ち込んで死を選んでしまった。 しかし、死んでみると 何だか急に何も怖い物がなくなり、前向きな思考になってきた。

要するに開き直ったのだ。開き直った人間は強い、死ななきゃこんな気持ちになれなかった自分が情けない。普通は死んだらそれで終わりだ。俺は猫のお陰で化け物になった。そして開き直った。こうなった以上 絶対に真実をあぶりだしてやる。

俺は以前、橘を写した画像がある事を思い出し、スマホを見てみる事にした。

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