第14話 思いがけない飛び入り

  



 翌日房吉は手木衆の一人、杉三すぎぞうと不二の山の氷室に入り、氷を書き出して台の上で布で厳重に包んで挟み箱に入れ、笹の葉や馬蘭の葉を詰めて持ち出した。

丁度そこに中郷源四郎や太刀川、綾錦が来ると源四郎は杉三に挟み箱を担いで付いて来るよう命じた。

 四人は約束の時間に遅れないように出立した。

昌平坂学問所(湯島聖堂)方面に向かう途中で水戸中納言の屋敷に通ずる道に入り、水道橋を渡って、旗本御家人の屋敷地をくねくねと抜けて田安御門の前に出た。

お堀伝いに半蔵門に出て、四谷御門に向かう道を五町ほど先で左に曲がって行くと手前右手の大きなお屋敷が紀伊中将五十五万石の中屋敷であった。

「大きなお屋敷だ。流石中将様よ」

 前回はその一本内側を通ったので見ることはなかった。

赤坂御門を右手に見て左に立派な冠木門かぶらぎもんが見えた。

 門前に人影が見えた。どうやら伊勢谷藤右衛門ら一行のようだ。

女が一人駆け寄って来た。

 藤右衛門が何かを言ってるがお構いなしに寄って来た。

 艶錦(きみ)であった。

「これ艶錦失礼だぞ。ご挨拶しなさい」

 濱田三郎房吉は世話役としての威儀を正す。

「失礼しました。力業小結を務めます艶錦にございます」

 取組の時と違って女らしく色香が漂っていた。

元女郎故自然の立ち振る舞いからも感じ取れるほど色気のある美人力士であった。

「これは驚いた。この様に美しい女人が力士とは信じられんよ。さぁさぁとも角参ろう」

 頭取の中郷源四郎はどうやらその色香に包まれてしまったようだ。

 門前で伊勢谷藤右衛門が艶錦を窘めるが、

「そのくらいで許されよ」

 と庇った。

 中郷源四郎は番士に用向きを伝えると、相撲組頭の松永主膳が出迎えて、客間に通すのだった。

「御家老が偉く関心を持たれまして、是非中郷殿に話を伺いたくご足労おかけしてしまいました。お詫び並びに御礼申し上げます」

「とんでも御座らぬ。今日は変わった土産を持参致しましたので御笑覧下され。杉三は何処に…」

「足軽の方なら玄関に居りますが」

 と松永主膳の付き人がそう言うと、

「あの者は単なる足軽では御座らぬ。手木衆と申しまして特別技能を持った技術者で御座る。こちらに呼んでも宜しいでしょうか」

 中郷の話に半信半疑の小者が杉三を呼びに行ったが、氷が解けないうちに挟み箱を暗所にでも置かせて頂きたいと話したのである。一先ず土蔵の中に置いた。

 あたふたして居るところに、家老の朝日丹波が着座した。                                 

「本来なら手前共がお訪ねすべきところを態々御足労頂き、誠に恐悦至極で御座る。その上御上献上の氷まで御裾分け戴き、有難く御礼申し上げる」

 朝日丹波は上機嫌であった。

「扨て本題だが、最近の相撲人気は大したものだが、それを凌ぐほどの人気の女相撲があると聞いて吃驚したものよ。前田家とは相撲や弓道に於いての交流があり、江戸詰家臣やお女中の為に女相撲を邸内で催し、娯楽としたいと考えたのだが如何であろうか」

「御家老様それはもうご家来衆もお女中方も喜ばれること間違い御座いません」

 中郷源四郎が大まかな説明をし、濱田房吉が細かく説明した。

「此処に居りますは小結艶錦と片屋入りを行います前頭の大山里に御座います」

 房吉の土俵入りと共に好評を博したと言う大山里の朱雀の舞を見たいものだと呟いたのを聞き洩らさなかった。

「御家老様、では片屋入りをご覧頂きましょう。演武は摺り足などもありますので十畳ほどのお部屋をお借りいたしたく存じます。それと納戸でも結構ですので支度する部屋もお貸しください」

 濱田房吉は荷物を持つと大山里を連れてお女中の後に付いて行き、十畳ほどの部屋に案内された。

「一部屋だけで宜しいのですか」

 と女中は怪訝そうに訊ねたが、

「此処だけで結構です」

 と言って襖を閉めた。

 多岐は細かい柄の淡紅藤(うすべにふじ)という、やや赤みをふくんだ薄い紫色の小袖を着ていた。

「綺麗だよ多岐、その色も似合ってる」

「ご免ください」と声をかけて女中が姿を見せぬようにして衣類を載せるお盆を二つ差し入れた。

「お召し物をそのお盆にお入れ下さい」

 と言って襖を静かに閉めて立ち去ったようである。

「お多岐が先に朱雀の舞を披露し、儂が次に

青龍の舞を行う。支度しよう」

 房吉は風呂敷を広げると中から青龍のまわしと、朱雀の化粧まわしを出して畳の上に並べて置いた。

 先ず多岐の裸に越中褌をかける。

「今日は大丈夫だな」

 と謎掛けを言うと、

「まぁ恥ずかしい」

 と顔を赤く染めた。

肌色の生地に舞い上がる朱雀の赤が艶やかに映え、赤紫青の三本の尾長が躍動感を伝えるように描かれていて、大山里の色白の肌に浮き出て見えるのだった。

 今度は房吉の番である。

下履き姿になると前垂れが少し盛り上がって見える。

「お師匠さんどうなされまして」

 と多岐は揶揄うと、

「自然現象だ」とにっこり笑う。

 着け終わると先程のお女中が声をかけたので二人は廊下に出た。

「まぁどうしましょう」

 志芽乃と言うそのお女中は二人の半裸姿にどぎまぎしながら先導した。

廊下には奥女中や警固の武士たちが立ち膝状態で二人を見送っていた。

部屋の外や中にも大勢が押しかけていた。

 男は大喜びで女子おなご衆は恥じらいながらも確りと裸の二人を見ていた。

 演武を行う部屋は一番奥の部屋で、二人を囲むように関係者が並んで挨拶した。

 愈々演武である。

先ず大山里が中央に蹲踞し立ち上がって四股を踏む。化粧まわしの朱雀が大山里の動きに乗じて躍動して見える。上半身の白く透き通った肌が薄桃色に染まってゆくのが分かった。 

 身体が大きいだけに両手を広げた姿はまさに悪鬼邪気を追い払うようであった。

緩急自在の片屋入りも油断なく残心を取る。武士たちは己の武術に通ずるものとして感激し切りであった。

交代で向き合った瞬間に房吉の目が良くやったと語って見えた。

 女力士世話役方濱田川こと濱田三郎房吉はまださぶろうふさよしによる演武(片屋入り)は青龍の舞であった。


 両手をゆっくり拡げて足を高く上げての四股を踏む。

 体が柔らかいのと、その体を一本で支える足腰の強靭さは何時ものことながら見応えあった。

四股を踏むたび、場内からヨイショの声が上がった。これはどうも自然にそうしたかけ声がでるようだった。

 身体を沈ませた位置から摺り足で両手を繰り出しながら迫り上がって行く。

この時の濱田川の形相が普段と違って鳥肌が立つと言われる位恐ろしいのだ。

 中腰の姿勢から仮想の相手をもろ手突きし、ドンとぶつかる形から左手を下手に右手を上手への四つ身の体制を取ると、身体を反らして禁じ手のような抱え投げを演じて見せた。

 この時の形相は普段の可愛らしい童顔からは決して想像できぬ程恐ろしい夜叉の面であった。

 その時の脹脛ふくらはぎや上腕の筋肉の動きが実際の取組の時のように見えて迫力満点であった。

 部屋の中とは言え観客の喜ぶ歓声感嘆は建物中に広がった。

「見事御見事凄いではないか、此れだけでも見応えはある。

其方が指導した相撲を是非家臣たちに見せてやりたい。

宗衍様御上覧ともなれば箔も付こうというもの。大まかなことは頭取から伺って居るので細かいことは松永主膳と打ち合わせて呉れたら良い」

 朝日丹波は僅か数十名の家臣らであっても普段は極めて真面目な堅物らを集めて見せたもので、お女中にしてもあの熱狂の仕方は判断するに当たって十分の反応を示したと言えるのであった。

 開催日開催期間は九月朔日から五日と決まった。土俵は交流相撲で使用している常設が在ったので、家臣らの観覧席を設けるのと、力士関連の控え小屋と井戸などの浄水下水道を設営しなければならなかった。

二月あれば十分であった。

 この日は細やかながら御家老主催の酒宴に与り、双方ともご満悦の日となった。

 大山里の着付けは艶錦がしてくれて助かった。勿論当人とて着られないわけではないが流石綾錦は手慣れたもので粋な着付けをしたものである。

 これは大山里の為にしたのではなく、さりとて世話役の関心を引こうとしたものでもなかった。

どうやら朝方の門前での頭取との出会いにあった。

 この日を境に艶錦は世話役を揶揄いに来なくなった。

逆に中郷源四郎ときみ(艶錦)の間の取持ち役になってしまったのである。

 中郷源四郎は役目柄外出は比較的自由に出来たのだが、女力業の会所や宿舎への出入りは出来ない為、両方自由に出入りできる濱田に託したのであった。



 綾錦たちの冬場所は十月朔日芝神明宮境内で行われる予定であった。

こうなると房吉も八月あたりから忙しくなって来る。

 房吉は師匠の綾錦に相談があるので所在を確認して伺った。

「何だね改まって」

 房吉も女力業の世話役として或いは頭取の護衛として付いていたので、直に相談しても良かったのだが、其処は律儀な房吉のことである。

師匠を差し置いて行うことは道義に反する為出来なかったのである。

まず師匠に相談してからと変えなかった。

 相談とは…。

「実は一緒になりたい女子が居るのですが、何処に所帯を持ったらよいのかを伺いたいのですが」

 房吉の相談内容に綾錦は驚かなかった。

「紗代ではないようだな。すると女力士の一人でお前が好みそうなのは人柄から見ても大山里と言う女子だな。違うかな」

 とズバリ当てた。

「多岐と申します」

「奥手とばかり思って居ったがどうしてどうして早いな。これは済まん。おちょくった訳ではないが、通常妻帯者は国許に妻子を残しての単身赴任なんだ。独身者がお前のように江戸で好きな女が出来たとしたら何れ国許での暮らしとなるのだが…。難しい問題だ」

「因みにお師匠様の場合はどうなりますか」 と不躾な話をする。

「儂の場合は連れて帰って国許で暮らすことになるだろう。それはどうでも良い」

 房吉としては外に所帯が持てたらと考えていたのである。

上屋敷勤めの中には江戸定府として屋敷内に土地を与えられて家族と住んでいる家臣もあった。中級以上の者である。

房吉のような下士には屋敷など与えられるわけがなかった。

であるならば市中に家を借りて住み、そこから屋敷に通うことが出来ないだろうかとの相談であったのだ。

「これは上の者に相談してみんことには判断できぬよ」であった。

 そこで上司である頭取中郷源四郎に相談すると、御家老に話してみるとのことであった。

 家老は濱田三郎房吉と聞いて屋敷内に定府として小さな屋敷を与えてやりたかったが、新参の奉公人でもあり、独断で決めることは躊躇ためらわれた。

軽輩の中には結構制約されながらの通いも居たので、近くに住むという条件で許可が下りたのである。

いざと言う時に直ぐに駆けつけなければならないのが家臣としての務めであったからだ。

 許可は下りたが直ぐに婚礼とは行かなかった。大山里は今や女相撲の人気者として冬場所、春場所だけは消化して欲しいとの会所からの要望であった。

それと濱田房吉の都合もあって、予定としては來春以降まで持ち越すことになった。


 九月六日から八日にかけての浅草蔵前の天王祭も済んで、十日から松江松平家に於ける上覧相撲が開催された。

女相撲の人気はうなぎのぼりに高まって来た所為で力士希望者も増えて新弟子も増えた。

大山里二世も居れば、男のような女も居た。

 取組前の大山里の片屋入りは大いに人気を博した。

取組も見ているものですら力が入る程、熱戦が繰り広げられた。

 十四日の千秋楽に宗衍公の強っての要望で大山里の後に濱田川の青龍の舞を入れた。

その力強い演武が終わろうとしたその時、袴を股立ももだちにして裸足で飛び込み、濱田川にぶち当たった武士が居た。

 その時濱田川は少しも慌てず、その武士の鳩尾みぞおちに手の平の母指球を当てると、仰向けに飛んで伸びてしまった。

とんだ飛び入りであったが、濱田川の強さが証明された瞬間であった。

 男は酒を飲んでいたらしく酔った勢いで飛びかかったようだが、急所に片手が軽く当たっただけで気絶させられてしまったのである。 このことについて松平家は濱田三郎に丁重に謝罪すると、房吉は一笑に付して特に問題にしなかった。

寧ろ怪我を負わせやしなかったかと危惧したものである。


 こうした話は自然に漏れ伝わるものらしく、市中の雀らの話では尾びれが付いて、四、五人の乱入者は青龍の前後左右の脚にある其々の三本の爪で忽ち倒されてしまったと話は変わっていた。

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