第23話 往復書簡①
大陸歴 八三三年 九月
親愛なるヴェロニカ。
新年度を迎え、アカデミアの最後の一年、君とまた同じ時間を過ごせると思うと心が浮き立つよ。
いかにアカデミアが男子部と女子部に分かれていようが、君と近くにいられるのは変わらないからね。
地方の貧乏貴族の出身でしかない僕が君のような大貴族のお嬢様とこんな手紙を交わす仲だとしれたら、君の親御さんは大激怒だろうけれど。それでも僕はいつか君と結ばれることを夢想して止まないんだ。それが僕の未来を何よりも明るく照らしてくれている。嬉しいことだ。
そうだ、今日、寮の部屋替えがあって、新しい友人と暮らすことになったよ。相手の名はオズワルド・エンフィールド。政財界では有名な伯爵家の出身ってところがちょっと妬けるけど、なかなか大人しい性格ながら良い奴だ。今度君にも紹介するよ。
では今日はこれくらいで。愛しているよ、ヴェロニカ。
大陸歴八三四年 四月
大好きなセオドア。
もうすぐ卒業とは寂しいことね。私、アカデミアで学べて楽しいことは数え切れないほどあったけれど、貴方と出会えたのが何より幸せよ。
ことに、セオドア、貴方、卒業後は、貴族の身分を捨てて、庭師の道を目指すって本当? 話には聞いていたけれど貴方の家がそこまで貧していたなんて、ショックを受けているわ。いくら初級魔術の成績が首席だった貴方とはいえ、平民が就く職業を選ぶなんて、お父様が聞いたら何と言うか。
でもいいの。私、貴方のことが好きだし、家を捨ててでも一緒になる覚悟は出来ている。いつまでもついていく気持ちでいるから、それは忘れないで。
そういえば、先日、あなたと同室のオズワルドにはじめて話しかけられたわ。彼、才覚はありそうだけど、かなり奥手ね。私と話すにも顔を真っ赤にしてかわいらしいほどだったわ。あれで卒業後は政治の道を進むなんて、政治家を輩出してきた家柄とはいえ、なかなか大変なことね。
それはそうと、卒業後の庭師の修行、心から応援しているわ。素敵な庭師になって、必ず私を迎えに来るのよ。
これは約束よ。大好きよ、セオドア。
大陸歴八三八年 十月
親愛なるヴェロニカ。
どうしているかい。君からの手紙が今年の夏を最後に途絶えているが、病気でもしているのかい。
とてつもなく心配だ。今すぐ君のいる王都ハリエットに駆けつけたい。
待っていてくれ。来月には四年にわたる修行が終わる。そうしたら君の元へ一目散に駆けつけるから。そうしたら一緒になろう。
僕を待っていてくれる気持ちに変わりがないなら、どうか手紙をおくれ。
愛しているよ、ヴェロニカ。
大陸歴八三八年 十二月
大好きなセオドア。
長らく手紙を出さなくてごめんなさい。すごく苦しいのだけれど、夏に起こったことを包み隠さず話すわ。
私、七月に、王宮で貴方の旧友のオズワルドと卒業以来顔をあわせたの。彼、若手の政治家として活躍中とのことで、アカデミアの頃からは考えられないほど、いろいろ変わっていたわ。それも良い部分だけじゃなく、悪い部分も。だけど、すぐにそれを見抜けなかった私が愚かだった。
翌月、父を通じて彼の家へ招待されたの。父とエンフィールド家が通じていることも知らず、のこのこ行った私が馬鹿だったのよ。彼の書斎に通されてふたりきりになったとき、全てを悟ったけど、その時にはもうなにもかもが遅かった。
信じて欲しい。
私、必死に抵抗したのよ。助けを呼んだのよ。最後には貴方の名を叫んだわ。でもオズワルドは容赦なかった。そのときのことを思い出すだけで吐き気が今もこみ上げてくる。手も震えるわ。
字、読みにくいでしょう。ごめんなさい。
そして全てが終わって、自失呆然のまま迎えた夏の終わり、私は彼との婚約が整ったことを父から知らされたの。
式はもう来月。どうすればいいの。父の監視が酷くて、この手紙すら女中にお金を渡してようやく出せたくらいよ。
ほんとうにどうすればいいの。
私はいまでも貴方のことを愛しているのに、セオドア。
大陸歴八三九年 一月
親愛なるヴェロニカ。
この手紙が君の手に届く頃には、君はもうエンフィールド伯爵夫人なのだろう。
謝らせてくれ。
君を守り通せなかったことを。僕の気持ちはそれに尽きる。ただただそれに尽きる。許して欲しい。
僕の方からも報告がある。意気消沈した僕を見かねて、昔の修業先の親方が、自分の娘を嫁にと寄こしてきた。アニタという気の良い娘だ。僕はこの娘と家庭を持つことを心に決めた。
だが、ヴェロニカ。君のことを忘れたわけではない。僕は現在、オリアナにいるが、今以上に腕を磨いて、エンフィールド家に庭師として仕官してみせる。憎きオズワルドを主人と呼ばねばならないのは辛いことだが、君に仕えると思えば容易いことだ。
これは約束だ。僕は君の傍に必ず駆けつけてみせる。添い遂げることは叶わずとも、君の傍で生きることを唯一の望みに、僕はこれから生きる。生き抜いてみせる。
愛しているよ、ヴェロニカ。また会えるときまで、どうか元気で。
大陸歴八四八年 九月
久しぶりね、元気にしているかしら。セオドア。
夫から貴方が、エンフィールド家の仕官に応募してきたと聞いたわ。履歴書を見せてもらって、貴方は結婚してすぐに子どもに恵まれたと知ったわ。男の子なのね。
私のお腹にはいま、初めての子どもがいるわ。
夫は貴方の応募に驚いた様子だったけれど、それ以上に、貴方の庭師としての腕に興味を抱いているみたいね。それはそうよね、貴方はいまやめきめきと技術を磨いて、私の耳にも風の噂として届くほどの庭師となったんですもの。
園芸に目がない夫は、貴方を逃すことはないでしょう。たとえ私と貴方がまた接近することになっても。
夫はそういう人間です。
かといって、貴方の奥さんと子どもに悪いと思いながらも、貴方と再び会えることを待ち望んでいる私は、どういう人間なのかしら。そのことを考えると、頭がただ混乱するの。
それでも、貴方に恋い焦がれることは止められないのです。
では、再会を心待ちにしているわ。大好きよ、セオドア。
大陸歴八四八年 十一月
ヴェロニカ。元気でいるか。出産はもうすぐだね。身体は大丈夫か?
今朝、オズワルドから仕官を認める手紙が届いたよ。だけど、彼は、私が君と近づくことの引き換えとでも考えているのだろうか、仕官するにあたりある条件を突きつけてきた。
実は私の妻も先日出産し、レイラという女の子を産んだばかりなのだが、この子のためにと私が開発に励んでいた薔薇の命名権を初めとする全ての権利を、自分に譲渡するように求めてきたのだ。
オズワルトはその薔薇の名前に、これから産まれる君との子どもの名前を付けたいと望んでいる。
私は悩んだが、この条件をのむことにした。
身重の身で開発を手伝ってくれた妻は酷く落胆したが、私は君の傍に仕えることを諦めきれなかった。
私も悪い人間だ。オズワルドのことをとやかく言える立場ではないな。
このたび彼へ譲渡することになった薔薇は、それはそれは美しい黄金色の花を咲かす特別な薔薇だ。
私の長年の研究によって産み出されたこの薔薇にはある特性があるが、それはオズワルドには秘めたまま渡すことにする。それはこの薔薇に我が子の名前を付けられなかった無念に対する、ちょっとした呪いだ。
といっても心配しないでほしい。私の言うとおりに栽培していれば、その特性はまず出現することはないだろうから。
それではもうすぐ、私は妻とレイラ、あとクラウスという九才の男の子を連れて君の元へ赴く。
クラウスは魔晶石の色が人よりだいぶ色濃く、この先どう育つかは分からぬが、私の仕事を手伝う手つきはなかなかのもので、良い後継者となることを勝手ながら期待している。
では、再会の日を心待ちにしている。愛している、ヴェロニカ。
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