第24話 往復書簡②

 大陸歴八五三年 十二月

 セオドア。元気にしている?

 庭で会えることだけを楽しみに過ごして、もう五年ね。

 貴方が開発した薔薇に名前を付けた、娘のアシュリンももう五歳。早いものだわ。

 

 そういえば、最近、クラウスを見ないわね。彼は庭師の修行に出したの?

 あの子、ときどき私を見るときすごい怖い顔をすることがあったから、気になっていたのよ。あの子は貴方と私の関係に気付いているんじゃないかって。

 

 それはともかく、王宮から帰ってくる夫の顔色を窺うに、国内の情勢があまりよくないことを感じるの。この国の東西の貴族の対立は深まるばかりだって噂に聞くし、なにかと心配だわ。

 

 でも私は大丈夫。貴方が傍にいてくれると想うたびに、何があっても大丈夫って思えるの。

 大好きよ、セオドア。

 


 

 大陸歴八五八年六月

 愛するヴェロニカ。君の夫は日々心労が絶えないだろう。ついに東西の貴族は袂を分かち、内乱が発生したとのことじゃないか。だからといって別に、オズワルドを労る気持ちにはならないのだが。

 

 この王都ハリエットまで戦乱は及ぶかどうかは分からないが、用心にこしたことはないな。

 私が今一番気がかりなのは、十九才になった息子、クラウスのことだ。彼は修業先から戦場に駆り出されたらしい。あの子は魔晶石を見るに、なかなかの魔力の持ち主だったから、そこを見込まれて徴集されたんだろう。特殊な部隊に配属されるらしい。難儀なことだ。無事に還ってくれば良いが。

 

 アシュリンお嬢様はもうアカデミアの初等部か。すくすくと育って、かわいらしいものだ。最近とみに君に似てきたのが嬉しい。

 

 ともあれ、身辺に気を配ってくれ。君はオズワルドの妻ということだけで、東方の貴族から狙われる立場だろうから。

 それではまた、庭で会えることを待ち望んでいるよ。ヴェロニカ。

 


 大陸歴八六二年十二月

 セオドア。

 私は一夜空けたいま、全ての真相を知ってただただ呆然としています。せっかく念願の終戦が訪れたのに、こんな残酷なことが起こるなんて。

 

 敗れた東方の貴族の残党どもが、我が家を狙っているとの噂は耳にしていました。夫は西方貴族連合の指導的立場でしたし、それ相応の恨みを買っているであろうことも覚悟していました。でも彼らがまさか、娘アシュリンに狙いを付けているとは夢にも思わなかったのです。

 

 そしてまさか、それを知った夫が、彼らを引きつけて一気に殲滅させるため、あんな恐ろしいことをしでかしたとは。

 

 襲撃のあった昨夜、夫はアシュリンに言い含めて、貴方の子どもである遊び相手のレイラと寝床を「交換」するように仕向けました。アシュリンは何も疑わずに庭の離れで休み、そしてレイラはわけもわからないまま娘の私室に連れてこられて寝かされました。

 

 そのあとは夫の狙い通りです。屋敷に侵入した賊はレイラを襲撃し、無残に殺しました。そして夫は機を逃さず賊に反撃し、彼らを殲滅したのです。

 

 賊は最後の悪あがきで庭に火を放ちましたけれど、離れにいたアシュリンは、兵役を終え帰省していた貴方の息子、クラウスによって救い出され、事なきを得ました。

 

 私は事の真相を知ってから夫を責めました。

 いくらアシュリンは無事だったとはいえ、身代わりをあつらえるなど、なんてむごいことをしたのかと。

 

 すると夫は、私をまっすぐに見据えて笑いました。

 

 夫は何も言いませんでした。でも分かりました、あの目は私を介して、セオドア、あなたを見ていたのです。私たちを見ていたのです。あの目は「私たち」への復讐を告げる色に燃えていました。

 セオドア、私は、私たちは、どうすればいいのでしょう。いったい、どうすれば――。


 

 大陸歴八六二年十二月

 ヴェロニカ。

 あの夜が明けてから、妻のアニタは半狂乱だ。日々、死んだレイラの名を叫んでいる。

 息子のクラウスといえば、愛する妹を探して、炎に包まれた庭を駆け回った挙句、妹と信じて助けたのがアシュリンお嬢様であると知り愕然としている。そして荒れ狂ってエンフィールド家への憎しみを口走るばかりだ。私を睨み付けながら。

 

 そう、クラウスは全てを見てきたんだ。オズワルドに妹の名を付ける予定だった薔薇を奪われたことから、私たちの関係に至るまで。それを示すように、私を睨んだ目はエンフィールド家への憎悪に燃えていた。

 だが、それだけでないと私には分かった。クラウスの目もまた「私たち」を糾弾しているのだ。

 

 ヴェロニカ。なんでこんなことになってしまったのだろう。私たちは、ただならぬ運命から、自分たちの愛を貫いただけだ。だがそれが、こんなことを引き起こしてしまった。私にもどうすればいいかわからない。

 ただはっきりしているのは、もうこうやって君に手紙を出すことすら、私にはありあまる罪であるということだ。

 愛するヴェロニカ、これが私からの君への最後の手紙だ。

 

 だが、私は今も君に恋い焦がれている。この命が尽きるときにはただ君と一緒でありたい。それがどんなにレイラに、アニタに、クラウスに酷いことであっても、だ。

 

 ――愛するヴェロニカ、君もそうだろう? そうだと言ってくれ。

 

 例え、その声が、もう私に届くことがなくても、良いから。

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