第21話 クラウス・ダウリングを捕えよ


「私は、今回の爆発に比べれば極めて小規模なのですが、同じような場面に遭遇したことがあります。それは、あの蜂起の夜、エンフィールド邸を戦闘魔術を用いて焼き討ちを行った際のことです。あのとき、私は……エンフィールド伯爵を殺害した直後のことですが……延焼した庭園から今回の件にも似た、虹色のひかりの色を帯びた爆発を目撃しました。その爆発は、魔獣こそ出現させなかったものの、すさまじいもので、襲撃に加わった我らの仲間内でも負傷者が出ました。そして今思い返せば、その爆心地はまさに、“アシュリン”の植えられた薔薇園ほかなりませんでした。ですから、私は、この事実から、“アシュリン”にはなんらかの魔力に感応すると、爆発を起こし、最悪の場合には、周囲を壊滅的なまでに破壊する魔獣と化す性質があると考えます。おそらく今回のマイシュベルガー邸でも、なにかの拍子で“アシュリン”と魔力の感応が起こったのでしょう」


 今や室内は水を打ったように静まりかえり、軍人たちは、ライナルトが訥々と述べる仮説に聞き入っている。その沈黙を押し壊すように、なおもライナルトの言は続く。


「これはあくまで仮説です。なぜなら、我が国にあった“アシュリン”は、エンフィールド家の火災によりすでに失われていますから、我々にはその性質を確かめる術がありません。なので、この説の真偽を確かめるには、“アシュリン”の開発者の庭師、セオドア・ダウリングを質さなければなりませんが、彼はエンフィールド邸の延焼に巻き込まれ死亡しました。我々は今回の事件後、彼の家を捜索しましたが、“アシュリン”の開発に関した書類はメモ一枚も出てきませんでした。ですから、彼がなぜ、そんな特異な性質を持った薔薇を開発したかの真実は、藪のなかです」

「そうか……真相は掴めぬか」

「はい、ですが、その真相を知っているかもしれない人物が、ひとりだけおります」

「ほう、誰だねそれは」


 ライナルトの仮説に興味を引かれた様子の将軍のひとりが、眼光鋭く彼に問い直す。するとライナルトは、緊張に乾ききった唇を、いくらかの重々しさをもって動かした。


「“アシュリン”の栽培方法を口伝されたとされる、セオドア・ダウリングの息子、庭師のクラウス・ダウリングです。彼はエンフィールド家の延焼以降、行方不明になっておりますが、オリアナにて“アシュリン”が開花し、さらに彼の主人であるアシュリン・エンフィールドもその場にいたとなると、彼もまた、庭師、または従者としてその場にいた可能性が大です」

「クラウス・ダウリングかね! 庭師としてではないが、先の内乱時、その名は聞いたことがあるぞ! たしかクラウス・ダウリングといえば、内乱の際、平民ながらその強力な魔力を買われて、東方貴族連合が組織した魔獣部隊を迎え撃つ、討伐隊長を担っていた者ではないかね?」

「ああ、あの『黒髪の魔獣殺し』と敵に恐れられていた男か!」


 ライナルトの言葉を遮って、またひとり将軍が興奮気味に唾を飛ばす。だがライナルトにはその言葉も想定内であったようで、彼はゆっくり頷きながら、将軍に向き直った。


「そうです。この巡り合わせが偶然のものかどうかは、私には分かりませんが。とにかく、彼が本当に“アシュリン”の謎を知っているかどうかは、彼に直接聞かねば分かりません。ですから私はここにまず、クラウス・ダウリングの捕縛を提言したいと思います」


 ライナルトはそこまで一気に自分の意見を述べ、そして、沈黙する。だが、室内はまたすぐに活発な軍人たちの声で満たされた。


「クルーゲ少尉の言に賛成する! まずは、とにもかくにも、クラウス・ダウリングを捕縛せねば始まらん。すぐ捜索隊をオリアナに差し向けよう」

「そうだな。もしかしたら彼は、“アシュリン”の栽培方法だけでなく、開発方法をも知っているかもしれん。その情報は、大いに我が国の軍力補強に役立つぞ。なんせ、恐ろしいほどの威力を持った魔獣に化ける薔薇だ。これを兵器として使わぬ手はないな」

「兵器としての薔薇か。だとすると、他国に彼が情報を漏らす前に、なんとしても捕えねばならないな。これは緊急の課題だ」

「そう考えると、庭師という存在は危険だな。同じような品種を開発する者が今後も出ないとは限らない。いっそ、庭師と名のつく者は一網打尽にしてよいのではないか。奴らは特権階級に寄生していた忌むべき者どもだ」


 室内には活発な論議が渦巻きつつあった。ライナルトはその熱気のなか、ひとり密かに物思いに沈む。


 ――これでよかったのか。クラウス・ダウリングを捕えるとなれば、主人であるアシュリン、君にも必ずや害が及ぶだろう。君が生きていればの話だが。だけど、僕は、クーデター直後、ストファリ川沿岸の村民が君の結婚指輪を所有していたとの報告が上がったとき、心から安堵したんだ。君はどこかで生き延びてくれていると。


 ライナルトはいまも左手に嵌めたままの結婚指輪に目を落とし、さらに心のなかで独り言つ。

 

 ――僕は君の無事が嬉しかったんだ。その気持ちは偽りではない。今も変わらず。だから、この先もずっとそうあってほしい。だけど僕は、そう願うことを許される立場なのだろうか。そして僕はきっと、君の安寧をまた、今から壊す。これでよかったのか。


 ライナルトの自問自答は止むことがなかった。

 

 窓の外から小鳥が囀る声が聞こえる。季節はもうすぐ四月。国が崇める豊穣の女神フランティーラが降臨する、民が一番心華やぐ季節はすぐそこだった。ライナルトはそのことに思いを巡らしたとき、女神フランティーラの象徴が薔薇の花であることに改めて気づき、心をさらに重く沈ませた。

 

 なんて、この世は皮肉に出来ているのだろうか、と。

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