第38話【悲報】ボッキマン、不安になる その②
自分自身の『欲望』だ。
『願い』でも『望み』でもなく『欲望』なのだ。
『そうなっていたい』でもない。
『そうであればいいな』でもなければ『そう思われたい』でもない。
まず俺が『したい』のだ。
(何を?)
わからない。
頭で考えてひねり出すようなものではないものなのかもしれない。
しかし、いまこうして考えている間にも俺の思考はどんどん力を失い、やがて消えていく。まるで俺という存在そのものが、まるで砂時計のようにサラサラと零れ落ちているようだった。
俺の体の中で何かが少しずつ失われているのを感じる。
俺はこの感覚を知っている。
これはハカセコが言っていた『無敵の力』の代償だ。
無敵であるせいか俺は欲望を持たない、だから、その先には何もない。
俺はベッドに寝転がって天井を見つめながら考えた。
人にも物事にも興味がないから、失うことも奪われることも恐れない、関心がなく、執着心も薄い。何かをしたいという意欲も大して湧き上がらず、何かを手に入れたいという欲求もなければ、何をしても満たされることがない。
それはまるで砂漠を彷徨う旅人のような生き方だ。
俺はこんな状態でこれから先ずっと生き続けるのだろうか……?
いや、そもそもそんな人生に意味があるのか……?
「(まあ……どうでもいいか……)」
そんなことを悩んでも仕方ない……そんな風に状況に甘んじ、自分自身を静かに、そしてじわじわと腐らせていった本当の原因は、この『無敵の力』にあったのだ。
それなら俺が本当の欲望を知るにためには、俺の中にある『無敵の力』を乗り越なければならないのではないのか。
俺が本当の意味で『無敵の力』を超えることができたとき、初めて俺の『欲望』は生まれるのかもしれない。
まずはこの力に勝たなければならないのだ。
俺、没木一歩(ぼつきいっぽ)は無敵の男、ボッキマンを乗り越えなければならなかったのだ。
「ふふふっ……」
俺は自分がようやく出発点に立ったような気がして思わず笑ってしまった。
「えっと……どうしたんですか?」
ブラウニーがいよいよ頭がおかしくなったのかとばかりに聞いてくる。
「何でもないよ、それより……」
俺はブラウニーの頭を撫でてやる。ブラウニーはよほど気味が悪かったのか慌てて円盤の中へと引っ込んでしまった。
「はははっ……」
俺は久しぶりに声を出して笑っていた。
それは自分の中にある何かが変わった証なのかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺は能力を得る前の、つまりボッキマンになる前の自分、
中学生の頃の自分を思い返していた。
当時の俺はクラスの中でもお調子者で友人も多かった。
クラスを超えて話せる連中もいたし、小学校からの付き合いだが他の学校にも友人がいた。勉強は嫌いだったが運動神経はそこそこでサッカーだってそれなりに真剣に取り組んでいたように思う。
その頃の俺は、毎日が楽しかった。
朝起きて朝食を食べて家を出る。
通学路の途中にあるコンビニで昼食を買う。
授業を受けて、放課後は部活動に励む、帰宅して夕食を食べる。
風呂に入って宿題をして、ゲームをして、就寝する。
そんな当たり前の日常が楽しくて仕方がなかった。
あの頃の友人や部活の仲間とは全員、連絡先もわからなくなっているので証言を得ることはできないが、今の俺とあの頃の俺は全然違っているはずだ。
しかし、自分の中にある『無敵の力』に気がついた俺は、自分から周囲を少しずつ遠ざけていった。そして、俺は自分の『無敵の力』に満足し、いつしか誰とも関わらなくなり、閉じこもるようになった。
俺自身には何の問題もないと思っていたが、周りの人間から見れば当時の俺の行動は奇妙に映ったに違いない。
お調子者だった奴が別人のように暗くなり、周りに壁を作るようになっていったんだから。
だが、それももう終わりだ。
俺はこれから本来の俺、没木一歩(ぼつきいっぽ)を取り戻すのだ。
俺はスマホを手に取り、カウンセリングについて調べていた。
「へぇ……」
カウンセラーは医者と同じ国家資格が必要らしい。
この資格を持っている人は、臨床心理士というそうだ。
他にも色々とあるが、まずはその人の話をじっくり聞き、その人が抱える問題を解決していくというのが基本となるようだ。
ボッキマンの力は強大だ、まずはこう言ったプロに力を借りることは悪くない選択だろう。
そんなことを考えながらセミナーや催眠術の体験談を読んでいると俺はとあるサイトに目が留まった。
「うーん、ここにしようかな、家から近いし……なあどう思う?」
俺はブラウニーを呼び出して意見を聞いてみる。
「家から近いしいいんじゃないですか」
ブラウニーの素っ気無い返事。
「知ってるか?カウンセリングを受けると心に余裕ができて、
自然と周囲に感謝できるようになるんだってよ」
「じゃあ今すぐ受けた方がいいですね。
ああ、本当によかった。これで少しは人間らしくなれますね」
「……まあいいか、とりあえず予約入れておくぞ」
正直、何を基準にカウンセリングを選べばいいか迷っていた俺は最寄り駅の近くにあるというだけで、ある人物のカウンセリングに予約を入れることにした。
『サイキックカウンセラー・潮木アブリ(しおきあぶり)』それがその人物の名前らしかった。
翌日、約束の時間通りにその場所を訪れると、そこはサイトの派手な文句とは裏腹に、古い雑居ビルの一室だった。
どうやらあまり繁盛している様子はない。
「(ま、まあ、こういう所の方が信用できるかも知れないしな……)」
俺はそう自分に言い聞かせてドアを開ける。
サイキックカウンセラーという謎の肩書きの潮木(しおき)という人物は50代半ばくらいの男で、その肩書の意味不明さとは裏腹になんとも平凡な外見だった。
彼は終始にこやかに微笑んでいたがどこか陰気な雰囲気があった。
「初めまして、没木さん。
潮木アブリです。今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ……」
俺は椅子に腰掛けて向かい合う。
潮木さんは俺に自己紹介をすると、俺に質問を始めた。
「没木さん、あなたは今、幸せですか?」
「いえ、その、自信を持って、そうは言えない感じです……」
俺は首を横に振る。
「そうでしょう。あなたの表情、雰囲気、言葉遣いからは迷いが感じられます」
迷ってなきゃ来るわけねえだろがと思ったが口には出さなかった。
「はい……」
「それはなぜでしょうか?いいんですよ、何もかも話してみてください。
大丈夫です、私は秘密を守ります」
「えっと、色々とあって、今はその、自分が信じられないというか、
何に対しても興味を持てないといいますか……」
俺は自分の能力に関しては隠し、潮木さんにこれまでのことをかいつまんで話した。
「……そういう訳でして、今はその、
本当の自分ではないというか……うまく言えませんけど……」
潮木さんはそれを聞くと目を瞑り、しばらく考え込んでいたが、
やがて目を開くとこう言った。
「本当の自分、ですか……。
では、それがわかったとしてどうします?
それがわかった後でまた今の自分か、元の自分、
どちらに戻りたいと思いますか?
それともまた別の自分になりたいと思うのでしょうか?」
潮木さんの質問は俺が一度も考えたこともないようなものだった。
「……わかりません。
ただ、今の自分のままでいたくはないのかもしれません」
「今の自分ではいたくない、つまり今の自分は嫌だということですね?」
「……そうだと思います……」
「なるほど……」
潮来さんはしばらく考え込んだ様子だったが、やがて顔を上げて言った。
「わかりました。私でよろしければお手伝いさせていただきましょう。
それでは一つ私からお願いがあるのですが……」
「はい」
「没木さんは退行催眠という言葉をご存知でしょうか?」
俺は潮来さんから聞いた言葉を頭の中で反すうする。
被験者を催眠状態に置き、その時の記憶を呼びさますことで、その人の過去の経験を疑似的に再現することができる技術だという。
ただ非常に欠陥や問題も多いらしく、この退行催眠で起きたことに関しては責任を持たないという誓約書を書かせられることになるとのことだった。
「……と、言っても私が扱う退行催眠は特許取得済みの、非常に安全かつ
効果的なものです。なので安心して頂いて大丈夫ですよ」
「な、なるほど……」
「退行催眠の後に、暗示療法として、
無意識下に働きかけることで理想を意識化させ、
心の問題を解決していきます。
以上が大まかな流れになりますが、よろしいですか?」
「は、はい、お願いします」
「それでは始めさせて頂きます。
没木さん、これからあなたは深い眠りに落ちます。
深く、どこまでも落ちていく感覚を覚えてください。
さあ、だんだんと瞼が重くなってきます。
何も考えられなくなります……。
そう、その調子です……おやすみなさい………………」
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