第37話【悲報】ボッキマン、不安になる その①

俺の名はボッキマン。

趣味はランニング。そして今日、そこに新たな項目が加わった。


「ぜぇ……はあ……はあ……」

俺は汗だくになりながら走り続けていた。


「(まだ……まだまだ!)」

俺は足を止めず、走り続ける。

「はあ!はあ!はあ!」


俺は基礎体力を伸ばすべく、シャトルランというトレーニングに挑戦していた。

無敵の力を持っている俺が今さらそんなことをして何になるのかなんてわからないが、何かせずにはいられなかったのだ。


「はあ……はあ……」

俺は膝に手を置いて呼吸を整える。

「ふぅ……」

しばらくして俺は立ち上がり、再び走り出す。


「はあ……はあ……はあ……」

無敵の力という鎧を脱いだ俺は思った以上に貧弱で情けないものだった。

それでも俺は必死に足を動かすしかなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「た、ただいま……」

疲れ切って汗だくになった俺にお掃除ロボットのブラウニーが無言で消臭剤をぶっ掛ける。

「ぐぁああああ!」

「……はい?」

「はいじゃねーよ!やめろ!」

「すみません、ゴミが動き出して部屋に入って来たのかと思いました」

「ふざけんじゃねーよ!」

俺はシャワーを浴びてさっぱりしてから部屋に戻る。


「……」

ブラウニーは掃除の必要がない時は相変わらず部屋の隅っこでじっとしている。

重い体を椅子の背もたれに預けながら俺はブラウニーに呼び掛けた。


「おい、ブラウニー。お詫びにお茶くらい出してくれよ」

「え?おれ、違った、わたくしはお掃除ロボットなんですけど?」

「それくらいいいじゃんか……。

 お前は超高性能なんだからそれくらい余裕で出来るだろ」

「まったく人使いが荒いんだから……

 俺のアイディンティティにかかわることだっつーのに……」


ぶつくさ文句を言いながらもブラウニーはお茶を出してくれた。

ちびちびとお茶を飲みながら俺はスマホを取り出してニュースを眺めてみる。


『R地区の謎の影、カッパ騒動を追う!取材班が現地で見た物とは……?』

「……」

俺は何となく記事を読み進めていた。俺の近所にも謎の人食いバッタがいたが、このカッパとやらも同様の人食いの怪物か何かなのだろうか。


だが俺の予想とは裏腹に、R地区のカッパの正体とやらは川に棲むネズミの一種を誤認したもののようだ。


時間の無駄だったな……俺はなんとも言えない気持ちになりながら次の記事を見る。


『人気モデル、門戸(もんど)りあんさんの熱愛報道に直撃!?

 渦中の相手が語るその真相とは?』

「げほっ!」

思わずむせてしまう。ニュースの中では50~60歳くらいの化粧の濃い中年女の写真が大写しになっていた。まさか、この女が『人気モデル』なのか?


確かに若い頃は美人だったのかもしれないが、スイカのように膨れ上がった胸を強調するように胸元が大きく開いたドレスを着て脚を組んでいるその姿はとてもじゃないが強烈すぎる。


こんなおばはんと熱愛してる奴がいるのなら会ってみたいものだ。


「(だけどこのおばはんも俺なんかよりずっと心は強いんだろうな……)」

そう思いながら俺はぼんやりと記事をよんでいたが、どうやらこの中年女は人気モデルの親らしい。

「ふぅ、びびらせんなよ……」


「あいつさっきからうるせえなあ、スマホくらい静かに見れねえのかよ……

 あっ、すみません、誤作動なので気にしないでください」

「……」

俺は何も言わずにブラウニーを睨み付けた。


「うひー……」

ブラウニーは落ち込んだように円盤へと戻る。

俺はため息をつきながらスマホのニュースを読み進める。


『C地区の住宅に刃物のようなものを持った男が押し入り、

 住人を脅して現金などを奪って逃走する強盗事件がありました。男は現在も逃走……』


「うわあ、今度は強盗だってよ。物騒だなあ」


ブラウニーに聞こえるよう、わざとらしく大きな声で独り言を言うと円盤がカタカタと震えだす。どうやら笑っているようだ。


だが次のニュースに俺は眉をひそめ、言葉を失う。

『被害者の体に今も残る大きな火傷跡、女性たちを襲った悲劇とその謎に迫る!』

俺は何気なく記事を読み進める。事のあらましはこうだ。


被害者である20代後半の女性は帰宅途中には突然、全身に強烈な痛みを感じて意識を失ったという。その後、病院へ運ばれた彼女は命にこそ別状はなかったが、体に大きな火傷の跡が残り、さらに両手の指は半分近くが無くなっていた。


警察は何らかの事故によって現場周辺で発生したガス爆発が原因ではないかと考えているそうだ。


だが事件の異様さはここからだ。

その『火傷の跡』はまるで人の手のような形をしており、彼女を抱きすくめるように全身に絡みついていたというのだ。


「うーん……」


俺はこれは能力者の仕業だと思った。女を殴って気絶させて、焼けた手袋かなんかを使えば再現できるかもしれないが、わざわざそんな面倒なことをする意味はない。

ならやはり火を操る力を使う何者かの犯行だろう。


「(まあ……俺には関係ない話だよな……)」

そう、関係はない、関係はないが……頭の隅には入れておこう。


神代が言っていたようにこの街には能力を使ってろくでもない悪さをする連中がいることは確かだ。そして神代が言うようにそいつらは能力者の手でしか止められないのだろう。


「……」


だがなぜか俺は無性に腹が立っていた。


それは人が傷つくのが許せないとかそういう正義感的なものではない。


自分でもうまく言えないが、無敵の力を持っている俺がこの狭い部屋で一人、くだらない悩みを抱え、自問する日々を送っているのに比べて、どこかに好き放題やっている奴がいて、それが自分と同じ能力者だということが我慢ならなかったのだと思う。


俺は不快な気分を紛らわせようと腕立て伏せをはじめる。ブラウニーはそんな俺の行動が理解できないのか、ただ黙ってじっとしていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

汗まみれになって床に転がるとブラウニーがタオルを差し出してくる。

「汚ねえなあ……あ、床のことです」

「ああ、悪ぃな……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


俺はハカセコの復讐計画の話を聞いたときから漠然とした不安を感じていたのかもしれない。何か悪いことが起ころうとしているような……。


いや、それ以前に俺はどこか病んでいるのかもしれない。


ハカセコは自分の中にある本当の欲望に気づけと言っていたが、

結局俺は自分の心の奥底にあるそれが何なのか、まだ分かっていなかった。


もしかしたら俺はそれが一生わからないままなのかもしれない。そうなれば俺は無敵の力を抱えたまま意味もなく死んでいくのだろう。


「(俺の望み……)」


俺の願いは、何なのだろうか?

俺は目を閉じて考え込み、心にの中に浮かび上がる疑問をいくつか列挙してみる。


俺は本当にこのままでいいのか?

俺は一体何をしたいのか?

俺はなぜここにいるのか?

俺はいったい何が欲しいのか?


俺は自分が欲するものについて考えてみたが、特に何も思いつかなかった。


「(俺は別に……今のままでも構わないけどな……)」

そう思った瞬間、心の中に冷たい風が吹いた気がして背筋がぞくっと震えた。


俺は誰に会いたいんだ?

俺はどこに行きたいんだ?

俺はどうして生きていたいんだ?

俺はもし今、死にたくないとすればどんな理由がある?


「……」

だがいくら考えてみてもその答えは出てこない。

それどころか頭の中には様々な感情や思考が入り乱れてぐちゃぐちゃになる。


俺の存在価値とは?俺の生きる意味とは?俺の死ぬ意味とは?

そして、俺が持っている無敵の力の意義は?


俺のこの力に意味があるのならば、

そしてこの世界に存在することが許されるのであれば、その理由は?


俺にこの力を与えた者がいるのならその正体は誰で、一体何のために……?


「違う……」


どれもまったくしっくりこなかった。

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