第39話【悲報】ボッキマン、不安になる その③

俺は気がつくと暗闇の中に立っていた。

周りを見渡すが何もない。

そして自分が立っているのか浮いているのかすらもわからない。


これは夢なのか?

そう思っているとふわっと体が持ち上げられるような不思議な浮遊感を覚えた。


そして、次の瞬間、目の前に光が見えた。光の方へ引き寄せられていくと段々、周囲が見えてくる。どうやら俺がいるのはスポーツクラブの屋上のようだ。

フェンス越しに下を見下ろすとコートがあり、そこでサッカーの試合が行われていた。


そこには俺がいた。

いや、正確には俺が中学生の頃の姿があった。


俺はなぜかそれを上から見下ろしている。しかしどう考えてもこの視点はおかしい。

なぜなら俺はスポーツクラブの屋上になんて入った覚えはないからだ。


それでも俺が今立っている屋上はあの日存在していた本物のようにしか見えなかった。

「まじかよ、退行催眠ってすげえんだな……」

俺は思わず呟いていた。


中学生の俺は、今の俺からは全く予想できないような行動をとっていた。

試合に夢中になって応援しているチームメイトにタオルを投げたり、ゴールを決めた相手の肩を叩いたりしているのだ。


今、それなりに目の肥えた自分から見ると、当時の俺の技術が稚拙なことは一目瞭然だった。それでも俺は転がるボールを必死に追いかけたり、パスを受け損ねて空振りしたり、シュートを外したりする度にいちいち悔しがっていた。


そんな自分の姿を見ていると恥ずかしさと羨ましさがない交ぜになったなんとも言えない気分になる。俺は目を背けようとしたが何故か逸らすことができなかった。


しばらくすると試合が終わった。結果は惨敗だった。


「そりゃ負けるよな……」


当時の俺のチームは弱小もいいところの上、俺は未熟だし、まあ、当然の結果だろう。だが、俺はそんな試合にすら全力で挑んでいたのだ。


昔の俺の姿を見て思う。もし、このまま成長できていたら、今頃はどんな風に人生を歩んでいたのだろうかと。


そう思った瞬間、場面が切り替わった。

今度はどこかの山か林のような場所だ。中学生の俺が自分の頭と同じくらいの大きさの石を抱えて、獣道を歩いている。


「ああ……ここは……」

俺はこの光景に見覚えがある。

ここは当時住んでいたマンションの裏手にあった雑木林だ。


俺は中学生の頃、この雑木林までやって来てはよく自分の能力を試していた。

中学生の俺は指の力だけで石を数十m跳ね上げる、そして落ちてきたところに蹴りを入れると石は粉々に砕けた。


その後も俺は鉄パイプを引き千切ったり、片手で冷蔵庫を持ち上げたり、車を持ち上げたりと次々にありえない怪力を発揮していた。

しかし俺は無言のままでその表情も死んだように虚ろなものだった。


今見るともう少し、感動したり驚いてもいいんじゃないかとは思うが、多分その頃の俺は自分の中にある能力のことを恐れていたのかもしれない。


自分のことがわからない。

だから、何かをして自分を確かめようとしていたのだろうか。

「……」

結局はこの時から数十年たっても自分が何かわからないまま大人になってしまったということなのかもしれない。


そして、また場面が変わる。

俺は自分の能力にまつわる経験を回想しているようだ。


体育の授業でバスケットボールをしていた時、ゴールポストにボールをぶち当てて破壊してしまったこととか。

カツ上げして来たチンピラを担ぎ上げたまま駅前の交番まで連れて行ったこととか。


……ああ、あったなこんなこと。


しかしよく考えると、俺は昔、こんなことがあったということを思い出すことはできても、それがどういう状況で起こったのかは覚えていなかった。

だが今見ている映像はそんな曖昧な記憶ではなく、はっきりとした光景として見えている。

俺はそんなことを考えながら中学の時の自分がどういう人間だったかを確認させられていった。


そして、また場面が変わる。

それは列車の横転事故に巻き込まれた時のことだった。


その時、中学生の俺は衝撃でぐちゃぐちゃにひしゃげた車体から抜け出すと、家でゲームをするために助けを求めてる周囲の人々を見捨ててさっさと帰ってしまった。

「……」

俺は自分のやったことに愕然とした。


関係ない、そりゃ関係ないけどよ、何も無視しなくたっていいだろう。

俺は自分のことを棚に上げて心の中で呟いていた。


俺は中学生の時点で他人に対する興味を完全に失っていった。

でも、俺はそれでいいと思っていた。


それが俺の本性だと思っていた、今までは。

でもそれは間違いなのだ。俺は無敵の力の影響で結果こうなったのだ。


もし能力を持っていなければ、俺の人生は全く違ったものになっていかもしれない。

今のように怠惰に生きるのではなく、もっと積極的に人と関わり、充実した人生を送っていたのかもしれない。


また場面が変わる。

時は飛び、これは……あの時の、フェイルセーフ達を相手に大暴れした時だ。


……何故この場面なのだろう?


俺は心の中でこの時の記憶を思い返してみたが特にこれといった感情は浮かんでこなかった。


おかしなことをわめいている中年女がフェイルセーフに殴られそうになっていて……それで、俺の記憶が正しければこの後、俺は暴走してしまうことになる。


そして、その結末が俺が今いるこの状況だ。

ただ俺にとって、この思い出はどうでもいいものでしかなかったはずだ。


だが、この時こそがボッキマンの影に隠れながら長い間眠っていた、

没木一歩(ぼつきいっぽ)としての目覚めだったのかもしれない。


そんなことを考えながら俺は目を覚ました。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「いかがでしたか?過去の自分の姿を振り返ってみて……?」


潮木さんが穏やかに語りかけてくる。

体を動かそうとすると気だるさがあったが、俺は何とか起き上がることができた。

そして、目の前にいる潮木さんの方を向く。

「えっと……」

何と言っていいかわからず、俺は言葉を探した。

俺が見たのは俺自身の過去だった。

だが、それを素直に認めてしまうには抵抗があった。


「いえ……その、参考になりました」

結局、出てきたのはそんな一言だけだった。


「そうですか、それではこれからどうしますか?」

「と言うと……?」

「本来のあなたを取り戻したいですか?

 それとも今のあなたのままでいる方がいいですか?」


「……わかりません。ただ、俺は……」

俺は少し考えて言った。


「今の自分に勝ちたいです」

俺ははっきりとそう言った。

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