第35話【朗報】ボッキマン、お掃除ロボットを手に入れる その④
昼食を食べ終わった後、
ハカセコはテーブルの上にノートPCのような機械を置いた。
「なんだよそれ?」
「み、見ての通り、きき、きっ、貴様に対する、ふっふ、ふ復讐計画だ!」
「ええぇ……やっぱり復讐するのかよ、
悪いが俺があんたにしてやれるようなことなんて何もないぞ?」
ハカセコはわざと無視するようにしてPCを操作し始めた。
「わ、わわ、私は、きっ、きっ、貴様に肉体に攻撃をくわえても、
無駄だとは判っていたので、とっ、ととと、当初より、
べっ、別のアプローチを取ることにしていた」
「それが、その、俺と交際するって話か……あれは無理があるだろ?」
「きっ、きききき、貴様にはわからなくても、
わわわわ私には意味のあることだったし、ほ、ほほ、本気だったのだ!
いっ、いっ、一生分の勇気を振り絞ったのだぞ!!」
ハカセコは顔を真っ赤にしてうわずった声で続ける。
「か、かか、簡単な数学の問題も、とっ、とと、解けないような、
きっ、貴様の、ちち知性を、や、揶揄しても、
ばば、馬鹿にされたことさえ理解できず傷つくこともないだろう。
だっ、だから、わ、私は貴様の、げっ、原始的な、よ、欲求に、
う、うっ、訴えることにしたのだ!」
「いや、今結構傷ついたんだけど……」
「わ、わ、私が受けた、こっ、ここ、心の傷は、
そっ、そんなものではないんだ。
かっ、かか、家族とも呼べるロボットを、きっ、貴様に、
こっ、こっ、こっ殺されたんだぞ。
貴様にも同様の心の傷を受けてもらわないと対等とは言えないだろ!
だからその、復讐をする必要があるのだ」
「……わかったよ」
俺は素直に諦めて椅子にもたれかかり腕を組み、目をつむる。
「か、かか、勘違いするなよ。
私は、きき、貴様を、こ、こっ、殺したいわけじゃない。
ほ、ほほ、本当は、たっ、たっ、たた対等でいたいだけだ。
……貴様がどう思おうが私の気持ちは変わらない。私は執念深いんだ」
俺はハカセコの言葉を聞き流しながらしばらく黙っていたが、
やがて目を開き口を開いた。
「なあ、対等になったらあんたと俺は友人になるのか?……じゃあ今はなんだ?」
「そっ、そそそそそそれは……」
ハカセコはしどろもどろになってうつむく。
「……い、今は、ゆゆ、友人だ!
対等になったその時、私たちは好敵手になるのだ!」
「そうか……」
ハカセコが俺に求めているのは関心でも友情でもないようだ。
彼なのか彼女なのか、よくわからないがこいつの目的は俺が心に大きな傷を負うこと、何故なら俺がこいつのロボットを壊したから。
しかし、貧乏人でおまけに頭の悪い俺には、壊されたロボットの代わりにこいつに何かしてやれることはない。もし仮に俺にできることがあるとすれば俺自身がこいつの復讐に協力することぐらいだろう。
「……あんたの復讐を手伝うよ」
「そ、そそ、それが、ど、どういう意味かわかってるのか?
おっ、お前が、くっ、くっ、苦しむことになるんだぞ」
「わかっているよ」
「ハハハ、ど、どうせ、わ、わっ、私にたっ、たた大したことなど、
でっ、出来るわけがないと、たっ、たた、高を括っているんだろう?」
「そうかもしれないな」
「ふっふふふふふふ、ボ、ボッキマン。
きっ、きき、貴様は、む、むむ無敵などではない。
その、こっ、心は、わ、わわ、私が想像していたより、も、脆かった。
そ、そこを、つっ、つつ、突かれれば、
きっ、貴様は、自身が考えているよりも、は、早く、
こっこっ、壊れることになるぞ」
ハカセコはどこか不安の入り混じった真剣な表情を浮かべている。
「……へえ、例えば?でもあんたは俺の心が傷つくところを見たいんだろ。
だったらそれでいいじゃないか」
俺が挑発するように言うと、ハカセコは数回深呼吸をして立ち上がり俺の目の前まで歩いてきた。
そしてそのまま無言で俺の手を取ると静かに握る。
「……なんだよ?」
俺の言葉を無視し、ハカセコはじっと俺の手を握り、俺の目を見つめたまま微動だにしない。
「……お、おい、だからなんなんだよ?」
初対面の時とは違い、化粧をして美しくなったハカセコの顔は近くで見ると本当に綺麗だった。その宝石のような瞳で見つめられ、気恥ずかしくなった俺は目をそらす。
するとハカセコはゆっくりとした口調で言った。
「……ほら、きっ、きき、貴様は、じ、じ、自分が思っているほど強くないのだ。
む、むっ、むむ、無敵でもなんでもないのだ。
こっ、ここ、こんなことで、い、いとも簡単に、どど動揺してしまうのだ」
「……うるせえ」
俺はハカセコの手を振り払おうとしたが、結局、握らせたままにすることしかできなかった。
「なぁ……もう離してくれよ。よくわかったよ、俺の弱点は……」
俺がそう言ってもハカセコは俺の手を離そうとしない、それどころかさらに力強く握ってくる。しっとりとした柔らかい手からハカセコの体温が俺に伝わっていた。
「……愛してる」
「……お、おい、もう勘弁してくれよ」
俺は懇願したがハカセコは聞く耳を持たない。
「おっ、王国から、き、ききっ、貴様が去った後、
き、気づいてしまったのだ。
ささっ、寂しさで、む、胸が張り裂けそうになっている、じ、じ自分に!」
「……」
「ききき、貴様の、とっ、隣にいるのが、
わわ、わ、私でなかったら、き、きっ、気が狂ってしまいそうなのだ。
た、頼む、わわ、私を受け入れて欲しい……」
俺は手を振り払うこともハカセコの顔を見ることもできず、その告白を黙ってやり過ごすことしかできなかった。
そのまま長い静寂の時間が流れたかと思うと、ハカセコはようやく俺の手を放してくれた。
「え、えっ、演技だよ、ばっばっ、馬鹿者!
どうだ、わ、わかっただろう?ボッキマン。
きっ、ききっ、貴様がどんなに強かろうと、こっ、こっ、こ、
心が弱くては、むっ、むむむ、無意味だということが!」
「あ、ああ……そ、そうだな」
「あはは、ははは。こっ、こここ、この程度で、
きっ、きき、貴様はもう動けなくなってしまった。
わっ、わわ私のそっ、想定通りだ。
きき、貴様は、こここ、これっぽっちのことでも、きき、傷ついてしまうのだ」
俺の弱さを得意げに語るハカセコに俺は力なく笑い返した。
「……よくわかったよ。じゃあどうすれば俺はもっと強くなれると思う?」
「ひっ、ひひ、人のために力を使え、
などという、ばば、馬鹿な無能共が言いそうなことを、
いっ、いい、言ってやるつもりはない。
そっ、そそ、そんなことをしても、じっじっ、時間の無駄だ!
じ、自分を強くできるのは、じじ、じっ、自分自身だけだ!」
「つまり?」
「ぼ、ぼぼ、ボッキマン。
きき、貴様は、じっ、じじ、自分自身の、ほほ、本当の、
よよ、よっ、欲望を知るべきなのだ」
「……昨日言っていたことか」
「そっ、そうだ。き、きき、貴様には、じ、自分のやりたいことが、
な、ないから、なな、なっ、流されるままなのだ。
せせ、せっかく強い力を、与えられたのに、
そっ、そそ、それをまっ、まるで使いこなしていないのは、
貴様が、じっ、自分の欲望に気がついていないからだ!」
俺にはハカセコの言っていることが間違っているとは思えなかった。
自分が何をしたいのかわからないというのは事実だったからだ。
「い、いいか?
きき、貴様は自分の欲望を、じっ、じっ、自分で見つける必要がある。
よっ、よよ、弱いままの、き、貴様に、かっか、勝っても、
たた、楽しくないからな。
でで、できるなら、きっ、きき、貴様には、も、もっと強くなって、
ほっほほ、欲しいのだ」
「わかった。ありがとう」
俺は素直に感謝の言葉を述べた。
「い、いや、べっ、別に礼を言われるようなことはしていない。
ただ私は、しっ、しっ、真実を言ったまでだ」
ハカセコは照れくさそうに顔を背けると、そのまま俺に背中を向けた。
俺は後ろからちらっとPCを覗き込んだが、俺に対する『復讐計画』は外国語で書かれているのかまったく読めなかった。
「と、ところで、ぼ、ぼぼ、ボッキマン。
あの女はだ、だだ、誰なんだ?い、いいい、一体何者なのだ?」
ハカセコは振り返りながら、唐突によくわからないことを尋ねてきた。
「女って?」
「き、きき、貴様と一緒にいた、おっ、おっ、女だよ。
ら、ランニングの、よよ、様子が、かっ、かかっ、か、カメラの映像に、
うっ、う、うっ映っていたぞ」
「ああ、ただの知り合いだよ。特に仲がいいわけじゃない」
「そっ、そそそ、そうなのか。なっ、なっ、なんとなくだが、
たっ、たたた、楽しそうに見えたのだが」
「どこがだよ。あいつは……あっ!!」
俺はあることに気がついて大声を上げた。
「なっ、なっななな、なんだ!?
きき、きゅ、急に大声で叫び出すんじゃない!!」
「そうだ、思い出した。
ハカセコは監視カメラの映像を見ることができるんだったよな?
それって今も見られるのか?」
俺が尋ねるとハカセコは怪しげに笑った。
「ふっ、ふふっふっ、当然だ。みっ、見たいのか?ボッキマン」
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