第34話【朗報】ボッキマン、お掃除ロボットを手に入れる その③
俺は椅子に座ると頬杖をつきながらぼんやりと汚い部屋を眺める。
「……」
あいつがここに来たのは研究のためでもなければ俺のためでもない。
自分のためだ。
……俺に殺したいのか仲良くなりたいのかは知らないが。
とにかく理由をつけて俺に近づきたかったんだろう。
ただ、俺はあいつに復讐されて当然の人間だと思っている。
先に俺に喧嘩を売って来たのはあの変人とはいえ、とりあえず静かに暮らしていただけのハカセコの王国に侵入して、あいつが大切にしていた物をいくつも壊したんだからな。
「……だからって俺に何か期待するなよな……」
俺は目を閉じて昨日のことを思い出す。そしていつの間にか眠ってしまったらしい。
目が覚めた時、部屋の中は時刻は二時を少し過ぎたところだった。
「しまった……寝てしまったか……」
俺が目を開けると同時に唐突にドアがノックされた。めちゃくちゃなリズムでドンドンと音を立てている。
少しムッとしながら起き上がり愚痴をこぼす。
「クソッ、あいつ戻って来たのかよ……鍵はかけてあるし無視するか……」
すると今度は窓の方からも音が聞こえて来た。
そちらを見ると、カーテンが僅かに開いていて、そこから人の頭が見えた。
「はぁ……?」
俺は思わず声を上げる。そいつは窓ガラスを叩き始めたのだ。
「いい加減にしろよ!」
俺は怒鳴りつけるように言いながらドアを開けると、
そこには知らない女が立っていた。
「え……どなたですか?一体、何をして……」
「いるなら早く開けろ!ひどいじゃないか、居留守を使うなんて!」
「あっ……ああ、すみません……」
俺はとりあえず謝っておくことにした。
目の前の女は身長はハカセコと同じくらいだが、黄色いメッシュの入った丁寧にカットされた黒髪を持ち、服装はダイア柄の白いキルトジャケットに稲妻のようなマークの入った青いパーカー、そしてデニムのズボンという出で立ちだ。
顔立ちは切れ長の目を強調するようにアイラインが引かれていて、鼻筋も通っていて綺麗だったが、唇は薄い。
美人といっても差し支えないが、その容姿はどことなくあの稲妻を思い出させた。
「わ、わわ、私だよ!
はっ、は、ハカセコだよ、ばっ、ばば、馬鹿者め!驚いたか!」
「ええ、変わりすぎだろ……。面影がないぞ……」
俺は素直な感想を口にした。
「や、やっぱり、貴様も、そそそっ、そう思うか?
メ、メイクアップアーティストというのは、たた、たっ、大したものだな。
ぜ、ぜひ、わわ、我が王国にも、とっ、とと、取り入れたいものだ!」
ハカセコは心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「で……何でまた来たんだ?」
「きき、貴様……、こっ、ここ、こんなにも、
うっ、うっ、美しくなった私を見て、
まっ、ままま、まだ、追い出そうっていうのか!?」
「……あんた、俺が冷たかったのは、
見た目が好みじゃなかったからって思ってたのか?」
俺がそう言うとハカセコは落ち込んだ様子で下を向いた。
「だ、だっ、だって、貴様は、わっ、私といても、
ずず、ずっと、ふっ、ふふ、不愉快そうにしてるじゃないか……。
だから、貴様にとって、私の姿は、きっ、気持ち悪いんだと……」
「いや……別にそういうわけじゃないけどさ……」
ハカセコの視線につられて下を向くと彼女がバッグを提げていることに気がついた。
「なあ、それなんだ?化粧道具とか入ってんのか?」
「あ、ああ……これか。これは……」
ハカセコは言いながらバッグの中から何かを取り出して俺に差し出した。
「ん?何だ?」
「き、きき、貴様が、べっ、弁償しろと、いっ、言っていた服と靴だ……」
「え!?ああ、うん、ありがとう……」
俺は戸惑いながらも受け取る。
こいつ俺が喜ぶと思って化粧をして、それにお詫びの品まで買って来たのか。
ハカセコの新品の真っ白なスニーカーが少し汚れているのを見て俺は少しだけ胸が痛くなった。
「……じゃあな。わ、私は……帰るから……」
「あ、ちょっと待ってくれ」
「なっ、ななな、なんだよ……」
ハカセコは俺の言葉に動揺した様子を見せる。
「その……冷たくして、悪かったな……」
「……もっ、もういい!どど、どうせ、わ、わっ、私は嫌われてるんだ……」
「そんなことないって!」
俺はつい大きな声を出してしまう。するとハカセコは再び慌て始めた。
「え?な、な、なんで、おお、怒ってるんだ?」
「ああ、ごめん……何でもないよ。
それより、その……これからは普通に仲良くしてくれないか?」
「え……?」
「ほら、昨日言ってただろ?
俺達は対等な存在なんだって、
だったら、あれだ、仲良くしたほうがいいだろ?」
俺はそう言いながら苦笑する。するとハカセコも少し微笑んでくれた。
「ああ……そうだな……」
「それでさ……俺は今から昼飯を食おうとしてたんだけど、一緒にどうかな?
あんたさえよければだけど……」
「え?あっ……いっ、いいぞ、私もちょうど食べようと思っていたところだし……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「しっ、しかし、ひっ、ひっ、ひどい昼食だな。
えっ、栄養バランスが、かっ、偏りすぎじゃないか?」
ハカセコはカップラーメンに口をつけながら言った。
「何しろ俺は無敵のボッキマンだからな……
バランスとか考えなくていいんだよ。
あんたこそ、山の中の王国でどんな食事をしてたんだ?」
「そっ、それは、だな……ば、ばば、培養器で育てていた肉や野菜を、
き、きゅ宮廷料理人のロボットに、ちょ、ちょ、調理させてだな……」
「へえ……料理を作るロボットもいたのか……」
俺は感心しながら焼きそばを口に運ぶ。
「じゃあ俺の家を突き止める時もドローンかなんかの機械を使ってたのか?」
「い、いや、かっ、監視カメラの、ねね、ね、ネットワークに侵入し、
きっ、き、貴様の顔の映像から、こっ、ここ、こっ、行動範囲を割り出し、
こっ、この部屋を特定した。いっ、一分とかからなかったぞ」
そこまで言うとハカセコは言葉を区切り、麺をすすり始めた。
「……そっか。すごいな」
俺が適当に相槌を打つとハカセコは呆れたような顔を見せた。
「ばっ、ばっ、ばば、馬鹿だな……
もっ、もう少し、きっ、きっ、きっ、危機感を持った方がいいんじゃないか?」
「え?何でだよ?」
「きっ、貴様が、かっ、かっ、考えてるよりも、
おっ、おお、多くの連中が、きっ、きき、貴様、のっ、能力や
すす、すっ素性について、は、把握してるかも、し、知れないのだ」
「……」
「い、いくら、ここ、こっ、この街の連中が、
む、む無能だとしても、わ、わ、私が一分足らずで、
でで、でっ出来ることが、ふっ、ふふ、不可能とも思えんからな」
「まあ、確かにそうかもな……」
「きっ、きっ、気をつけたほうが、いいぞ……」
「わかったよ……」
俺がそう言うとハカセコは再び麺をすすり始めた。ハカセコは自分でずば抜けた頭脳と言うだけあって、俺が考えたこともないようなことまでよく考えているようだ。
「き、ききっ、貴様のむ、む、無頓着な性格は、
あっ、ああ、明らかに、そそ、その、無敵のちっ、ちち、力に
えっ、え、影響を、うう受けているようだが、
き、きっ、貴様自身は、自身のちっ、力について、どど、どう思っている?」
「どうって……別になんとも思ってないよ」
「どどどどど、どうしてだ?」
「どうしてって、そりゃあ、力が強いだけで使い道がないしな。
あんたみたいに頭がいい方が出来ることが多いだろ」
「だっ、だがっ、か、かかっ、雷と稲妻は、き、貴様でなければ、
たっ、たた、倒せなかった!
きっ、貴様の力で、なっ、なければ、でで、出来なかった、
こっ、ここ、ことなのだ」
俺はハコセコの言葉を聞いて少しだけ考え、そして口を開いた。
「……あの時、あいつらは自分の存在を賭けて戦っていたけれど……
俺の場合は違うからな。
こっちは何をやられようが死なないし、傷もつかない。
それが恥ずかしいし情けなかった」
「……なっ、な、なるほど、しし、しかし、それでも、
た、たた、戦うことを選んだのは、あ、あの二人なのだ。
きき、きっ、貴様が、なっ、悩む事ではない」
「そっか、ありがとう……」
俺がそう言うとハカセコも少し照れ臭そうに笑った。
「もっ、もも、もう少し、じっ、じっ自分の力に、
自信を、もっ、ももっ、持つべきことを、きっ、貴様には、
おおお、おすすめするぞ」
「そう言われてもなあ……
俺の力なんて気がついた時には身についていた意味不明な物だし
自分で何かして得たわけじゃないからな、あんたの頭脳とは違うだろ?」
「ばっ、ばば、馬鹿者!
わっ、わわ、私の頭脳も、それに、こっ、この体だって、
じっ、じじ、自分で何かを、な成し遂げた結果、
ほっ、ほ、報酬として得たものではない。
かっ、かっ、神か、ぐっ、偶然が与えたかは、しっ、知らないが
きっ、きき、気がついた時には、すっ、すでに備わっていたものだ、
そ、それでも、たた、たっ、大切なものに違いないのだ!」
そう言うとハカセコは少しため息をついてから再び麺をすすり始めた。
「……まあ、そうかもな」
俺はハカセコの意見に賛同した。
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