第33話【朗報】ボッキマン、お掃除ロボットを手に入れる その②

「おっ、おい、勝手に入ってくるなよ……」


女は俺の抗議の声など聞こえていないかのように部屋の中をキョロキョロと見回していた。


「うーむ……これは酷いな……想像以上ではないか……」


もう付き合いきれない、俺は床に崩れ落ちるようにへたり込んでしまう。


「私が想像してたより……汚い部屋だ、私の助けが必要だろう」

「必要ない」

俺は冷たく言い放つが女は全く気にしていない様子だった。


「はっきり言ってやる。

 私の王国の精鋭たちを倒せるほどの強い力を持ちながら、

 こんな汚らしく、小さく、そして貧しい部屋に住んでいるということは、

 貴様はその力まったく活用できていないということだ。

 それでは宝の持ち腐れではないか」


「……余計なお世話だ。それに俺は今の生活で満足しているんだ」


「ふんっ、くだらんプライドだ。

 ……いいか?まずは本来の自分を想像するんだ。

 そして本当の自分の欲望に気づくんだ。

 その願いを叶えるにはどうしたらいいのかをな!」


「……立派なもんだな。だけど俺は欲望のことなんて考えたこともなかったよ。

 ……だから、もう寝かせてくれ」


「私は今日お前と会って、その考えを改めさせられたぞ。

 貴様と私は対等な存在なのだ。

 私には頭脳があるが、貴様には超人的な肉体がある。

 この二つは共にあらなければならない。だから……」


女がそこまで言ったところで俺はため息をつく。


「なあ、それ本心じゃないだろ?……普段としゃべり方が違うもんな。

 あんた本当は何がしたいんだ?」


「……」


「俺に構ってほしいだけなのか?

 ……それともやっぱり俺を殺したいのか?」


「……ちがっ、違う!

 わわ、私は、わっ、わっ、私は、たっ、ただその……」

女はあたふたと慌て始めると頭を抱えてその場に立ちすくんでしまった。

「わっ、私は……私は……」

俺はそんな女の姿を見ていたくなくなり立ち上がると台所に向かう。


冷蔵庫を開けるとペットボトルのお茶を取り出しコップに注ぎ、

一気に飲み干すと大きくため息をついた。

そしてもう一つのコップを取り出し、同じように注ぐとテーブルに置く。


「ほらよ、飲んだら帰れよ……」

俺がそう言うと女は驚いた顔をしながらこちらを見た。


「雑菌だらけの器に入った汚染された液体を……私に飲めと言うのか?」


「ははは、面白いなあんた……。

 でも演技はもういいから……本当に帰ってくれないか?

 俺だって人間なんだ。限界はあるんだよ……」


女はしばらく迷っていたようだが、テーブルにつき、お茶を飲み干した。


「なぁ……人に欲望にどうこうの前にあんたの欲望を教えてくれよ、

 本当に何しに来たんだ……?」

「わ、わっ、私は……その、そっ、その……その……あの……」

俺はもう限界を迎え、テーブルに突っ伏してしまう。


「ああ、もう無理だ……

 寝させてくれ……

 明日になったらまた来てもいいからさ」


俺はそれだけ言うと意識を手放した。

その時ぽつりと女が言う言葉を耳にしながら


「……愛してる」


しかし夢か現実か分からない状態なのであまり深くは考えられないでいた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


数時間後、目が覚めてテーブルから顔を上げると女が椅子に座ったまま眠っていた。

あちこち痛めそうな体勢だがヘタに起こすと面倒になりそうだし、本人は幸せそうだったのでそのままにしておいた。


俺は立ち上がり部屋の電気をつける。

時計を見ると十時を指していた。俺は眠る女をそのままに、風呂場に向う。


シャワーを浴びながら考える。

あの博士って男だと思ったけど、女だったんだな……

声は男のように思ったが、いや、本当のところどっちなんだ?


俺はタオルで体を拭きながら洗面台の脇から歯ブラシを取り出し歯を磨く。

まぁ、そんなことはどうでも良いことだ。

あいつが何者だろうと俺には関係ない。


俺が部屋に戻ると女はまだ眠っていたが、俺の気配を感じたのか目を覚ました。


「か、体が痛い……」


「……だから帰れって言っただろ。椅子なんかで寝るからだ」


「わ、わわっ、私は山に、すっ、すっ、住んでるんだぞ。

 ねっ、ねね、寝るためにわざわざ、やっ、山まで帰るより、

 ここっ、こっ、ここで寝る方が合理的だ」


俺はそう言う女を無視し、冷蔵庫からパンを取り出す。

そして皿に乗せるとレンジに入れ温め始めた。


「ききっ、貴様、今から、ちょっ、朝食か?」

「そうだけど……?お前の分もちゃんとあるから心配すんなよ」


「ちっ、違う!きっ、貴様、はは、はっ、歯を磨いた後だろ!

 どっ、どど、どうせなら、はは、は、歯を磨く前に、

 朝食を、たっ、食べればよかっただろ!」


「うるさい奴だな……別に良いだろう。俺の勝手じゃないか」

俺は温まったパンを取り出し、バターを塗る。

パンの表面で暖められたバターはボトリと皿に滑り落ちた。


「そっ、そういう、こっ、こ、行動、ひっ、一つ取っても、

 き、貴様の、よ、要領の、わっ、悪さが、ににに、に滲み出ている!」


「……なんでそこまで言うんだよ?」

俺は女の為の食事を用意しながら問いかける。


「……わ、私は、ただ、貴様に真実を、つ、伝えているだけだ!

 きっ、貴様が、ああっ、あまりにも可哀想で、ふっ、不甲斐無いから!」


「それはありがたいな。でも、あんたは何でそんなことを考える?

 俺に何かをしてやる義理なんてないだろ?」


女は黙り込むと俯いて小さな声で呟くように言った。


「……わ、私は、ただ……ただ……貴様の、そっ、その……」

俺はその言葉を聞き流していたが、あることに気がついた。

「おい、なんで泣いているんだ……?」

女は俺の言葉を聞くとハッとした様子で涙を拭う。


「きっ、ききき、貴様なんかに、こっここっ、殺された雷と稲妻が、

 みっ、みみ、惨めだと思ったからだ!」


「そうか……それは……確かにそうかもしれないな……」


確かにこいつの言う通り、

俺はその力に相応しい生き方も考え方もしていないのかもしれない。


「わっ、私は貴様が嫌いだ。大嫌いなんだ……」


俺は黙って彼女の分の食事をテーブルに置いた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


朝食を取って、ひと段落した頃、俺は再び彼女に質問をした。


「なぁ、あんた名前は?」

「なっ、なな、名前?なっ、何故そんなことを聞く?」


「こっちはもう頭の中で女とか王様とか若い男だとか呼びたくないんだよ。

 いい加減困ってんだよ」

「なっ、何をわけのわからないことを……何でも呼びたいように呼べっ」

俺は彼女が答えられないでいるので勝手に女の名前を決めることにした。


「……じゃあハカセコにするからな、文句言うなよ」


「はっ、はかっ、はかせっ!?

 ……きっ、きき、貴様そんな、もっ、もうちょっと……

 私と貴様は、たっ、たたた、対等の、そ、そ、存在なんだから、

 名付けは……もっとこう……ちゃんと考えて……」

俺はハカセコを無視して話を続ける。


「で、結局、ハカセコはここに何しに来たんだよ。

 本気で昨日言ってた計画とやらを始めるつもりなのか?」


彼女はしばらく悩んでいたようだったが、俺の顔を見て決心したようだ。

「……その前に貴様の力のことが少しでもわかればなと思ってな。

 ……何かその、秘密でもあるのかと……」


「何だそんなことか……じゃあ、聞いたら帰れよ」


こいつの口ぶりから言って本心から知りたいわけではないとは思ったが、俺は気にせず説明を始めた。生い立ちから能力に気が付いたきっかけ、そして現在に至るまでの経緯を大まかに話す。


「…………」


一通り話し終えると、ハカセコは俺を見つめたまま黙っていた。


「で、どうするんだ?俺の話を聞いて満足したのか?」

「勃起したら強くなるからボッキマンって……。

 ハカセコといい貴様のセンスは幼稚園児か?」

ハカセコは不愉快そうに顔をしかめて俺の股間を見る。


「別にいいだろ……それで、帰るのか?

 それともまだ何か聞きたいことがあるか?」

「えっ?いや……特にはない……」

「そうか。じゃあ、帰ってくれよ」

俺は冷たく言い放つ。


「きっ、貴様……本当に……

 私には、それだけしか言わないんだな……」

「……他に何か言ってほしいのか?」

「……なんでもない。邪魔したな」

ハカセコは椅子から立ち上がると、扉の前に歩いて行った。


「すぐ戻る」

「えぇ……お、おい、戻って来てもいないかもしれないぞ!」


俺は玄関まで見送ると扉を閉める。

そして鍵をかけると再びリビングに戻った。

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