第32話【朗報】ボッキマン、お掃除ロボットを手に入れる その①

俺の名はボッキマン。

無敵の力を持つ男。


だがそれでもやっぱり人間には違いない。

俺の精神の力は無限ではないのだ。


疲労困ぱいの状態でいきなり押しかけられればイラつきもする。


俺は急いで着替えを済ませると扉を開き、露骨に不愉快そうな顔を相手に向けた。

「あのーー、どちら様でしょうか?何か御用ですか?」


扉の前に立っていたのは居たのは地味な顔立ちの小柄な女だった。

丸眼鏡をかけており、髪はボサボサのショートヘアで服装は上下ともに黒一色だ。

まるで喪服のようなその格好は見るからに怪しく胡散臭かった。


「えっ、あっ、その、わ、わわっ、

 わっ、私は怪しいものじゃないんです、けど……」


だがそんな言葉では誤魔化せないほど目の前の女は挙動不審だ。

キョロキョロと視線を動かし、チラリと俺の顔を見るとすぐに俯いて黙り込んでしまった。


何なんだこいつは?


「用がないなら帰ってくれないかな?俺も忙しいんだ」

俺は苛々して思わずキツイ口調で言ってしまう。


彼女はそれに驚いたのか、びくりと身体を震わせると消え入りそうな声で言った。


「すっ、すすっ、す、すみません……

 あ、あああ、あっ、あの、そそ、そのっ、その私……」


そしてまた沈黙が訪れた。


何だこの時間は?

いい加減にしてもらいたい。


俺は焦れったくなり彼女の方へと一歩踏み出した瞬間、

彼女が突然勢いよく頭を下げてきた。


「わっ、わわわわっ、私は、こっ、こここっ、

 この国の、ににっ、人間です……」


「は、はあ……」


この人は何を言っているんだろう。俺は呆れて言葉が出てこなかった。


「あっ、あっあ、あのあのあの、

 ぼっ、ぼっ、ぼぼぼ、ボッキマンさん……」


「はい……」


……ん?

ちょっと待て、何でこの人俺がボッキマンだって知ってるんだ?


「え、ちょっと待って。俺はボッキマンなんかじゃ……」

俺は警戒心を強めながら尋ねる。


すると彼女はゆっくりと頭を上げると、引きつったような笑みを浮かべながら、

両手を前に出し、胸の前で指をモジモジさせ始めた。


「ひっ、ひっ、ひぃ~~っ、わわ、私は、知ってますよ。

 あ、あなたが、ぼぼっぼ、ボッキマンだと、いっ、言うことはっ!」

「…………」

俺は頭の後ろに手をやりながらため息をつく。


「……それで、何か御用でしょうか?こんな夜中に俺を訪ねてきた理由は?」

俺の質問には彼女は再び肩を震わせた。


「えっと、それは……」

言い淀んでいる彼女に俺はもう一度呼びかける。


「あの、何もないなら、明日にして欲しいんですが……」


彼女はしばらく躊躇していたが、やがて諦めたように大きく深呼吸をすると言った。


「えっ、あっ、はい、あああ、あのですね、

 私、私、あああ、あのっ、あの、あっ、あっ、

 あなたのことを調べさせていただきました……」


「調べた?」


「はい、し、失礼なこととは思いましたが、その、

 ご、ごめんなさい、勝手に……でもでもでも、わわ、

 私は、どうしても、確かめたくて……そ、そうしないと

 気が済まなくて……だから……えっと、その……」


「はぁ……それで、俺のことをどうやって知ったんですか?

 まさか、誰かに聞いたとかじゃないですよね?」


俺は眉間にシワを寄せながら質問した。俺はこの意味のわからない女の応対に疲れ果て倒れそうになっていた。


「い、いえ、そういうわけではないのですが、

 その、あの、じ、実は私、あの、あっ、あなたのことが、

 すっ、すすすっ、好きになってしまいまして……」


「は、えっ?!はい!?」


俺は今、女性から突然愛の告白を受けたわけなのだが、不思議と嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。そもそも俺はモテたことなんて一度もないし、この手の経験も皆無なので、どうしていいのかわからなかった。


いきなりの告白に混乱した俺は、思わず崩れ落ちそうになったが、何とか堪えると改めて彼女を観察してみた。


ボサボサの髪に地味な顔立ち。背は低く痩せていて全体的に貧相な感じだ。

見た目だけならどこにでもいる普通の若い女である。


だが、先程から落ち着きなく動き回る様子や、声を上ずらせながら話すところなどは、はっきりちょっと気味が悪く、そのせいか正直、容姿もあまりきれいだとも思えなかった。


俺の目線に気づいた女は慌てて目を逸らす。その頬は真っ赤に染まっている。


「えーっと……それは、その、つまり、

 交際を申し込んでいるということでよろしいですか?」


「へっ?あっ?こ、こうさい?あっ、は、はい、あの、

 そっ、そそそ、そういう、ことになります……」


女は不安そうな顔でこちらを見上げてくる。

俺はその表情を見て何故か少し罪悪感に苛まれてしまった。


それにしても何で俺のことを知っているのだろうか。


俺は彼女の顔をじっと見つめるが、

やはり見覚えは……いや……正確にはある。


仕草といい、話し方といい、それにその顔立ちといい、

昼間のあいつしか思い浮かばなかった。


いや、有り得ない……

有り得ないことだが……

あの頭のおかしいあいつなら……ひょっとしたら……


俺は意を決して聞いてみることにする。


「あの……もしかして、もしかしてなんだが、

 王様なのか?あの山に居た……」


俺がそう言うと女は驚いたように肩を震わせた後、小さくコクリとうなずいた。

「わかった。帰れ」

「ええええぇっ!?ちょっ、ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!!」


俺が話を打ち切り、ドアの方へと歩き出すと女は大げさに驚き、

慌てて駆け寄ってきた。


「頼むよ、もう疲れ果てたんだよ。

 ……今日は、雷と稲妻と戦って……わかるだろ?

 今はこれ以上、何も考えたくないんだ」


雷と稲妻の名前を聞いた彼女は悲しげな表情で俯き黙り込んでしまった。


そしてしばらくすると彼女は小さな声で言った。


「……ご、ごごっ、ごめんなさい。

 じっ、自分でも、どうしたら、いいか、

 わわっ、わかんなくて……そのっ、だから、

 えっと……と、とと、とにかく、

 そ、その、もっ、もも、もう少しお話だけでも、

 きっ、きっ、聞いていただけませんでしょうか?」


俺はため息をつくと、そのままドアを閉める仕草をする。


「好きだとか交際だとか言われても意味が分からんし……

 そもそもあんたは俺を恨んでて復讐するんじゃなかったのか?

 それがなんで急に……」


俺がそう指摘すると女の動きがピタリと止まる。


「しっ、しし、知りたいんですか……わわ、私の、けっ、計画のこと……」

「立ち話もなんだから早く帰れよ」

俺は女の言葉を遮ると扉を閉めようとする。

しかし扉が閉じ切る前に女は隙間に手を差し込んできて再び開けようとした。


「まままっ、待って!聞いて!ああああぁぁあぁあっ!

 聞いてくれないとここで絶叫するからな!

 近所中に触れ回ってやるからな!貴様に全てを奪われたと!

 私は貴様のせいで何もかも失ったのだと!」


「はぁ……で、どんな計画があったんだ?」


俺は仕方なく聞くことにした。

正直、興味はなかったがさっさとこいつを追い返したかったのだ。


俺の言葉に安心したのか女は大きく深呼吸をすると言った。


「当初の計画はこうだった。

 ……まず貴様と交際し、深く固い愛を誓う仲になる。

 しかし、幸せの絶頂の最中に理由も告げずに去ることで

 私は貴様の心に深い傷を残そうとしたのだ」

「……それで?」


「そして私に去られ、傷ついた貴様は私を求めて自暴自棄になり、

 暴走し、滅茶苦茶に暴れ回り、

 最期は世を儚んで自殺してしまうという筋書きだ!

 そうすれば貴様は皆から恐れられ、同時に嘲笑われることになるだろう!

 あの男はとんでもない間抜けだとな!

 貴様は歴史に残る大犯罪者となるというわけだ!

 クハハッ、ハッハッハ!!」


「……お前な、そんな風にぺらぺらしゃべったら計画が台無しになるだろ。

 それにまずお前と愛を誓い合うとか無理がありすぎるから」


「……えっ?そっ、そそそ、そうかなぁ?

 でも、ほら、例えば、ほんの、ちょっ、ちょ、ちょっぴりでも、

 わ、私に、好意を抱いてくれれば良いわけでしょ?

 そ、そそ、それなら何とかなるんじゃないかなぁ?」


「ならない。頼むから帰ってくれ……」

俺の言葉に女は少し青ざめながら俯いてしまう。


「どうしてだ?!たしかに、きっ、ききっ、貴様が、

 どっ、どど、どういう見た目の人間を好むかまでは、

 りっ、リサーチする暇がなかったが、そっ、そそ、そんな風に拒絶されると

 ……傷つく」


「見た目の話じゃなくてだな、さっきも言ったけど、

 俺は今疲れてるんだ……好意を持たれたいなら、今日はもう眠らせてくれよ……」


俺は呆れながらも女が指を挟まないように扉を閉じる力を緩めた。

すると女は勢いよく部屋の中に入ってきた。

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