第31話【速報】ボッキマン、山に挑む その⑧
俺は息を荒げながら、自分の拳を見つめる。
それは、疲れていたからではない、心が苦しかったからだ。
こんな方法しか選べなかった自分が情けなくてたまらなかった。
俺は雷と稲妻を殺した。もうこの世に雷と稲妻はいない。脅威は取り除かれたのだ。
とりあえず俺の街は平和になったと言えるのかもしれない。
だが、俺の心の中には大きな穴がぽっかりと空いていた。
「……さようなら……」
俺は彼らの名前を呼ぼうとしたのだが、言葉に詰まり、結局、俺はありふれた別れの言葉しか口にすることができなかった。
雷と稲妻を倒した俺は、俺は部屋の隅で頭を抱えて震えていた若い男に向き直る。
「終わったぞ……、あの二人はもう……」
俺の声を聞いた男はハッとした表情になり立ち上がると、
恐る恐るこちらに近付いてきた。
「……ほほほ、ほ、本当に?
よよ、よくやった、い、いや、よくやった、というのも何か、
おっ、おかしいか。
わ、わわ、私が、つっ、つつ、作り上げた物には、
ちち、ちっちち、違いがないんだからな」
俺は若い男の頬に軽く平手打ちをする。
軽く打ったつもりだったが男のかけていた丸眼鏡は宙を舞ってどこかに飛んで行ってしまった。
「あよ!?」
男は狼狽し、地面にへたり込む。
「もう二度と、雷と稲妻のような連中を作るなよ。いいな?」
俺の言葉を聞いた男は怯えた様子で何度も首を縦に振る。
俺はその様子を見届けると部屋を後にしようとした。
すると、背後で男が言った。
「……こっ、子供だった、わ、私には、わわ、私を守ってくれる、
つっ、つつ、強い、おお、大人が必要だった。
そっ、それが、あああ、あいつらだったのだ」
「……それで?」
俺は振り向かずに続きを促す。
「彼らは、私を、みっ、みみ、未熟者として、扱い、
わわ、私の言葉を無視し、こっ、ここ、こっこの国を、
しし、支配しようとした。だ、だが、かか、かっか、彼らは、
わわ、わ、私を傷つけるような事だけは、ぜぜ、絶対にしなかった……」
俺は黙ったまま聞いていた。
「あ、あの、ふっふ、二人は、あ、ある意味、
わわ、わっ、私の親のような存在だった。す、すべては、
み、みみ、みっ、未熟だった、わわ、私のせいなのだ。
もも、ももも、申し訳なかった。ゆっ、ゆっ、許してくれ、雷、稲妻……」
男は嗚咽を漏らしながら呟いた。
「……そうか」
俺がそう言うと、男は激しく泣き出した。
「……墓くらい作ってやれよ。じゃあ俺は帰るからな」
俺はそれだけ言い部屋を立ち去ろうとしたが、あることを思い出し再び振り返る。
「そうだ!あんた、俺の服と靴を弁償しろよ!
王様なんだから金くらいあるだろ!」
俺はボロボロになったパーカーとズタズタになったズボンを指さす。
男は涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭うと、慌てて立ち上がり叫ぶように言った
。
「べべ、弁償だと??!
わわ、わっ、私の、たっ、戦いはまっ、まだ終わってないぞ!
きっ、ききっ、貴様のことを、ゆっ、許したわけじゃないからな!!」
「何だよ、まだやろうってのか?」
俺がもう一度平手を打つ素振りを見せると若い男は慌てて自分のポケットをまさぐり始めた。
「おっ、おい!ここ、これだ、これを見ろ!!
い、今すぐこの国から、で、でっ出て行け!!!」
若い男が俺に向かって何かを投げつけてきたので反射的に掴むと、それは金貨だった。
ずっしりとした重さがあり、真ん中に男の顔がデカデカと刻印されていなければ本物の貨幣だと勘違いしてしまいそうなほど精巧に作られていた。
自分を美化する風でもなく地味な顔立ちが正確に再現された金貨はどこか間抜けで思わず吹き出してしまった。
「なっ、何が、おっ、面白いんだ、ここっ、この、やっ、ややや野蛮人め!
そっ、それを、その、たたた、大切に持って帰れ!
なっ、な、失くしたら承知しないぞ!
お、お前は一生この国には入れないからな!わっ、わかったか!
ばっ、馬鹿者!!」
「あっ、はい。わかったよ。じゃあ元気でな……」
俺はしばらくその金貨を見つめた後、それをポケットに突っ込みながら出口へと向かった。
あいつはこの山の中でこれからどう過ごすのだろうか?
……まあどうでもいいか、俺より何千倍何万倍も頭がいいみたいだし。
俺が考えても仕方ないだろう。
後ろであいつが何事かを呟いていたようだったが、俺は気にせず部屋に出るとそのまま元の縦穴から外に出ていった。
辺りはすっかり薄暗くなっていたが、俺は街の薄明りを目指し歩いていく。
そして部屋の前に付くとまたもやお隣さんと鉢合わせしてしまった。
「こっ、こんばんは……」
俺はボロボロになった服を見られたくはなかったが、挨拶しないわけにもいかないと思い声をかけた。お隣さんもやはり困惑した表情を浮かべていたが、すぐに笑顔を作り挨拶を返してくれた。
「いやぁ~……その、山で遭難しそうになって……はははは」
俺が愛想笑いを浮かべて言うと、お隣さんは心配そうに優しく微笑んでくれた。
「そうだったんですか……。
助かって何よりです……お気をつけて……」
俺は心底ホッとし礼を言うとお隣さんの脇を通り過ぎようとした。
「あの……」
しかし突然呼び止められたので驚いて振り向くと、お隣さんは心配そうにこちらを見ていた。
「えっと、どうかしました?」
「いえ、先ほど女の人があなたの部屋をのぞいていたので、
ちょっと注意しておいた方がいいかなと思って」
「へっ?」
俺は間の抜けた返事をしてしまう。
女の人……誰だろう。神代だろうか?
しかしあいつは俺の部屋までは知らないはずだが……。
「そっ、そうですか、あっ、ありがとうございます。
でも誰だろう、俺みたいな奴にもファンがいるのかな、あはは……」
俺は動揺しながら早口で答えると、今度こそその場を後にした。
しかしその後もずっと嫌な予感が頭から離れなかった。
それでもシャワーで泥を流していると少しずつ落ち着いてきくる。
俺はバスタオルで体を拭きながら考えていたがその内、
どうでもよくなりベッドに転がり込んだ。
疲れた……。
今日一日でいろんなことがありすぎた。
街の喧騒から離れるためにあの山に登ったはずなのに、結局はいつも以上に疲れてしまった。もう何も考えたくない。このまま眠ってしまいたい。
俺は布団にもぐったまま目を瞑る。
二人の鬼、雷と稲妻……その伝説の真偽はわからないが、
俺が戦ったあの二人がもういないことは確かだろう。
彼らのことを思い出して少し涙した。
さようなら……雷、稲妻。
俺の名はボッキマン。
無敵の力を持……ん?
玄関のドアが激しくノックされている。
俺はうんざりしながらも一応確認のため覗き窓から外を見てみた。
するとそこにはまったく知らない人物が立っていた。
「いや何だよマジで。今日はもう勘弁してほしいんだけど……」
俺の名はボッキマン。
無敵の力を持つ男。だけど心の方は案外脆いようだ。
こんな夜中に迷惑な話だが、無視するわけにもいかず扉を開けることにした。
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