第30話【速報】ボッキマン、山に挑む その⑦

雷と稲妻は俺に語りかけると同時に、強力な電撃を放った。


俺の体は激しく痙攣し、全身の筋肉が硬直していく。

だが、それでも俺は無敵なのだ。


この程度の攻撃では俺は倒れないし、ましてや傷付くことすらない。


「覚悟を決めろ、無敵の男とやら。

 お前も力があるのならその力で自分が望むものを奪って見せろ!」


「あたしらだってそうやって生きてきたんだ。

 これからだってそれは変わらない!」


俺は二人の言葉を聞きながら、自分の拳を見つめていた。


「……俺が望むものは……」

歯を食い縛り、全力を込めると、俺は雷と稲妻に向かって走り出した。


「……まだ戦う気かい」

「ふん、ここまでやってもダメとはな!」


二人は俺を迎え撃つために構えたかと思うと瞬時に稲妻が俺の懐に潜り込み鳩尾に強烈な膝蹴りを叩き込んできた。

稲妻は続けて俺の顔に肘打ちを放ち、最後に思い切り腹に前蹴りを食らわせた。だが逆に俺は彼女の足を掴み、顔面に拳を叩き込む。


何かかが割れる音と液体が飛び散る音が同時に響き、稲妻の頭は粉々に砕け散る。


しかし、雷は即座に稲妻の手を取り、互いの体を回復させる。

俺はそのまま容赦なく二人に攻撃を続ける。


一人、二人、そして再生。

一人、再生。二人、再生。


俺の攻撃がどれだけ強力でもタイミングがずれてしまえば彼らは殺せない。


俺が無敵の拳を振るう度に彼らの体は砕け、肉片が辺りを舞い、そして再生する。

戦い始めてからどれだけの時間が経ったのかわからない。


いつの間にか雷と稲妻は互いに抱き締め合う姿勢で俺の攻撃に耐えていた。


二人同時に上半身を吹き飛ばしたと思ったが、わずかなズレがあったのかまた二人の体が再生する。

俺は無敵の拳を二人に目がけて叩き込む。何度も何度も。二人の体のあちこちに亀裂が入り、血飛沫が飛ぶ。


それでも雷と稲妻は固く抱き合いながら必死に互いを支え合っていた。


俺はそんな雷と稲妻の姿を見たとき、胸が張り裂けるような悲しみに襲われた。

こんな戦いは無意味だ。


もう降参して欲しい。

もう降参したい。


これ以上戦いたくはない。俺は心の底からの願いを叫ぶ。


「頼む!もう降参してくれ!あんたらだって本当はわかっているはずだ!」

「わかっとらんのはお前の方じゃ!」


雷と稲妻は声を合わせて叫ぶ。


俺は雷と稲妻を滅茶苦茶に殴り続けるしかなかった。

もう二人は抱き合うだけで一切の抵抗をしなかった。彼らはすでに自分の死を受け容れているのかもしれない。


雷と稲妻の居場所は俺たちの社会に存在しないのだ。


もし彼らの存在を許容できる場所があるとしたらそれはきっと地獄のような戦場だけだ。雷と稲妻は地獄の底で生きていくしかない。


彼らもそのことに気が付いているのだろう。

だから、自分を受け入れてくれる地獄の入口に辿り着くまで、彼らはここで待ち続けているのだ。


俺は涙で目がかすみ、拳に力が入らなかった。

そんな俺を叱咤するように雷と稲妻は最後の力を振り絞り、俺を攻撃する。


「……どうやらワシらの勝ちのようだな。

 お前のような泣き虫にワシらは倒せんよ」


「……さぁて、これからあんたの両親の手足をもいで晒し首にしてやるかね。

 あたしらに手を出したことを後悔しながら死んでもらうとするよ。

 あんたはそこで指くわえて見てな!」


俺は無言のまま、再び構える。俺に両親はいない。

恋人も、友人だと呼べる人もいない。


だけど、雷と稲妻のことは好きだった。たとえ敵同士であっても、俺はこの二人に静かに暮らしていて欲しかった。


俺は稲妻に向かって拳を放つ。

稲妻はそれを受け止めようとしたが、その腕ごと彼女の体を貫く。


「ぐっ……」

稲妻はそのまま俺の腹に蹴りを入れてきた。だが俺はそれを両腕で掴み、雷の胴体に叩きつける。稲妻の頭が大きな音を立て砕けると、雷は体勢を崩す。俺はその隙に飛びあがり、雷の脳天に拳を叩き込む。


雷の体は真っ二つにへし折れ、内臓が宙を舞った。


再び気の遠くなるような長い戦いの時が始まっていた。

だが、俺は今度こそこの戦いを終わらせなけらばならない。長引けば長引く程、彼らは苦しむことになる。


俺は無敵の力を持っている。

今までは俺はそれを使うべき時に使わなかった。


俺は無敵の男だ。

俺は何者にも負けない男だ。俺は雷と稲妻に勝たなければならない。


そのためには……


「……殺す」


俺の口から思わず言葉が漏れた。


俺の言葉を聞いた雷と稲妻が振り絞るように呟く。


「……どうした、ボッキマン。

 み、未熟、者が、それでは、ワシら、は、殺せん、ぞ……」


「……あ、あた、したち、殺すつもり、なら、

 もっと本気で……やり、な……」


俺は二人の言葉に励まされるように攻撃の速度を上げる。

一発、二発、三発、四発……。


「「……」」


雷と稲妻は無言で再生を繰り返す。


五発、六発、七発、八発、九発、十発。


二人の体が砕け、肉が裂け、骨が砕ける。それでも俺は止まらない。

俺は拳を握り締め、雷と稲妻の顔面に思い切り叩き込む。


(この脳無しが!もっと早く打ち込んで見せろ!)


(お前がきちんと仕留めてやらなければ、

 この二人の苦しみはそれだけ長引いてしまうのだ!)


俺は自分を叱咤するように心の中で叫び声を上げながらひたすらに腕を振り続けた。


そして、百五十発目の拳が雷と稲妻の頭部を破壊した。


雷と稲妻の体は一瞬だけ大きく痙攣すると、動かなくなった。

俺は拳を振り上げたままの姿勢でしばらく静止していた。


無限とも思える時間が流れた後、雷と稲妻は相変わらず固く抱き合ったままの格好でさらさらと砂のように崩れ始めた。


二人は二度と再生することはなかった。


雷と稲妻の伝説は終わったのだ。

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