第28話【速報】ボッキマン、山に挑む その⑤

俺は意を決して一歩を踏み出す。


足元にはゴツゴツとした岩肌が広がり、周囲には不気味な静寂だけが満ちていた。


俺は周囲に目を凝らしながらゆっくりと進んでいくと前方に派手な鎧に身を包んだ小柄な若い男が現れる。


こいつが先ほどまでしゃべっていた男だろう。

映像で見た通り地味な顔立ちで鎧はまったく似合っていない。


男の額には大粒の汗が浮いていた。

奴は俺の目線から逃れるように慌てて下を向くと前方の暗闇を指さす。


「き、き、来たかボッキマン……

 ふ、ふふ、ふっ二人はこの先にいる……はっ、早く行け……!」


「ああ、わかったよ」

俺が先に進むと背後から足音が聞こえてる。男もついて来るらしい。


「な、なんでついてくるんだよ!?」


「わ、私も行く!わ、わっ、私には、き、貴様の死を見届ける、

 ぎぎ、ぎっ義務がある!」


俺はため息をつく。

「別にいいけど、邪魔だけはするなよな……」

それからしばらく進むと前方に扉が見えてきた。

その奥からは何かの気配を感じる。


俺は扉の前で止まり、振り返ると男は後ろの方で震えていた。

「ここで待っていてもいいんだぞ?」

「いや、わ、私も一緒に行こう……。

 そっ、それが、こっ、この国の統治者としての、つつ、務めなのだ……」

男はそう言って前に出ると、扉に手をかけて開けようとする。


「んんぐぬううぅ!」

しかし開かないようだ。

「貸してみろ」

俺がそっと手をかけるとあっさりと扉が開く。


中に入ると話の通りそこには二人の男女がいた。


彼らの足元に無数の鉄くずが転がっている。


それはロボットの残骸だった。

形状から見るに最初に出会った騎士パンダグリエルと同型のものだろう。


二人はガラクタの中で涙を流しながら固く抱きしめ合っていた。


「ボボ……、ボ、ボッキマン。

 きっ、きき、貴様のような、しし、侵入者が、

 あっ、ああ、現れるまでの……すす、数十年間、や、奴らを、隔離、

 ひ、引き離して、いたのだ……。

 でで、伝承の通り、雷(いかづち)と稲妻(いなずま)は、

 いい、一緒にすると、おお、恐ろしい力を、は、発揮するからだ」


どうやらあの二人が不滅の愛を誓い合った仲だというのは本当らしい。二人は肩を震わせ、むせび泣くような声がこちら聞こえてくる。


「……おい、あんたは本当にあの二人と戦えと言っているのか?

 悪趣味というか、いくら何でも気が進まないんだけど……」


俺は男に話しかけるが、彼は首を横に振り言葉を続ける。


「あ、あ、あの二人の間には、あっ、あっ、愛がある。

 ま、まぎれもなく。だ、だが、その愛が、ほっ、ほ、他の者に、

 むむ、むっ、向けられることはない」


「そうなのか?」


「そうだとも。……だっ、だだ、だから、き、き、きき、貴様が良心の呵責を、

 おお、おっ、覚える必要はないのだ……ぼぼ、ボッキマンよ。

 かっ、仮に、か、彼らが、死んだとしたら、そそ、そのことで苦しむのは、

 わ、わわ、私であるべきなのだ……」


「……わかったよ。それなら俺はもう何も言わない」


俺は改めて服の汚れを払い落すと二人に向かって歩き出す。


雷(いかづち)と稲妻(いなずま)は静かに抱擁を解くと、こちらに向き直った。


男の方、雷(いかづち)は伸び放題の黒髪と顎髭を持ち、身長は3m程度で筋骨隆々の見事な肉体を持っている。


頭部には二本の長さの不揃いな角が生え、その目は赤く光り輝き、皮膚は黒く、所々が鰐のように隆起し、火口から流れ出るマグマを思わせる太く赤い筋が表皮に走っていた。


一方で女の稲妻(いなずま)は銀色に光る髪を揺らしながら、こちらの姿を認めるとゆっくりと近づいてくる。


一本角を持つ彼女は目元が鋭く切れ上がっており、鼻は高く尖っていた。手足が長いが身長は雷より頭一つ分低い。

雷と同じく、衣服の類は身につけておらず、引き締まった筋肉が露わになっている。

そして彼女の皮膚は透き通るように白く、身体の表面には血管のように脈動する無数の青いラインが走っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


稲妻(いなずま)は男の顔を認めると小さく微笑んだ。


「そいつは何なのさ、あんたの新しい部下かい?

 随分と弱そうな男じゃないか」


「へ?……ちち、ちがう、違う。

 かか、かっ、彼はボッキマンという……わっ、わわわ、我が王国の、

 しっ、侵入者で」


「へえ、そうかい。じゃあ殺していいんだね」


稲妻がそう言った次の瞬間、俺の目の前が真っ白になっていた。

俺は地面を転がりながら状況を把握する。


稲妻はあの一秒にも満たない一瞬の間に数十mの距離を跳躍し、俺の顔に蹴りを叩き込んだのだ。俺は地面に手をついて立ち上がると、顔についた泥を払う。


「おいおい、いきなり何すんだよ」


「何だい。まだ生きてるんじゃないの。

 今ので死ななかったってことは少しは腕に自信があるみたいだけど、

 こんなものじゃないよ。

 あたしらの邪魔をする奴は誰であろうと容赦しないんだから」


雷(いかづち)は俺たちのやり取りを聞いてゲラゲラと笑い出す。


「わっ、わっ、わっはっはっはっ!最初からワシらを頼っていれば、

 こんな奴に侵入されることなどなかったものを……

 ま、まさかご自慢の兵隊さんは もう全滅したのか、殿様よ!」


男は額の冷や汗を拭いながら震え声で答える。


「か、かかっ、彼らは、最後まで勇敢に戦った!

 かっ、かか、彼らを、お、おお、王国の、せせ、戦士たちを、

 ぶぶっ、ぶ、侮辱することは許さんぞ…!」


「だ、そうだが!実際に戦ったお前から見てどう思う!お前の意見を聞きたい!」

雷は自信たっぷりに腕を組みながら俺に問いかけてくる。


「……まあ、見た目は、きれいだったよ」

俺は率直に感想を述べると男はがっくりと肩を落とす。


「……ああ、あとあれかな。

 ちょっとだけ楽しかったかも、でも数学の問題が出た時の方が焦ったかな……

 はは……」

それを聞いて雷は大笑いする。


「わっはっはっ……ならワシとお前は気が合いそうだな!」


「……どういう意味だ?」


「次はお前がどうやって生き残ったのかを教えてもらいたい!」

その言葉を合図に雷は凄まじいスピードで突進してきた。


雷を迎え撃とうと身構えた途端に俺の体は宙を舞っていた。

死角の外から稲妻が俺に攻撃を仕掛けて、蹴り飛ばしたのだ。


俺は空中で体勢を立て直す暇もなく、今度は雷に足を掴まれ猛烈な勢いで地面に叩きつけられた。その衝撃だけで床に転がっていた瓦礫が宙を舞う。


男の言う通り、雷(いかづち)と稲妻(いなずま)、この二人は他のロボットたちとは違い、明らかに次元の違う強さだった。

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