第27話【速報】ボッキマン、山に挑む その④

数分後、俺は鉄くずと瓦礫の山の中でストレッチをしていた。


「やっぱり身体が鈍ってんなぁ……。もっと鍛えないと」


男はロボットたちをあっさりと解体されたことに衝撃を受けていたようだが、先ほどまでとは違い怒鳴り声を上げて俺を非難するようなことはしなかった。


『……どうして貴様はこの王国に来ようと思ったのだ?

 ……一体何が望みなのだ?』


俺は即答する。


「いやそういうのはもっと早く聞けよ……。

 縦穴に間違って落ちたんだよ。

 あの穴の入り口にカモフラージュかなんかしてただろ。

 そのせいで地面があると思って間違って落ちたんだよ」


男は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


『……貴様が落ちたのはドローン用の通用口だ……。

 そもそもあの穴へと人が到達できるルートなど存在しないのだがな。

 まさか落ちてくる奴がいるとは……』

「(ああ、それで落ちた時にドローンが下敷きになってたのか……)」

俺は男の言葉に納得しつつ、男に問いかける。


「それで……あんたの方はどうしてこの国を支配しようと思ったんだ?」


『……私はずっと研究に没頭することで自らを高めてきた。

 だがある時、ふと考えたのだ。私はこのまま永遠に老いることもなく

 生き続けるのだろうかと。その時、私は思ったのだ。

 もし私が他の人間と同じように年を取り、やがて死ぬとしたら

 何をしたいのだろうと。私は考えた。

 そして私は私を必要とする世界を創り出さなければならないと思い至り、

 ここに自らの力を使って新たな国家を創造することにしたのだ』


男はそこまで話すと、自嘲気味に笑みを浮かべる。

『それも貴様のせいで頓挫しそうだがな……』


俺も釣られて笑う。

「ハハッ、でもまあ、悪かったな……」


俺は立ち上がり、男を見つめる。

「じゃあ、改めて名前を聞いていいか?あんたの名前は?」


男はしばらく沈黙した後、口を開いた。

『……私か、わ、わっわ、私には、名前がない』

その答えに少し驚いていると男は言葉を続ける。


『私は生まれた時からずっとその研究所で育てられ、

 研究所での生活が全てだったからな。研究員たちは私を番号でしか呼ばなかった』


「……」


『私は親の顔も知らないのだ。いいや、親はいないのかも知れない。

 試験管の中で混ぜ合わされたのか、知らない内に売り飛ばされたのか、

 それさえもわからない』


男はそこで一呼吸置いて、ニヤリと笑う。


『おっと、同情するなよ。貴様のような因数分解も出来そうにない

 無能な男の同情などクソの役にも立たんからな』

「うるせえ!」


『フッ……、まあそんなことはどうでもいい。

 それよりも貴様の処刑の刻が迫っているぞ。残しておきたい言葉はないか……』

男はそう言ってどこか寂しげな表情で俺に笑いかける。


「でもそう言ってまたロボットをけしかけるんだろ?

 無駄だからもうやめとけって」

俺の言葉を聞いた男はしばらく黙っていたが、やがて不気味に笑い始める。


『クハハハハハハ……次に貴様の相手をする者たちはロボットではない』

「どういうことだ?」

『じきにわかる。せいぜい足掻いてみることだな、ボッキマン』


男がそう言ったかと思うと、壁が開き、冷たい風が吹き込んで来る。

そして壁に開いた真っ暗な穴の底から昇降機がせり上がって来た。


『さあ行け!貴様の最期に相応しい戦場だ!』


奴がそう叫ぶとそれきり声は聞こえなくなり、俺は一人取り残されてしまう。


このまま帰ってもいいが、せっかくここまできたんだしな……。

どうせなら最後まで相手をしてやろう。


そう思い直し、俺は裸足で昇降機に乗り込むと地下深くへと降りて行った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


昇降機の設備は最低限で照明は弱々しく、薄暗い空間をどこまでも降下していく。

床は網目になっており、眼下には広大な暗闇が広がっている。


「(なんだか、嫌な予感がするな……。何もないといいけど……)」


俺は不安を覚えながらもひたすらに落下し続ける。

すると昇降機の枠に取り付けられていた小さなスピーカーから男の声が響いた。


『おい、貴様、この山の盗賊団の伝説を知っているか……?』


「いきなり話しかけるなよ、びっくりするわ。

 そいつらってたしか当時の大名に退治されたんだろ?」


『そうだ、奴らの首領は二人の男女の鬼だったという言い伝えがある。

 片方を殺したり生け捕りにしても、次の日には二人共復活し、

 二人で自分たちを襲った人々に惨たらしい復讐をして回ったという。

 そして伝説では二人は夫婦であり、神前に不滅の愛と共に、

 死ぬ時は二人同時だと誓い合ったそうだ。

 最期はその誓い通り、大名の命を受けた最強の勇士の手で

 二人同時に射抜かれて夫婦は共に死んだという』


「……それがどうかしたのか?」


俺は興味なさげに答える。


『……フン、くだらん話と思うか。

 だが続けるぞ、男の名は雷(いかづち)、女の名は稲妻(いなずま)だ。

 私はこの話をヒントにして、人造生命体を作り上げた。

 貴様がこれまで相手にしてきたようなロボットではない。

 本当の意味での……生命なのだ』


そこまで話すと男は沈黙する。


「なるほどな、そいつらがあんたにとっての最後の切り札ってわけか」


『ああ、そうだ。貴様にとってはこれが最期の戦いとなるだろう。

 だがそれは我が王国にとって崩壊の始まりでもある』


「どういう意味だよ?」


『……彼らは私の手には負えなかった。

 私は伝説を再現しようと彼らの略奪と殺戮の歴史から性格や思考パターンを

 解析して作り出した。

 しかしそれ故か、私の言うことを聞かなくなったのだ。

 命令を無視し、それどころか私に代わりこの国の王になろうとしたのだ』


「研究所から抜け出したあんたと似ているな」


俺がそう言うと男は長く沈黙していたが、やがて静かに呟く。


『……そうだな。

 だが彼らを放置すれば、この王国のみならず、貴様の住む街にも

 災いを引き起こすことになるだろう。そして今、彼らは枷から解き放たれた。

 私ですら彼らに殺されるかもしれない。

 だがそうしなければ貴様に勝つことはできないだろう。

 覚悟しておけよ、ボッキマン。

 貴様がこれから戦うのは、かつて人々を恐怖で支配した邪悪な伝説の再来なのだ』


「そうか……」


そうこう言っているうちにも下降する速度は落ちていき、ついに底に到着した。

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