第14話【悲報】ボッキマン、浮気する その②

俺達は近くのベンチに腰掛けていた。

隣に座った彼女は言葉を選ぶようにぽつりぽつりと話し始める。


「私は、子供のからずっとスポーツをやっていました。

 小学生の頃に始めたバスケですが中学、高校と続けていきました。

 そして大学もバスケットの強豪校に入学し毎日練習に明け暮れていました。

 でもある時気づいてしまったんです。本当の才能には勝てないことに……」


そこまで言って彼女は黙り込んでしまった。

俺は彼女が落ち着くまで静かに待つことにした。しばらくして再び話し始める。


「……それからはもうダメでした。

 頑張っても努力してもどんどん置いていかれていく気がして。

 もう何のためにやってるか分からなくなってしまいました。

 子供の頃から周りに天才だと言われ、その期待に応えようと必死に頑張り続けて

 ここまで来たはずなのに、結局、私はロクに試合にも出れなくなり、

 レギュラーからも外されてしまいました」

彼女は淡々と語り続ける。俺はただ黙って聞いていた。


「けれど数年前、

 ふと自分が不思議なことが出来るようになったことに気が付いたんです。

 最初はボールを思い通りにゴールへ入れることに気が付きました。

 それからパスを妨害したり、ドリブルを邪魔したり、それ以外にも色々と

 出来ることがわかりました……」


彼女は息を飲み込むように深呼吸するとまた語り出した。


「最初はボールを動かす程度のものがだんだんエスカレートしていきました。

 力は強くなり、どんなものでも自在に操れるようになっていきました。

 自分の体もです。それを使えば空を跳ぶことも出来ます」

「……すごいじゃないですか」


俺は感嘆の声を上げた。素直にそう思ったからだ。

でも同時に俺は我が身を振り返り複雑な気持ちになった。


その『すごい能力』を俺は今まで何に使っていたのだろうか?

彼女の顔が曇る。


「そんな……凄くなんてありませんよ……。

 こんなの……ただちょっとした自慢にはなりますが……

 そのせいもあって余計に惨めになってしまって……」

「ん?どうしてですか……?」

「……だって、インチキなんですよ?

 力を使ってボールや自分の体を動かすだけなんですから。

 対戦相手につまずかせたりして……卑怯なことばかりしていました」

「ああ……なるほど」

「私、最低ですよね……?」

彼女は自嘲気味に笑う。


「……そんなことないですよ」

その時すでに俺は、彼女が先ほどの動画に出ていたあの人で間違いないと確信を持っていた。しかし俺は何も言わずに彼女の次の言葉を待つことにした。


「技術は身につかないし、何かが鍛えられることもないし、

  みんなは褒めてくれるけれど……結局、私がやってきたことはただのズルで

 しかない。……とても虚しいんです」

彼女と一緒になって俺も苦笑する。

「……でも、俺は今日、あなたの動画を見て久しぶりに

 体を動かしたくなってきたんです。自分に何が出来るんだろうなって……」

俺がそう言うと彼女は頭を抱えて下を向いてしまった。


「あぁ~~~……もぉ~!

 ……知ってたんですか、私のこと!」

「ええまあ。でも、なんとなくですけど……」

「うぅ、恥ずか死にそうです……」

彼女は凄く照れているようで耳が赤くなっていた。

「私の動画を見てくれた人に初めて会いました。

 すみません、すっごく恥ずかしいです……それなのに申し訳ないです。

 こんな話してしまって……」


「あまりにも見事なバク転だったんで俺もやろうかなって思いましたよ!

 でも全然うまくいかなくて、ははは」

「……ごめんなさい、あれはインチキなんです。あんなの見たって何も参考に

 なりませんよ……騙したりなんかして酷いですよね……」

彼女は落ち込んだ様子で呟いた。

「いえ……謝るようなことじゃ……」


うーん……そう悪いもんじゃないんじゃないかな。

少なくとも俺みたいに無意味に暴れたり走り回ったりはしてないわけだし。

俺がそんなことを考えていると彼女が言った。


「あの、私……最近、思うんです。

 私の力はもしかしたら神様がくれたギフトなんじゃないかって。

 きっと、この力がいつか誰かの為になる日が来るんじゃないかって。

 そう信じているんです。」

彼女は真剣な眼差しでこちらを見る。


「だから今は辛くても、諦めたくないんです。

 だから……その、良かったら、これからも応援してくれますか……?」


うーん……何というか、この人は思いつめやすいタイプなんだろうか。

それとも、力を持った人が考えるのは、普通こういうことなんだろうか。

俺はそんなことを思った。


「……はい、もちろんです。立派な心掛けだと思います。

 でもそんなに気負わなくてもいいんじゃないですか?」

「そうでしょうか……?」

「そうですよ。それにもし本当に困っている人がいたとしても、

 助けられるかどうか分からないじゃないですか」

「それは……そうなんですけど……。私、ダメなんです。

 どうしても困っている人を 助けてあげたいんです。

 出来る限りのことをしたいんです。

 私にも出来ることがあるなら、全力で頑張りたいんです」

「……素晴らしいことだと思いますが……でも、やっぱり、本来の自分の力以上の

 ことは出来ないんじゃないですか? 無理はしない方がいいですよ。

 もっと気楽に構えた方が、いざって時に動けるかもしれないし……」

「…………」

彼女は黙ったまま俯いている。

しまった。ちょっと言い過ぎたかな。

せっかくの決意に水を差すようなことを言ってしまった。


「あ、すみません。偉そうに言って……」

「いいえ……それって私のためを思って言ってくれたんですよね。

 ありがとうございます」

彼女は微笑む。でも、その笑顔には少し陰りがあった。


「……あの、あなたの名前を教えてもらってもいいですか?

 私は神代清香(しんたいきよか)です。あなたは……?」


俺は一瞬、自分がボッキマンであることを告げようかと迷ったが、

結局は彼女に本名を名乗ることにした。


「俺は没木一歩(ぼつきいっぽ)です。よろしくお願いします、神代さん」

「ありがとうございます、没木さん。

 よろしくお願いします。……えっと、それじゃあ、そろそろ帰りましょうか?」

「そうですね」

俺たちはベンチから立ち上がる。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「今日は会えて嬉しかったです。自分の気持ちを話せてスッキリしました。

 私、人と話すの苦手で、いつも一人で悩んでばかりで。

 でも今日はあなたのおかげで勇気を出せました。ありがとうございます」

「いえ、そんな。俺の方こそ、色々と話を聞かせてもらえてよかったです。

 またどこかでお会い出来ますかね? 今度はお茶でもしながら」


俺は適当な社交辞令を口にした。普段の俺なら絶対口にしないような言葉だったが特に何も考えず自然に口に出していた。


彼女は驚いたように目を見開いていたが、やがて、無表情で呟くように答えた。

「あ、はい。私も……そう出来たらいいなと思っています。

 あの、ごめんなさい。私、そろそろ行かないと……」

「ああ、そうですか。じゃあ、ここで」

「ええ。……さようなら、没木さん」

そう言って彼女が立ち去る姿を見届けると俺も立ち上がる。

そしてその場を後にするべく歩き出した。


しかし、しばらくすると突然背後から声を掛けられた。

「あの、没木さん!

 この近くにお住いなんですか?」

振り向くとそこに神代さんが息を切らせながら立っていた。


「え? あ、いや、今日はちょっと用があって来てただけで……」

「そうだったんですね。……あの、もし良かったら……」

彼女はそこで一旦言葉を切って深呼吸すると、再び話し出す。


「……もし良かったら……連絡先を交換してもらえませんか?」

彼女は俺の目を見てそう言った。


「えっ、はい、もちろん」

俺がそう答えると彼女は顔を輝かせた。

「本当ですか!? やった! 嬉しい!」

「はは……」

……俺もまさかこんな展開になるとは思わなかった。


だが俺がスマホを取り出した次の瞬間、彼女は俺の手からひったくるようにスマホを奪い取ると、素早く操作して自分のメールアドレスを登録して、押し付けるように返してきた。


「はい、どうぞ。私の方にも送っておきました。

 ……よかったら、たまにでいいので会ってくれませんか?」 

「あ、はい……」

俺が呆気に取られていると、

「じゃあ、これで……本当にありがとうございました。

 また今度、メールしますね。さよなら!」

彼女はそう言い足早に立ち去って行った。


「うーん……何なんだ、一体?」

俺は思わず首を傾げる。そしてその場から立ち去ろうとすると、また後ろから声をかけられた。


「すみません、没木さん!……次はいつ会えそうですか?」

「へ?あ……あの、会うのはたまに、では?」

「はい。でもなるべく早く会えませんか?」


そう言うとなぜか今度は彼女も俺と同じ進行方向に歩き始める。


……ちょっと待て、この人なんかおかしいぞ……?

俺は仕方なく隣について歩くハメになった。

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