第15話【悲報】ボッキマン、浮気する その③

「没木さんってやっぱりいつもは忙しかったりしますか?」

「いや、特には……」


「そうですか。では明日とかどうでしょうか?」

「はぁ、明日ですか……えっ?明日?!まぁいいけど……」

「ホントに?じゃあ、どこにしましょうか?あ、そうだ。

 ここの近くにおいしいカフェがあるんですけど、一緒に行きませんか? 」

「え?……はい」

俺はもう彼女の勢いに呑まれていた。


「それじゃあ、明日の朝7時に、今日と同じ場所に来られますか?」

「うん……えっ、あっ、朝!?」

「はい。没木さんも早い方がいいと思いますので……」

「あ、はい……じゃあ、まあ、それで……」

「ありがとうございます。楽しみにしておきますね。それじゃあ、また明日」

そう言って手を振ると、彼女は去っていった。

俺は一人その場に取り残される。


「……は? え? なにこれ?朝7時に会わなきゃ行けないの?……マジかよ」


訳がわからなかった。でもとりあえずわかったことは、どうやら俺の平凡な日常は終わりを迎えたらしいということだけだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


俺はしばらくそこに突っ立っていたが、やがて、重い足を引きずり、自分の家に向かって歩こうとする。


……するとまた後ろから声をかけられてしまった。


うわあああっ!


何なんだ、何だこれ、何が起こってるんだ……!

やっぱりおかしい。絶対なんかおかしいぞ。


俺は恐る恐る振り返った。

「あ、あの……あなたは、あの……」

「はい。神代清香(しんたいきよか)です」

「あははは、そうですよね……。神代さん、あの、何かご用ですか……?」

俺はそう尋ねた。


「あの……私、あなたにもっとちゃんと言った方がいいなって思って。

 だから、その、ありがとうございました。私のためを思って言ってくれて」

「え……?まあ、はい」

「でも、初めて会ったばかりなのに……

 私の問題点をはっきり言ってくださって、ほんとに、びっくりしました……。

 でも私の性格のこととかちゃんとわかってもらえたんだと思うと、

 すごく嬉しかったです。ありがとうございました」

そう言って頭を下げてくる。もちろん俺にはこの人の性格のことなんてよく分からない。


「あ、いえいえ、そんな大したことは……」

俺は慌てて手を振ったが、彼女はさらに続ける。いつまで続くのだろう。なんだか怖くて仕方がなかった。


「それに……私があの時、あんなこと言わなければ……

 きっと、二人とも気まずい思いをせずに済んでたと思うんです……」

「え、うん……?ああ、そうかもしれないですね……」

この人はさっきから何を言っているんだろう?


よく分からないまま俺が曖昧に相槌を打っていると、なぜか唐突に彼女が怒鳴り出した。


「そうじゃないでしょう!? なんで分からないんですか!?

 だって!初めて会ったんですよ?!

 それなのに、私のことをちゃんとわかってくれててすごく嬉しかったんです!

 だから!本当に感謝してるんです!本当に!本当になんです!

 ……わかってください!わかって欲しいんです!」


背筋が凍るような、ほとんど絶叫に近い大声だった。


「は、はい……わかりました……」

俺がそう答えると彼女は我に返ったようにハッとした表情を浮かべた。


「……あ、すみません。つい興奮してしまって……」

「い、いや、大丈夫ですよ、ま、またお話ならいつでも聞きますから……」

それを聞くと彼女は安心したような笑顔を見せた。


「ありがとうございます……そう言ってもらえるだけで嬉しいです。

 嬉しい!本当に嬉しいです!ありがとうございます!」

「いえっ、感謝には及びません!……じゃあ、これで……!」

俺はそう言って立ち去ろうとしたが、またしても呼び止められてしまう。

「待って下さい!」

「ははは……ははは……何でしょうか?」


前にも言ったが俺は人から執着を受けるような見た目ではない。

取り立てて不細工だとも思わないが、少なくともぬいや神代さんのような女性の興味をかき立てる容姿だなんてことは絶対ない。


それに、大体だな、ただ話を聞いていただけぞ俺は。

この人からこんな風に思われるようなことをした覚えはまったくない。

気味が悪くて仕方がなかった。


「あの……最後に一つだけいいでしょうか?」

そう言って、彼女は俺の隣に立った。

「はい……どうぞ」

俺はもう観念していた。


「あの、没木さん、最近この近くで殺人事件が相次いでいることはご存知ですか?」


そうだね……物騒だね。でもまさか家まで送れと言うんじゃないだろうな。

だけどそれこそ超能力を使ってどうにかしてくれよ。思わず愚痴りたくなる。


「ああ、ニュースでやってましたね」

「そうなんです。それで、私もちょっと不安になってきてしまって……」

「なるほど……」


「それで……もしよかったら、没木さんに私と一緒に来て欲しいんですけど……」

「はい?」

「ほら、一人より二人でいた方が心強いと言いますか……。

 今から私と一緒に見回りをして頂けませんか?」


えっ?見回り?今から?

今から見回りって。ドローンに任せとけよ、そんなの。


「えっと……それはちょっと……」

俺が言い淀んでいると、神代さんはさらに詰め寄ってきた。


「お願いします!絶対に迷惑はかけないようにしますから!

 せめて、私の家の周囲だけでも一緒に見回りしませんか!お願いします!

 一人は怖いんです!お願いですから!」


「いや、でもドローンとかがあるわけだし、

 神代さんや俺が、今さらわざわざ見回りをするまでも……

 ないんじゃないかな……なんて……」


俺がへらへらしながらそう言うと彼女は俺を睨みつけると、また必死の形相で叫びだした。


「でも実際に事件が起きてるんですよ!?

 おかしいでしょ?!おかしいじゃないですか?!

 おかしく思わないんですか?!没木さんはおかしく思わないんですか!!

 どうしてあんな酷いことが起こるんですか!!

 どうして犯人はあんな酷いことができるんですか!!

 どうして誰もおかしいと思わないんですか!!

 被害者の人たちは殺されるような悪いことは何もしてないのに!

 おかしいですよ!絶対おかしいです!」


「うっ、うわっ、神代さん、ちょっ、ちょっと落ち着……」


「私は冷静です!!

 至極当然のことを言ってるだけです!!

 人が殺されて、人が死んでるんですよ?!

 そっ、それを没木さんはおかしいとは思わないんですか?!

 思うでしょう?!思いますよね?!

 そう思ってくれるはずでしょう?!

 そう思ってくれないのは間違ってます!!」


「いや、あのー落ち着いて、ほら、周囲の人達も何があったんだろーって

 目で見てますよ……」


そう言うと俺はきょろきょろと辺りを見回した。しかし周囲には人っ子一人いない。

そのことが彼女をさらにヒートアップさせたようだ。


「周りの人は関係ないじゃないですか!

 周りに人の目がなくても、私が見ています!

 私があなたにちゃんと伝えてあげないとダメなんです!

 そうじゃないと、そうしないと、本当に大変なことになってしまうんですよ!

 だから、だから、お願いです!一緒に来てください!お願いします!

 私と貴方で一緒に犯人を探し出してください!

 没木さんならわかってくれると思ってるから

 私はこういう話をしているんです!お願いします!

 おかしいと思うなら協力してください!」


彼女の言っていることはもう無茶苦茶で内容の半分も理解できなかった。

しかしそのあまりの迫力に俺は思わず後ずさりをしてしまう。


「いえ、神代さん。

 家まで送れって言うならともかく……犯人見つけるとかは……」

俺がそう言うと彼女は俺に一歩近づいた。

「……没木さん、私の部屋に来たかったんですか?

 今日会ったばかりなのにそんなのおかしくないですか……?」


そうじゃねーよ!

なんでどいつもこいつも話が通じねーんだよ。


「いや、そういう意味じゃなくてですね……。

 俺にできることは何もないし、そもそも俺には関係な」


「だから関係ないなんておかしいでしょ!!?

 一般人に被害が出てるのに!!

 私が!私も、殺されてしまうかもしれないでしょ?!!

 おかしいでしょ?!おかしいでしょ?!

 そんなのおかしいです!!おかしい!!絶対おかしい!!

 納得いかない!!説明して!!!説明してください!!!」


俺は、もう、何も言えなかった。


「……お願いします……一緒に見回りしましょう……。

 怖くて、不安で、どうしようもなくて……」


……ああもう、わかったわかったよ。こいつにはもう会わない。

街で見かけたら逃げる。アドレスも削除だ。約束もすっぽかしてやろう。

二度とこいつが動画サイトのおすすめに出てこないようにブロックだ。


はっはっは。

なーにがスーパーエクストリームアスリートだ。

ざまーみろ。


……でもな、最後にちょっとだけこいつの希望を叶えてやる。

いや、別にいいことをしたいんじゃないけどさ。俺の凄さを見せつけてこいつを絶望させるためだ。


「はぁ……わかった。一時間だけ付き合ってやる。それで満足しろよ」

俺がぶっきらぼうにそう告げると、神代は不愉快そうに眉間にシワを寄せる。


「そんなチンピラみたいな話し方やめてください。

 それに一時間で足りるとお思いですか?」

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