第13話【悲報】ボッキマン、浮気する その①
俺の名はボッキマン。
出会いと別れを繰り返す男。
無敵のボッキマンといえど別れは辛いものだ。
ましてそれが普通の人々ともなれば耐え難いものになるだろう。
最近の俺は少し感傷的になっている。
……正直に言うと、ぬいの事が気になるからだ。
これを恋と呼ぶのなら恋なのだろう。
「フッ……落ち着けボッキマン。
……お前はまだ彼女の事など何も知らないだろ?」
そうだ、まずは彼女の事を知るべきじゃないか。
そうしない限り、お前が一人でどれだけ悩んでもその不安と期待に答えは出ないんだぞ。
俺は苦笑いするとニュースサイトを開く、何か別の事を考えよう。
少しでも気が紛れるような話題はないものか……。
俺はニュースのヘッドラインに目を通していく。
「誘拐」「失踪」「殺人」「行方不明」
最近この手のニュースがやたら目につく。
毎日何の気もなしに見ていたニュースだが、こうも続くと流石に気になってきた。
「……おい、ちょっと待て。
この連続殺人って、うちの近くじゃねーか……」
突然、大切な誰かに奪われるというのは一体どういう気持ちなんだろうか。
自分の身に置き換えて考えてみる。
が、俺が思い浮かべられるのはぬいだけだった。
何故なら俺にはもう肉親がいないからだ、
大切だと言える人ももういない。
父親は俺が中学生の頃に脳卒中で死んだ。
次は大学を卒業した辺りで母親が階段で転倒して死んだ。俺はその事が辛くて自分の家にいることが耐えられず、逃げるようにこの街にやって来た。
兄弟はいない。
親戚はいるが、俺とはまったく関わりがない。
俺は一人だ。
ああそうだ。たったこれだけなんだ。
俺のこれまでなんて。
もし俺がボッキマンでないならば、俺の人生には本当に何もないことになる。
俺は自分が孤独であることに改めて気づき、ため息をつく。
もし、俺が能力を失った時、
無敵でもない、最強でもない、何者でもなくなった俺のことを
まっすぐに見てくれる、そんな人間がこの先現れるのだろうか?
「……どこまで卑屈になってるんだ俺は……」
俺は少しでも明るい気持ちになろうとお気に入りのコントを見るために
動画をサイト開き、サムネイルをクリックした。
「ん……?」
しかし、操作のミスで開かれたのはまったく違う動画だった。
画面に映るのはスラリとした長身のスポーティな女性だ。
彼女は親しみやすい笑顔でこちらに語りかける。
『みなさんこんにちは~~!
スーパーエクストリームアスリートのSHINKAです!』
俺はなんとなく画面を見つめていた。
画面の中のSHINKAさんは、まるで重力を感じさせないかの如く華麗に宙返りをしてみせた。
その動きは美しく滑らかで、見る者を惹きつける力があった。
「ふーん……」
これくらいのことは俺でもできる。
ただし、それはあくまでボッキマンである時だけだ。
では本来の俺の身体能力なら……どうなるのか。
俺はなんとなく気になった。
本来の俺はどうなんだ?
「よし、やってみるか」
俺は立ち上がり、軽くストレッチをする。
そして久しぶりに勃起はせずに、
近くの多目的コートまで出かけることにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
コートには誰もいなかった。
まあ平日の昼間だしな。
……それに最近物騒だし。
俺は肩を回してからゆっくりと深呼吸をした。
「すぅ……はあ……」
自分の体をじっと見つめる。胸筋がわずかに膨らむ。腹直筋の隆起を感じる。
肩幅ほど足を開き、俺は助走をつけ、足裏に地面の反発を感じながら思いっきりジャンプした。
そしてそのまま膝を曲げ回転に入る。
「……あれ?」
体がうまく動かない。
傍から見れば俺は単に体を後方に投げ出しただけだ。
「ぐうっ」
まともに受け身を取ることも出来ない。俺は背中から落ちた。
もう何年も感じたことのない鈍い痛みが走る。
「全然だめだな……」
俺はしばらくその場で呆然としていた。
ボッキマンになってからというものの、こんな無様なことは一度もなかったはずだ。
本来の俺はここまで何もできないのか。
ボッキマンという鎧がなければ、俺はただの無能なのか。
そう思うと急に怖くなった。
俺は立ち上がるともう一度だけ試してみることにする。
今度は慎重に、ゆっくりとした動作から。
俺は大きく息を吸い込むと再び跳躍し、
頭の中で先ほど見た動画をイメージしながら回転しようとする。
だが、やはり体は思うように動いてくれない。
バランスを崩し、またもや派手に背中を打つ。
「くそっ!」
俺は思わず地面に拳を叩きつけた。
驚いたことにたった二回ジャンプしただけで俺の息は上がっていた。
ボッキマンとして鍛え上げた肉体が、まるで役に立っていない。
俺はボッキマンとして何年も走り続けていたはずなのに、
その事が俺の身にもたらしたものは何もなかったとはっきり示されたのだ。
俺はコートに寝転がり、空を見た。
雲一つない青空だ。
「……くそっ!」
また悪態が口から漏れ出す、
俺は悔しかった。
怒りが湧いた俺は立ち上がり、ボッキマンモードに入ると大きく跳躍した。
途端に体が数十mも浮き上がり、さっきまで居たコートが一気にちっぽけなものになる。俺は空中で無理やり体をねじって回転すると、両手を広げて着地した。凄まじい衝撃が足元から周囲へと広がる。
……でもこんなことに何の意味もない。ただの八つ当たりみたいなことでしかない。
俺の力の証明にも何にもならない。
「……はぁ」
俺は土埃の舞う中、がっくりと肩を落としため息をつく。
その時だった。
コートのフェンスの向こうに人影があることに気づいた。
その人物は俺の方に駆け寄ると声をかけてきた。
「あの……今、空から落ちてきませんでしたか!?」
それはスラリとした長身でメガネをかけたジャージ姿の女性だった。
彼女は目を丸くしている。
何やっているんだよ俺は……。
慌てた俺は勃起を解除し、なんとか誤魔化そうとした。
「え? いえ、違いますよ。
ちょっとジャンプしただけで……」
「嘘です、私、見てましたもん。貴方が飛んだところ……」
俺が支離滅裂な言い訳をするも彼女はなおも食い下がってきた。
「いえ、あの……実は、映画の、その、スタントの練習でして……」
彼女はそんな俺の言葉に納得していないようで執拗に追求してくる。この人の目にもやはり異常な能力の持ち主に見えているのだろう。
どうしよう。このままでは怪しまれてしまう。なんとかしてごまかさなければ……。
俺は咄嵯に思いついたことを口走っていた。
「そうだ、風に吹かれて飛ばされたんです!ほら、あるでしょう。竜巻が!
それでふっ飛ばされて……」
もういくらなんでも滅茶苦茶だった。でもそんな俺の必死の弁解がどうやら彼女のツボに入ったらしく、目の前の女性は顔の筋肉を少し痙攣させたかと思うと大笑いを始めた。
「ぷっ……あははははははっ!!」
ひとしきり笑った後、目に涙を浮かべながら俺に謝ってきた。
「……ごめんなさい。
……あ~おかしい……じゃあそういう事にしておきましょう」
「あ、はい」
「あはは……、でも本当、普通、そうですよね。
不思議な力があっても隠しますよね……」
俺の心臓が大きく跳ね上がる。
「あの……それってどういう意味でしょうか」
俺は思わず彼女に話しかけていた。
「えっと……実はですね。
あの、頭がおかしいかと思われるかも知れないんですけど……
あなたも私と同じ不思議な力を持っているんです」
「え……?」
俺の思考が停止する。信じられない。
だが同時に俺は興奮していた。俺は正直に打ち明けることにした。
「すみません、俺も不思議な力を持ってます。
隠してごめんなさい。ははは……。
でも、そういうのって普通、隠しませんか……」
しかしこの人もぬいやイグナイト達と同じ超能力者なのか。
最近、本当によく会うな……。
「いいんですよ。気にしないでください。
こんなこと誰にも相談できなかったから嬉しくなってしまって」
彼女は自分の胸に手を当てながら恥ずかしげに微笑んだ。
俺はその笑顔を見て、なんだか心が温まるような気がした。
「そうですか……大変だったんですね」
そう言うと俺は彼女が何か言おうとしていることに気づき、耳を傾ける。
「そうなんです。それで……もしよかったらでいいのですが、
私のお話しを聞いてもらってもいいですか?
人に話すだけでも楽になると思いますし……」
彼女は俺の顔をじっと見つめてくる。
「あ、はい。俺なんかでよければ……」
俺は即答した。
俺も誰かに相談したいと思っていたところだ。
それに自分から打ち明けてくれたこの人なら信用できると思ったのだ。
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