第11話【速報】ボッキマン、逆ナンされる その②
「えっ!」
俺は思わず声を上げてしまう。そして慌てて手を引っ込める。
「……なに?」
銀髪の女は俺の方を振り向くと不機嫌そうにそう言った。
間近で見ると銀髪の女はまるでアニメやゲームの世界から抜け出して来たような美しい容姿をしていた。
白くバサバサとした大きな付けまつ毛、そこから覗く瞳はカラーコンタクトでもしているのかピンク色に輝いている。身長は170センチ以上はあるだろう、すらりと伸びた手足には白磁のような肌が艶めかしく映る。
何より目に付いたのはその大きな巨大な胸だ。顔が小さいせいか余計に大きく見える。女はその胸を強調するかのように白い花の刺繍の入ったブラウスの胸元を大きく開け、谷間を露出させていた。
下半身は裾が白のグラデ-ションになった紫のロングパンツを穿き、足元は黒のブーツを履いている。この女、スタイル抜群だ。
しかし問題はそこではない。
アージスのパーカーを持っているが、この女が地味なパーカーを欲しがるとは思えない。
だが、たまたま何となく買ってみたかった、ということもあるだろう。
俺は諦めて残りのアージスを確保しようと手を伸ばした。
するとまた俺より先に誰かの手が伸びる。さっきの銀髪の女だ。
「何?こっちが先だから」
「……フッ」
「なにそれ……気持ち悪い」
何なんだこの女は……。なんとも不愉快なヤツだが俺は挑発にのってトラブルを起こすつもりはない。一着だけでもパーカーを確保できればそれでいい。
あんな奴に関わっている暇はない、どこかに行くまで待てばいいじゃないか。
そうだ、忘れないうちに先に下着を買っておこう。俺は女に背を向け、男性用下着のコーナーに向かう。ボクサータイプ、ブリーフ、トランクス……陳列されている商品はよくあるタイプのものだ。
お、この制汗速乾タイプなんて勃起にもよさそうじゃないか?
俺はその中のひとつを手に取ろうとする、が、またしても俺より早く何者かによって先に奪われてしまった。
「ちょっと、それ私の」
振り返るとさっきの銀髪の女が俺を見ている。相変わらずその表情は不機嫌そうだが、どこか楽しそうでもあった。
「……いやお前、そんなの絶対履かないだろ」
「……へえ、じゃあどんなのなら履くと思うの?言ってみて?」
「えっ」
「ほら、早く」
「えっと、……って知らねえよ」
俺は答えられずにいた。どうせ適当に言えば済む話なのに言葉が出てこなかった。
もういい無視だ無視。同じのを買えば済む話だ。
「答えらんないの?……んふふっ」
俺は奴の嘲笑を無視してボクサーパンツに手を伸ばそうとする。が、またもや先にそれを取られた。
こいつは明らかに俺の買い物を邪魔している。何なんだこいつは。
俺は無敵の力を持っているが容姿としては決して目立つタイプではない。
こんなとんでもない美女に誘われるようなイケメンというわけでもないはずだ。
俺は少し苛立ちを覚えつつも次の行動を考えることにした。
そうだ、こいつが絶対に要らないであろうクソダサい物を手に取ってやろう。
そうすればこいつは先にダサいものに手出しせざるを得なくなり己の愚行を悔いることになるはずだ。
(……ふっふっふ、例えば、これなんかどうだ)
俺は目についたと牛乳瓶のイラストが描かれたブリーフを手に取ろうとする……
あれ?普通に手に取って、しまった、んだけど……?
「え、いらないの、これ……」
「いらない」
「そっ、そうか……そうだよな……」
俺は銀髪の女から軽蔑の眼差しを受けながら牛乳瓶パンツを手に持ったまま立ち尽くす。俺はこの世の終わりのような気分になっていた。
何故だ、どうして俺がこんな目に遭わなければならないんだ。
俺はただ普通にパーカーを買いに来ただけなんだ。それなのに、何でこんな目に……。
「んふふっ、やっぱり面白い人だね、ボッキマン」
「……え、あ、うん……」
いやちょっと待て、この女、なんで俺がボッキマンだと知ってるんだ?
俺は必死に記憶を探る。が、心当たりがない。
「何か勘違いしてないか、俺はボッキマンなんかじゃないぞ」
「じゃあ誰なの?」
銀髪の女は俺に顔を近づけそう言った。
「……あ、いや、それより、どうして俺がボッキマンだと思うんだよ」
俺は思わず後ずさりしながら彼女の問いには答えずそう言った。
「だってあなた、ずっと勃起してるじゃん。勃起してるからボッキマンでしょ」
俺はあくまでとぼけようとする。
「ははっ、勃起してるからボッキマンだなんて、
いやぁ~安直なんじゃないかなー。
この街にはエッチなお店が多いからボッキマンもたくさんいるかもしれないよ。
ほら、あのおじさんもボッキマン」
俺はそう言うと店の奥で買い物をしているおじさんを指さす。
「……」
彼女は無言のまま俺をじっと見つめている。
「……いや、ごめん、わかった、俺がボッキマンだ……」
俺は観念したようにそう言った。
「……まあいいけど。私はあなたのこと知ってるし」
「あんたは誰なんだよ。あんたみたいな美女と会ったことなんて一度もないぞ」
「私だってあなたみたいな冴えない男と会ったことなんて一度もない」
「……」
……こいつめちゃくちゃ失礼だな。
確かに俺は冴えないだろうが初対面の女にここまで言われる筋合いはない。
「……私のことを知らない男は私の顔や体だけを見てすべてがわかったつもりに
なって、すぐに美しいだのかわいいだのと言ってくる」
「……え?ああ、そうなのか」
俺はこいつの言っていることがまったくわからなかったが、適当に返事をしておくことにした。だが女の話はそれだけでは終わらないようだ。
「別にそれがだめって言いたいんじゃないけど。
でも、ボッキマン。私はあなたに顔とか胸とかそういうんじゃなくて、
もっと別の部分で私のことを知ってほしい」
銀髪の女は先ほどまでの不機嫌そうな顔ではなく、真剣な顔で俺の目を見据えながらそう語った。ええ、マジかよ、何が起きているんだ……。
「……そう言われても会ったばかりだし、何よりあんたのこと何も知らないし……」
「うん。じゃあさ、今から一緒にご飯食べよう」
「えぇっ?」
「私が奢るから」
「いや、それはちょっと……」
「いいよ、どうせボッキマンってお金ぜんぜん持ってないんでしょ?」
こうして俺はなぜか銀髪の女と一緒に食事をすることになった。
「ところでこのパーカーとパンツ、私が買っちゃうけどいい?」
「あ、ああ、いいよ……」
「あ、そうだ。私は巻尾(まきお)ぬい。ぬいでいいよ。よろしくね」
そう言うと彼女は店の奥に行き、最後のアージスのパーカーを手に取るとさっと会計を済ませる。……結局、俺は一着もパーカーを買えなかった。
俺が買えたのは変なパンツだけだった。何なんだこの状況……。
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