第10話【速報】ボッキマン、逆ナンされる その①
俺の名はボッキマン。
かつては人々のうわさ話の的になった男。
だがそれも長くは続かない。何しろこれだけ目まぐるしく移り変わる世の中だ。
毎日毎日そこかしこで色んなことが起きている、だからみんな話題にしたいことなんて山ほどある。ただ勃起しながら街中を走る変態というだけではそう長く話題になるはずもないのだ。
実際、SNSでは俺の事などもう誰も話題にしていない。
たまに猥談に登場するくらいだ。いずれそれすらもなくなり、俺のことは忘れられていくに違いない。
俺は今日も暇つぶしにニュースを見ていた。
だが最近どうにも面白い話が耳に入らない。
『昨日未明に発生したムノー製剤での火災について、
同社の代表取締役社長の武農極丸氏は当面の医薬品供給への影響はないとし……』
画面には黒煙を上げる工場の様子が映し出されている。
はあ……火災ねえ……これだけ世の中が進歩してもまだそんなことが起きるんだな。
「……」
『本日は、先月起きた集団失踪事件について失踪事件に詳しい専門家
ヨーミルト・ヘンナー博士をスタジオにお招きし……』
『あなたらしいね、は最高の誉め言葉!
次のコーナーでは、最新のトレンドファッションについて、
モデル界のトップ、門戸りあんさんに……』
『それは救いを求める姿か?猫耳を付け、ニーソックスを穿き、
スクール水着姿で行進する謎の中年男性たちについての最新情報です。
まずはこちらの映像を……』
「ふわぁ……」
どれもこれもまるで俺の興味を引かないものばかりだ。
俺は半分夢の中にいる状態で数々のニュースを眺めていた。そんな時だった。
ふと画面の端にある文字が目に入ってきた。
「うーーわっ!マジかよ!?」
その文言を見た瞬間、俺は思わず声を上げてしまう。
そこにはこんな見出しがあった。
『ファッションニュース情報:アージスからのお知らせ、一部商品の販売終了』
完全に覚醒した俺は急いでアージスのウェブサイトを開く。
ついにこの時が来てしまったか……。
「はぁ……」
俺は深くため息をつく。
この世には様々な不運がある。だがその中でもこれは飛び抜けている。
俺の愛用のパーカーの販売が今期をもって終了となっていたのだ。
だがしかしいくら無敵のボッキマンの力でも市場の趨勢までは変えられない。
「……仕方ない」
俺は諦めることにして、アージスの問い合わせフォームから感謝のメッセージを送ることにした。
『長年、パーカーを愛用していたものです。
部屋には今でも10着以上のアージスのパーカーがあります。
これからも大切に使っていくつもりです。今まで本当にお世話になりました……』
……。
これでよしっと。
大切に使っていく、それはもちろん本当のことだ。
ただ……こうおかしなことが続くとな……。
ロボットに撃たれたり、変な連中に火で炙られたり殴られたり、なんてことをやってたら10着あったところですぐにボロ布と化してしまうだろう。
「新しいパーカー候補を探し出すしか無いよな……」
俺はそう決心し、スマホをしまうと、さっそく買い物に出かける準備を始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うーん、今日はB地区の服屋まで行ってみるかあ」
いつものコースを外れ、A地区を抜ける。B地区というのは風俗店が立ち並ぶエリア、いわゆる歓楽街だ。
ちなみに俺は一度も利用したことはない。
「勃起」すると言っても特に性欲があるわけじゃないからな。
「うわ、結構人が多いな」
治安の悪いエリアと聞いていた俺は通行人の数の多さに驚いていた。
客引きや酔っぱらいの怒号、それに女の甲高い声やらで騒がしいといえば騒がしいがみんな何だか楽しそうだ。
それにしてもドローンもここら辺りはやる気がないのかほとんど飛んでいない。軒先でぼーっと鳥を眺めている奴までいるくらいだ。
それでいいのかドローンよ。
まあいいや、とにかくさっさと買い物を済ませてしまおう。
俺は服屋を探して辺りを見回す。
セクシーなビキニを模したネオンサインが目に飛び込んでくる。あれは俺が想像するような服屋ではないだろう。
「ははは、まあ違うよな」
俺は苦笑いしながら通り過ぎようとする。
考えてみれば俺はこの街のことをほとんど知らない。大半をこの街で過ごしてきたにも関わらず、だ。これと言った知り合いもいないければ、買い物だって近くの店で済ませている。最寄り駅の電車が次にどこを止まるのかも知らないし、今まで行ったことのある料理店だって片手で足りる。
「……ちょっとくらい散策してもいいかもな」
俺は少しだけ街を見て回ることにする。
この街にあるのは風俗店ばかりだし、利用する事などないと思うがド派手な看板は見ているだけでも面白い。
しかしじっくりと見てみるとここにあるのが風俗店だけではないことが分かった。
居酒屋、ラーメン屋、それにリサイクルショップ、なんでもある。
「へえ、なかなかの繁華街じゃないか」
他の地区でも見かけるフランチャイズカフェのチェーン店なんかもあれば、よくわからない雑貨を売っている個人商店もある。
こういう店は大手企業の進出と共にどんどん衰微し、今では絶滅危惧種だ。
俺は感慨に耽りながら歩き続けると、大きな交差点に出た。赤信号で足を止める。
横断歩道の向こう側にもこちら側と同じように店が並んでいる。
ふと向こう側の店の1つに目が行く。ショーウィンドウ越しにマネキンが飾ってあった。やっとお目当ての服屋が見つかった。
新しいパーカーも見つかるといいんだがな。
ぼんやりとそんな事を考えながら信号が青に変わるのを待っていた。
すると後ろからやって来た銀髪の女が俺を追い越し、スタスタと横断歩道を歩き店の中に入って行った。
ずいぶん忙しい奴だな、と思いながら俺はその銀色の髪を持つ背中を眺めていた。
服屋は普通の服屋だった。
女性用の服がたくさん置いてあるだけのどこにでもありそうなファッションストア。
その入り口付近で銀髪の女が立ち止まり、中の様子を伺っている。
なんだよ忙しかったんじゃなかったのかよ。
俺はそれを横目に見つつ、目標のパーカーを探しに行くことにした。パーカーはすぐに見つかった。
数々のパーカーに加え、アージスのパーカーも三着ほど残っている。
ふふ、当然これはすべて確保しなければなるまい。
俺は迷わず手に取ろうとしたが、その時俺より先にパーカーを手に取る者がいた。
銀髪の女だ。
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