第8話【朗報】ボッキマン、チンピラを後悔させていた その③

掛け声と共に大柄な男の体が右足に軸に回転、

ダイナミックなフォームで完璧な後ろ回し蹴りを繰り出す。


俺は咄嵯に両手でガードを固める。

しかし次の瞬間、凄まじい衝撃波が両腕を襲い、俺は後方に弾き飛ばされた。


「おおおぉっ!!やるじゃねえか!!」


俺は感心しながら空中でバランスを取り着地する。油断していたとはいえ、まさか俺の防御を弾くほどの攻撃ができるとは思わなかった。


大柄な男は俺の賛辞に答えることもなく、俺の着地を狙って次の攻撃を繰り出す。

「トウ(討)ッ!」

大柄な男は左脚を軸にして体を大きく反時計回りに捻ると、足の裏をこちらに向けて蹴りを繰り出す。俺の体は衝撃に突き上げられ宙を待っていた。


「!?」


奴の攻撃のスピードはどんどん加速していく。


「セイッ!セイッ!トウッ!セイッ!トウッ!トウッ!セイッ!」

大柄な男の攻撃は止まらない。

「トウッ!セイッ!トウッ!トウッ!セイッ!セイッ!トウッ!」

その圧倒的な連撃に俺は吹き飛ばされ続けた。


右、左、上、右、左、下、右、右、上、左、と空を舞うように俺の体が超高速で弾き飛ばされる。まるでテニスボールかバドミントンのシャトルになった気分だ。


「うぉはははは!すっ、すげえっ!!」

俺は笑っていた。


これほどまでに楽しい気持ちになったのは初めてだ。この俺(ボッキマン)と似たような奴がいたのだ。何故かその事が無性に嬉しかった。


俺は笑い声はどんどん大きくなっていた。

もっと来いっ!もっとだっ!

だが大柄な男は俺の期待に応えることはなかった。


攻撃の手が止んだかと思うと、大柄な男は突然その場で膝に手を置いと肩で荒く呼吸をし始めたのだ。奴の拳からは血が滴っている。


どうやら衝撃波を飛ばすことはノーリスクで行えるわけでもないらしい。

「お、おい……おっさん、もう終わりなのか?」

「うるせぇ……おっさんじゃねぇ……黙ってろ……」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


大柄な男はうつ向いたままだ。荒い呼吸をしながら地面を見つめている。

「……討でこれか……なんなんだこいつは……」

大柄な男が何か意味不明な事を言っている。イグナイトはそんな奴の様子を心配そうに眺めていたが、大柄な男が恐ろしいのか声をかけるタイミングが掴めないようだ。


俺はそんなイグナイトを尻目に大柄な男に話しかける。


「そのダサいシャツって何処で売ってんの?

 そんなもん売ってる店にうっかり入りたくないから教えてくれよ」

「……」


「……で、お前ら何者なんだ?警察とかじゃないんだろ?」

「……」

「……お前らの組織ってきゅうごうかい?だっけ?

 そこが凄いのかお前ら自身が特別なのかは知らないけれど今日は中々楽しめたよ」

「……」

「……名前だけでも教えてくれないか?

 俺はボッキマン。もちろん本名じゃないけどな。お前は?」

「……」


何を聞いても大柄な男は一言もしゃべらなかった。

だが奴の心の中では激しい怒気が渦巻いているのか腕には太い血管が浮かび上がり、全身の筋肉が隆起している。

「……なあイグナイト、お前なら教えてくれるよな?」


唐突に話を振られたイグナイトは驚いたような表情を浮かべていた。

そしてイグナイトは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「……ネットで買ったもののはずだ……」

「そっ、そうか……」

知りたいのはそっちじゃねーよ!


大柄な男はそんな俺たちのやり取りを遮るように怒号をあげた。

「許可なくしゃべってんじゃねえぞ!!このクソガキが!!」


奴の方を向くと全身の筋肉は蒸気を吹き上げながらさらに膨れ上がり、

その握りしめた拳からは血が蒸発したような色合いの赤い色の煙が立ち上っている。


……いくら何でも怒りすぎだろう。


「おっさん、それ一体どうなってんだ……」

奴は俺の問いには答えず、ゆっくりと構えると、拳を突き出しながら、叫んだ。


「ボウ(暴)ッ!!!」


大柄な男の叫びと共に爆発音が響き、目の前が真っ白になる。

気が付くと俺の体は宙を待っていた。


「!!!?」


ビル、屋上、空、地面、目の前の光景が凄まじい勢いで移り変わる。

ごうごうと風を切る音が耳元で鳴る。俺は両手両足を使って何とか体勢を立て直そうとするが、落下の速度は緩まない。


「うぉおおおおおお!!!」


(俺は飛んでいるのか、それとも落ちているのか?)


上下左右の感覚がわからなくなりかけた時、俺はそのまま轟音と共に水の上に叩きつけられた。


水面に大きな波紋が広がる。

「ブハッ!」

口から水を吐き出し水面から顔を出す。どうやら公園の池の中に落ちたらしい。


前方には俺がさっきまで居たビルが見える。

かなりの距離を飛ばされたようだ、屋上の方を見てみたが大柄な男の姿は見えない。

「……くそ!パーカーがめちゃくちゃになった!」

俺はまだ揺れ続ける水面を見つめながら呟いた。あんな連中ほっとけば良かった。

俺は少し後悔していた。


「……それにしても」

あの大柄な男、なかなか強かったな。しかし、良いように殴られたのは腹が立つ。

今度会ったら、ちょっと強めのゲンコツでも食らわせてやる。


俺はそう心に決め、今日はもう家まで帰ることにした。

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