第7話【朗報】ボッキマン、チンピラを後悔させていた その②

イグナイトの火の玉による攻撃方法は二種類あるようだった。


火の玉からの熱線、そして火の玉そのものによる体当たりだ。

熱線はスピードが速いものの威力が低い……と言ってもコンクリートを溶かすほどだが。そして火の玉による体当たりはその逆。動きは遅いが不規則で予測は困難。


熱線に意識を向け、その隙に火の玉をぶつけるのがこいつの戦い方のようだ。


俺は高速移動で迫りくる熱線と火の玉を次々とかわしていく。

俺を見失った火の玉は床にぶつかると爆発を起こし、煙を上げながら燃え上がる。


周囲にはほこりが舞い上がり、煙が立ち込め、視界が悪くなる。

煙の向こうからイグナイトの声が聞こえてくる。

「どこだっ……」

大柄な男はこの状況でもイグナイトに手を貸すわけでもなければ、俺に手を出すこともないようだ。


あいつは一体何のためにここにいるんだ……。

それとも案外いい奴かもなのかも知れない。

それか未熟なイグナイトに戦闘の経験でも積ませてやろうというのか?

だが残念だったな、ゲームで言えば俺(ボッキマン)はきっとラスボスより強いぞ。

俺は煙の中でフッ……とほほ笑む。

イグナイトは今頃悔しそうな顔をしていることだろう。


イグナイトの攻撃パターンは把握した。次はこちらの番だ。

「いくぜ!」

俺は煙の中を猛スピードで駆け抜けイグナイトに殴りかかる。

イグナイトの顔面めがけて軽くパンチを繰り出そうとしたが、 奴は素早く身を屈めて俺の攻撃をよけた。


「うぉおっ?!くそお!」

イグナイトは焦りながらも銃を手放さない。それどころか前蹴りで反撃を試みる。


こいつはなかなか根性のある奴のようだ、嫌いじゃない。

だが悲しいかな。こいつは接近戦に向いた火の玉を使う攻撃は何もないようだった。

おそらく自分を巻き添えにしてしまうからだろう。


俺は奴の蹴り足を避け、足でイグナイトの足元を軽く払う。

「うあっ……!!」

イグナイトの胴体がヘソを中心にぐるんと一回転を崩したところで、少し力を込めてみぞおちの辺りを押す。

するとイグナイトは簡単に吹き飛び、床に激突……するかに思われたが。

大柄な男が腕を振り上げた瞬間、空気のクッションに受け止められるようにしてイグナイトは空中で静止した。


「ぐっ……!」

イグナイトは空気の壁にもたれかかったまま動かない。

俺は煙の中からゆっくりと姿を現す。


「どうだ?」

俺がそう言うと、大柄な男はわざと無視するように言った。


「おい、イグナイト。あいつはもう終わりだ」

「……わかってる!」

「だったら早く殺せ」

イグナイトはよろめきつつ前進すると再び銃を構えるが、額には大粒の汗が浮かんでいる。俺には大柄な男がイグナイトに自信をつけさせたいように見えていた。


イグナイトもそれを理解しているのか、大柄な男の指示に従うつもりらしい。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


それにしてもあの銃は何の意味があるのだろうか。

何かが放たれる様子もないし、作りもどこか安っぽい。まるで子供のおもちゃのようだ。俺はイグナイトをじっと見つめる。


イグナイトは深呼吸をして気持ちを整え、意を決したような表情になると、再び火の玉を作り出した。

火の玉の数はさっきまでとは比べ物にならないくらい多かった。

先程までは十個前後だったが、今は二十や三十はあるように見える。


イグナイトは火の玉を放つ前に小さく息をつく。

それは覚悟を決めた一撃のように思えた。そしてイグナイトは引き金を引く。

それを合図に一斉に火の玉から熱線が放たれる。


(またそれか……)


俺は火の玉を全て拳でかき消してやろうと拳を握り締める。

しかし、熱線の狙いは俺ではなかった。

イグナイトの放った熱線は俺ではなく、別の火の玉へと向かって行ったのだ。

火の玉が熱線によって繋がり合い、ほんの一瞬にして巨大な龍の頭のような炎の塊となる。


龍は凄まじい爆炎を吹き上げながら俺に向かって突進してきた。かなりのスピードだ。轟音と共に龍は更に加速し、熱線をまき散らし膨張する。


イグナイト、それがお前の必殺技か。

ならば俺の必殺技も見せるしかないだろう。


俺は迫りくる炎の龍を見据え、気合を入れる。

そして足を大きく振り上げ必殺のシュートを放った。


その名も『ボッキック』だ。


俺はあたかもサッカーボールを蹴るかのごとく、眼前の空気を蹴り抜く。

その蹴り足は音速を超え衝撃波を生み出し、一瞬、空間が歪む。

衝撃波はイグナイトの生み出した龍を呑み込み、巨大な竜巻へと姿を変えて燃え上がる。


イグナイトは竜巻に吹き飛ばされまいと必死で踏ん張っている。

だが熱風に巻かれ息をすることもできないようで何とも苦しそうだ。

やがて抵抗空しく、彼は宙高く舞い上がる。


しかし、やはり大柄な男の力なのだろうか、彼は地面に激突することなく空気のクッションで受け止められた。大柄な男はイグナイトを静かに抱きかかえ、そっと床に横たえると俺のことをじっと見据える。


大柄な男は何も言わなかったが上腕の筋肉がピクピクと動き、臨戦態勢に入っていることは容易にわかった。俺は少し身構えるが、その時、足元にイグナイトが使っていたおもちゃの銃が転がっていることに気がついた。


「あ、これって……そいつのあれだろ?」と言いながら、

腰を屈めて銃を拾い上げようとした瞬間、

「セイッ!」という掛け声が響き、俺の頭部に衝撃が走った。


「ぐおっ……!?」思わず声が出る。


慌てて顔を上げると大柄な男が正拳突きのような構えを取っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


大柄な男までは十数m離れている。

あの位置から攻撃してきたのだろうか?あいつは風属性の魔法使いなのか?

奴はやや腰を落とした構えのまま言葉を続ける。


「お前の罪状を色々と考えていたが、

 やはりわいせつ物陳列の罪で死刑にすべきと結論が出た」

「仲間がやられたのはどうでもいいのかよ?」

「……仲間じゃねえ、部下だ。

 死んでもせいぜい器物損壊だ。もっとも、それでもお前は死刑だがな」


「……そりゃどうも」

俺はゆっくりと大柄な男へと近づく。

大柄な男は力を漲らせながら拳を引き、いつでも殴れる体勢を取った。

やはりこいつはあの距離からでも攻撃が可能らしい。


「お前さ、何でそんなにビビってんの?」

「……減らず口を叩けるのは今のうちだけだ」

そう言うと大柄な男はイグナイトをちらりと見た。俺もそれにつられてイグナイトを見る。


イグナイトは先ほどまでと違い、ぐったりとしている。

髪は焦げ、少し火傷を負ったのか皮膚が赤くなり、所々血がにじんでいる。

大柄な男の視線に気づくと、イグナイトは焦ったように身を捩りながら言った。

「……お、俺はまだやれる!!」

大柄な男はそれを無視しながら独り言のように呟く。


「やっぱり弟の方を連れてくりゃよかったぜ」

「弟も火炎属性?」

俺がそう言い終えると同時に、大柄な男は声を張り上げながら拳を突き出す。


「セイッ!セイッ!」

腰を降ろし、突き出す拳とは逆の手を引き絞るようにしながら、全身を使い正拳突きを繰り出してくる。

目の前の空気が波打ったかと思うと胸部に衝撃が走る。一撃一撃が重い。

まるで走ってくるバイクを正面から受け止めるような感覚だった。


おそらくあの大柄な男の攻撃は一発で常人を死に至らしめる威力があるだろう。


「セイッ!セイッ!セイッ!」

大柄な男の連撃は続く。

腰を回転させ拳を振り抜く度に奴の額から玉のような汗が飛び散る。


しかしどこか間抜けな光景だ。おまけにちょっと期待外れだ。


これならイグナイトの方がよっぽど頑張っていただろう。そんな事を考えながら、俺は立ち止まりひょこひょこと拳を突き出して煽って見せた。

「で、それで全部なのかお前の技は?せいっ、せいっ、せいっ!」


「……舐めやがって」

大柄な男は一瞬、眉をしかめたがすぐに元の顔に戻り、

「……セイ(征)でダメなら……」

と言って大きく息を吸い込むと、両手の平を突き出しながら

「ハァアッ!!」

と、凄まじい音を立てて口元のマスクから息吹を吹き出した。


「トウ(討)ッ!」

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