第5話【悲報】ボッキマン、ネズミでガーデニングをはじめる その③

その面倒事は俺の予想よりも早くやって来た。


「ん?」

土砂降りの雨の中に何か光る物がある。そして光は徐々に大きくなっていく。

やがてそれがロボットのようなものだとわかった。

鋼鉄のボディを持つロボットが猛スピードでこちらに向かって飛んで来ているのだ。


こんな奴は見たことが無かった、少なくとも俺の知っている限りではない。

雨の音にかき消されているのか、そいつは音もなく接近して来る。

俺はふわりと飛びあがり、そいつ目がけて蹴りを放った。

しかし、攻撃は当たらなかった。

まるで空気でも蹴ったかのように、感触が全くない。

そいつは宙に浮かんだまま静止している。どうやらこいつは攻撃を感知するセンサーとその軌道を予想するAIを備えているようだ。


奴は俺の前に静かに着地すると穏やかな口調で話し始める。

「どうか冷静になって下さい。我々はこの街の人々の生活を守っています。我々を傷つけるということは、人々を傷つけることと同じなのです」

俺はもちろんロボットの専門家ではない。

ただ、俺が見る限りはそいつはこれまで見たどの機械とも異なる設計思想で作られているようだった。


金属光沢を放つその身体は有機的な曲線を持ち、関節部は柔らかなゴムで覆われている。頭部には大きなカメラアイが3つあり、その奥には人間の瞳のような虹彩が見える。腰のくびれたその姿はどこか女性を思わせるものだった。


「……お前もドローンなのか?」

俺は問いかけるが、ロボッ卜は何も答えず、代わりに右腕を差し出してきた。


腕の先からは鋭いブレードが伸び、雨粒を弾きながらバチバチと音を立てる。

高圧の電流が流れているようだ。


人間の手の指など触れただけで簡単にちぎれ飛んでしまうだろう。

「私は人間と戦いたくはないのです。抵抗は辞め、武器を捨てて投降してください」

ロボッ卜は抑揚のない声で言う。その言葉に嘘は無いように思えた。

だがもちろん従うつもりなどない。


「何が問題なんだ?公園にネズミを埋めただけだろう」

「考え得る限り最悪の行為です」

ロボッ卜はそう言うと再びゆっくりと動き出した。


俺は妙に腹が立っていた。

死んだネズミが静かに眠る、そんな場所すら作ってやれないのか。

「うるせぇんだよ」

俺はロボッ卜に背を向ける。

「残念です」

次の瞬間、背後から強烈な衝撃を受け、俺は吹き飛ばされていた。

全身の骨が軋み、内臓が揺れる感覚がする。普通の人間なら今の攻撃で即死だろう。


だが今の俺は勃起している。

すなわち今の俺は無敵のボッキマンだ。


俺は素早く立ち上がり、振り返る、しかしロボットの姿は見えない。

「……」

唐突の目の前が明るくなったかと思うと無数の弾丸が俺の顔、そして全身の急所を目がけて浴びせかけられた。


(これは実弾か……?)


今まで警察やフェイルセーフのような治安維持部隊に銃を向けられることはあってもそれはあくまで鎮圧用の非殺傷兵器だった。

しかしこいつの攻撃は明らかに殺意を持っている。

お気に入りのパーカーはもうズタボロだ。


誰が作ったものかも分からないがこいつは人を、生き物を殺すために作られた兵器だ。そう思うと、俺は怒りが湧き上がるのを感じた。


(お前らな……こんなガラクタの後ろに隠れて……人殺しを……)


俺は銃弾を浴びながら一歩ずつ前に進んで行く。弾丸が放たれる辺りを睨みつけるが、ロボットの姿は見えない。

迷彩機能でもあるのだろう、それがどれほどの物かはわからないが、ただでさえ視界の悪い土砂降りの雨の中では効果てきめんに違いない。


俺は拳を振り上げ、地面を思い切り殴りつける。

拳はアスファルトを砕き、同時に凄まじい爆音が鳴り響き、衝撃波が周囲を駆け巡る。風圧に押され、雨粒の動きが一瞬、逆になる。

そして俺はバランスを崩しよろめくロボットの姿を捉えた。


俺は瞬時に距離を詰めるとロボットの胴体を鷲掴みにする。そのまま俺は数百kgはあるであろう鋼鉄の体を片手で軽々と持ち上げ地面に叩きつけた。

ロボットは激しく損傷しながらもなお動き続け、俺の股間を目がけて高圧電流のブレードを突き刺してくる。

しかし俺の「勃起」はその程度ではビクともしない。


俺はお返しとばかりに胴体に蹴りを入れた。

ロボットは宙を舞い、数メートル先に落下する。

地面に叩きつけられた際に装甲の一部が剥がれ落ち、内部構造が露出している。

そこにはコードやパイプが複雑に入り組んでおり、まるで生物の内臓のように見える。俺はロボットの体を掴むと、内臓を引き抜き、胴体を力任せに引きちぎった。

断末魔のようにシステムの異常を告げる警告音が次々に発せられ、ロボットは死にたくないとばかりに必死に銃を乱射する。


俺はのたうち回るロボットの頭部を踏みつけ完全に粉砕した。


「……くそっ!」

何でこんなにも腹が立つのだろう。

俺はここまで腹が立つ理由が俺自身にもよくわからなかった。

雨の中、俺は一人立ち尽くし、ため息をついていた。


俺の名はボッキマン。

ネズミ一匹のために機械を壊し、人々を傷つけ、自分自身を傷つける男。


それは機械に黙って処理されなければならないほどの事なのか?

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