第4話【悲報】ボッキマン、ネズミでガーデニングをはじめる その②

俺は子供から学生になるまでの間、サッカーをやっていた。

きっかけは単純だ、友達に誘われたからだ。でもそれなりに熱心だったと思う。


真面目に練習していたし、試合に出られるようにみんなが帰った後も一人でシュートの練習をしていたことだってある。

俺が入ったチームは弱小チームで大会なんか夢のまた夢。

それでも楽しかった。


そんなある日、俺はサッカーに関するドキュメンタリーを見た。

事故に遭い、一度はチームを去ったものの、リハビリに励み、再びフィールドへと戻ろうとする

キメタルデ・ピーケというサッカー選手を扱った番組だった。


フィールドでの派手なプレーとは裏腹に、地味なトレーニングをしているシーンが多かったが俺はそのひたむきさに惹かれた。

しかし彼は事故で失われたものを取り戻すことは出来なかった。リハビリは上手くいかず、彼は選手生命を絶たざるを得なくなる。


それでも彼は自分に課した目標のために淡々とメニューをこなそうとする。

やがてドキュメンタリーはエンディングに差し掛かった。


街中に出た彼はフードを目深に被り、黙々とランニングをする。

フォームを崩さず、淡々と同じペースで走り続けるその姿は街の風景や人々と完全に調和していた。

あれこそが彼の生き様であり、たぶん、彼の本性なのだろう、俺はそう思った。


それから、俺も走るようになった。彼と同じようにパーカーのフードを目深に被って。


ただ知っての通り、俺(ボッキマン)は走るとトラブルばかり引き起こす。

ひとたび走れば街の景観を損ない、人々は俺を見ると嘲笑する。おまけに調和どころか時には流血沙汰だ。

それが、たぶん、俺の本性なのだろう。


◆◆◆◆◆◆


インタビューの帰り道、俺は嫌な物を見た。


ネズミだ。しかし決してかわらしいものではない。

大きな体躯をした、いわゆるドブネズミと呼ばれる類のもの。

そいつは地べた必死に這いずり、目の前のゴミの山に隠れようとしている。


見るとネズミの腹は裂け、血まみれの内臓が飛び出ており細い腸のようなものが地面に垂れていた。

腸を辿ると、粘着テープを使ったゴキブリの捕獲器に続いている。どうやら罠にかかったようだ。

ネズミは粘着テープの上で必死にもがくうちに腹の皮が破れたのだろう。粘着テープにはネズミの千切れた指も数本貼り付いている。


まるでおもちゃのような、カラフルなゴキブリ捕獲器から遠ざかろうとする度に

ネズミの内臓は腹から引きずり出され、ドス黒い血と何とも言えない色の体液が辺りに散らばる。


それでもこいつは生きていた。

死にかけながらも必死で逃げようと足掻いている。

俺はそれを見ているうちに無性に悲しくなってきた。

こいつが生きている意味はあるのか?

「おい」

俺は無意識のうちに声を出してしまっていた。


何を言おうと答えが返ってくるわけがない。

ネズミは目の前のゴミを見つめながらピクピクと痙攣していた。

かわいそうだが何をしても助からないだろう。

俺はそっと人差し指をネズミの頭の上に乗せる。

「ごめんな」

俺は指に少し力を込めた。

グシャリ。

ネズミの小さな頭蓋は一瞬で潰れて脳漿が飛び散った。


気が付くと、俺はネズミの死体をビニール袋に入れて公園の池の周りを歩いていた。

その時の気持ちは今もよくわからない。

ただなんとも言えない後味の悪さだけが心に残っていることだけは覚えている。

あのネズミは何のために生まれたんだろう。


そんなことを思いながら俺は出来るだけ見晴らしのよい場所に埋めてやろうと決めた。

ベンチを見つけ、そこにゆっくりと腰を下ろす。

さっきまで晴れ渡っていた空はどんよりとした雲に覆われている。

門戸だっけ……あの編集者の言葉を俺は反芻していた。


『あなたはそんなに強いのに、もっと大きなことができるのに、

 どうしてそんな、まるで自分の価値を否定するようなことを言うんですか?』


バカな奴だ……俺はネズミの死体を埋める場所を見つけることすらできないんだぞ。

俺は立ち上がり、土を掘り返すための準備を始めた。

通りすがりの頭のおかしい変態が死にかけたネズミを殺して穴を掘る。

何の意味もない、自己満足にすぎない行為。


しばらくするとポツリポツリと雨粒が落ちてきた。

雨は次第に強くなり、大粒の雫がアスファルトを叩きつける。


ボッキマンは無敵の男。

岩を砕き、鉄を曲げ、犯罪者も治安当局も拳ひとつで叩き伏せる。

俺は無敵の力を使って穴を掘る。

ちっぽけなネズミの死体を埋めるために。


「市民、何かお困りのことはありませんか?」


唐突に誰かに話しかけられる。振り返るとそこにドローンがいた。

普段、街中で見るものよりも少々頑丈そうなドローンだ。新型でも出たのか。

「あなたの街の安全を守るドローンです。

 困っていることがあればなんでも言ってください」

ドローンは俺を見据えるカメラを軸に時計回りにくるりと回転する。


「……ネズミの死体を埋めたいだけだ。弔ってやりたい」

そう言うとドローンは俺の周りをグルグルと回り始めた。

「いけません!

 それは議会が定める都市公園衛生管理法第二十三条の二に違反しています!」

ドローンは甲高い声で俺に警告する。

「第二十三条の二!第十条の二の規定により、当局の許可を得ない……」

俺はドローンを掴み、川面に向かって叩きつけた。

凄まじい爆発音と震動と共に数十mの水柱が上がる。


しばらくすると粉々になったドローンのパーツが浮かび上がり水面を漂いながら流れて行く。

「はぁ……また面倒なことになりそうだな……」

俺はそう呟くとその場を後にした。

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