第3話【悲報】ボッキマン、ネズミでガーデニングをはじめる その①
俺の名はボッキマン。
機械だけが話相手の寂しい男。
まあな、ただの犯罪者だからな。今のところ。
ボッキマンはヒーローではない。
それでも俺の事を持ち上げる奴らがいる。
「チンコマンがフェイルセーフの連中をぶっ飛ばしたらしいぞ。
EXO(エグゾ)スーツなんか目じゃないってさ」
「なにそれ?そんなニュースなかったよ?」
「警察の面目丸つぶれだから規制されてるんじゃないの?
ニュースだと男が逃走したとしか書かれてないよ」
ドローンによる街頭の監視に比べるとネットの監視はまだ緩い、
SNSでは俺の話題で持ちきりだった。
EXO(エグゾ)スーツの性能を華々しく伝える動画の一方、
そのEXO(エグゾ)スーツをボールのように蹴り飛ばし、粉砕する俺の動画もまた拡散され続けている。
俺の動画は時間が経つと消されるがそれでも上げられるたびにそこそこのリプライがついている。
「あれだけの人数相手に一人で勝てるのかよ。さすがだな」
「え、クソスーツしょぼww」
「この人は最強だよ。常にチンコが立っている以外は欠点がないよ」
「チンコの人が着ているパーカー欲しい!メーカーわかる人教えてください」
「これエロ動画?
派手にやられるEXO(エグゾ)スーツのおじさんにムラムラしちゃいました」
「犯罪者の動画を上げるなよ。逮捕してくれと言ってるようなものだぞ」
「メーカーはアージスだ」
俺はそう呟くと、外の空気を吸おうとベランダに出る。
そこには雲一つ無い青空が広がっていた。
「こんにちは~」
女性の声が聞こえてくる。
見るとお隣さんが洗濯物を干していた。
「いい天気ですね」
「こんにちは、ご苦労様です」
俺は彼女と何気ない会話を少しだけ交わし、散歩するために外に出る。
本当にいい天気だ。
腕を振り、俺は駆けだした。どんどんスピードを上げていく、もう股間は勃起している。
風を置き去りにしながら、俺の体は空高く舞い上がった。
今日も俺の股間は絶好調だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
だが今日はそんな俺に食らいついてくる者がいる。
ドローンではないようだ。人間か?
俺はスピードを上げる。街並みが一瞬にして置き去りにされる。
一体、どれくらいの速度が出ているだろう。普通の人間どころか駆動型EXO(エグゾ)スーツでも俺には追いつけないだろう。
しかし、後ろを振り向くとそいつはまだついてくる。……若い男だ。
男は必死の形相で何かを叫んでいる。俺はわざとスピードを落とし男を観察する。
男はゴーグルと人工呼吸器が一体になったようなものを頭に被っていて、目元からは苦しさがうかがえる。
顔色もよくないし呼吸も乱れているようだ。
「ハァーッ、ハァーッ、待って!待ってください!待って……」
俺は男の方を向き、ニヤッと笑ってやった。
すると男の顔がさらに青ざめる。
「待って、くだ……取材……」
取材……?俺は再び加速した。
もちろん全力ではないが、それでも並の人間の足じゃ絶対に追いつけないだろう。
男は死に物狂いで食らいついてくる。そして何とか声を出そうと苦しんでいる。
「あああぁッッ、取材をぉおおおぉッ!、しゅざい、……ゴハッッ、ゴハァッ!」
そんな彼を尻目に俺は振り返らずに告げる。
「俺はボッキマン。お前は?」
その瞬間は男は脚がもつれて転んでしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目の前に頭から血を流した男が横たわっている。
男の服は泥にまみれ、破れた部分からプロテクターのようなものが覗いている。
男は意識はあるようだったが、息がひどく乱れている。
普通の人間のようだが機械か何かの力を借りてここまで来たのだろうか。
「……病院に行くか?」
俺は思わず聞いた。
「ハァ、ハァ、ハァハァ、……ゼェ、ぜぇ、け、結構です……」
男は地面に手をつき、よろめきながら立ち上がった。
数分後、ようやく息を整えた男は俺の勃起(ボッキマン)を見てぎょっとしていたが、すぐに気を取り直して自己紹介をはじめた。
「僕は月刊『モンドリューツ』の編集長兼ライターの門戸流都(もんどりゅうつ)です。
よろしくお願いします」
俺は服を整え、首の後ろに手をやる。
「雑誌の記者だったのかよ。でも、悪いが聞いたことのない雑誌だな」
「……はい、読者は一人しかいませんから」
「まさか読者まで兼任してるんじゃないだろうな」
「いえ、違いますよ!読むのはその、身内です……」
なんだそれ?俺は首を傾げた。まぁ、どうでもいい話か……。
「それで、あんたは何が知りたいんだ」
そう告げた途端、暗かった男の顔がパッと一気に明るくなった。
「取材を受けてくれるんですか!ん!ありがとうございます!」
「家を教えろ、名前を教えろ、写真は撮らせろはナシだぞ」
「はいっはいっ、それはもう!!ええと、あなたは……」
「ボッキマンだ」
「ぼっ!?ボッキマンさん、あなたは何故ドローンを破壊しているんですか?」
「別に壊したいわけじゃない。あいつらが付きまとってくるからだ」
「では、フェイルセーフの部隊を単独で制圧したというのは本当ですか?」
「ああ」
「……何故、襲われてまで走っているのですか?
あ、いえ、すみません!答えたくなければ無理にとは言いません」
「交通費が浮くから」
「え?」
「だから交通費が浮くんだよ。走ってる方が」
「……何というかこう、あなたにとって……んんっ」
門戸は一呼吸置いてから言葉を続ける。
「あの……戦うことだったり、その走ったりするようなことに……ん!
メッセージのようなものは含まれてはいないんですか?」
「何もない。強いてあげるなら走ると気持ちいいぞ、くらいかな」
それを聞いた門戸は信じらないといった感じで俺の顔を見る。
しばらくして彼は悲しそうに笑いながら口を開いた。
「は、はははははは……。
そんな、もっと、あるでしょう。だってそんなにも強いんだから、
いいことをしたいとか、弱い人たちの味方になりたいとか、そういうのが……」
「ない。
そもそもいいことがしたかったら物を壊したり人を殴ったりするんじゃなくて
地道に働けばいいだろ、それに……」
「ふざけないでください!!!」
俺の言葉を聞いたその瞬間、門戸の顔が怒りに染まった。
「なんでそんなこと言うんですか!?
あなたはそんなに強いのに、もっと大きなことができるのに、
どうしてそんな、まるで自分の価値を否定するようなことを言うんですか?
そんなのおかしいですよ!」
俺は黙って聞いていた。
門戸は両手を広げて俺に詰めよる。
「この街を見てください! 大企業の干渉が政治にまで及んでいる!
議会は名ばかりで政治はただただ資本効率的なことばかりを追求している!
人々は、この大企業の手で歪められた社会に疑問を抱かない、
いや疑問を抱いたとしても!企業に人生を雁字搦めにされ、
それが、んっ、行動として表に出ることはない!
ひたむきさ、優しさ、真面目さ、人々の善性や道徳は、
資本を回収するためシステムに組み込まれ、この大企業支配を……」
熱弁する門戸の目にいつのまにか涙が滲んでいた。
「おい、お前がしたいのは演説じゃなくて取材だろ」
俺は遮るように言った。
すると、我に帰ったのか門戸は顔を赤らめながら俯いた。
「す、すいません。つい興奮してしまいました……」
「俺は好き勝手やってるだけだ。
あんたが聞いて喜ぶようなことは何も考えてない」
俺はそう言うと踵を返す、
門戸はまだ何か言いたげだったが代わりに俺は一つ質問することにした。
「俺からも聞いていいか?
読者って誰なんだ?その、身内の人間って言ってたが」
「僕の……父です……」
「そうか」
それ以上は何も聞かず、俺は駆けだした。
門戸は取材を!と大声で叫んでいたが無視しておいた。
次の日も、そのまた次の日も俺は街を駆け回るだろう。
股間を大きくしながら。
そんな俺の事など誰も知りたくはないだろう。
……ただ、実を言うと俺は嘘をついている。
何が嘘かって?
それは、本当はそれなりに理由があって走ってるってことだ。
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