第24話 起源の章

【とう様、やめてくれよ】


 師走は慌てて、さつきに向かって叫んだ。さつきは平然と


「海底と湖底に入って危殆を飛ばせ」


「は?とう様、底ってどれくらい深い底?深海?俺たち死んじゃうよ」

「そこが、一番マントルに近い」


「マントルに穴開けたらまずくないの?」葉月もこわごわ聞いた。

「穴を開けないで刺激だけでいい、P波のように」


「P波って、地震を起こすのか?そんなもん簡単にできないだろ」


 さつきと師走。葉月で言い争うように騒ぎ始めたので、慌てたように、水族は続けた。


「いえ、マントルへの刺激は必要ありません。その壁を修復するのには、危殆が必要です」


「そうゆうことか、地下までどうやって行くのさ」

「白イワナが安全に連れて行きます」


「帰りは?」と正敏お爺ちゃんが重たく尋ねた。


「もちろん修復が済めば、白イワナが送り届けます」

「それは、無事に送り届けてくれるのか?」


「お約束します」

「とにかく、即答はやめよう。一度、検討してもよろしいか?」


「はい、それはもちろんですが、その壁に行くために、かかる時間も考慮してください」


 深いため息を吐きながら、それぞれが帰りかけた時、今まで一言も話しをしなかった長月が


「文月叔母さん、仕事の話があるのだけど…」


 文月の目を見た。文月はかた頬を少し上げ、関心がなさそうに、長月から視線をそらせ「ええ、後で」と答えた。


 その様子に、おばあさまは


「さつき、葉月と師走を交え、みんなと細かな打ち合わせをしないといけない。日向さんが疲れたようだから、私たちは場所を変えましょう」


「そうだな、おねえ様、あとは任せてよ」

「うん、よろしく」


 文月は興味がなさそうにうつろな声を出した。


 皆が部屋から出ていくと、長月は出ていくふりをして日向の視線が届かない部屋の隅の椅子にしずかに座った。文月は、それを確認すると、日向の方を向き



【まだ、話を続けられますか?】


「ええ」

「昨夜の葉月の話を聞いていましたか?」


「ええ」

「あさぎ池から聞こえてくる声は、あなたの仲間か、もしくは古族ですよね」


「そうです」

「なぜ、あなたは古族のいいなりになっているのですか?」


「えっ」

「まず、話を整理しましょう。間違っていたら教えてください」


 文月は、長月に視線が行かぬように、日向の横に座った。


「神牧は人類が入れ替わるのを察知して、古族のターゲットである私たちを見つけて、消滅させる。または古族の手札をなくすことが本来の目的だったのでしょう。戸和を殺して、お腹の子供を助け出したのは、軍平ではなく姫だったのでは?それに、私と日向、二人の出会いは古族の意志だったのでしょう。

 川に流された時、足をすくわれ、誰かに運ばれていくのを感じていた。いくら日向がいたとしても、あの長い距離を流され、滝から落ちて、無傷はありえない。あなた達がかかわっていたのでしょう?」


「よくわかりましたね。すべて正解です」


「神牧によって滝壺に沈められた戸和のからだから、息子の如月に水族が入って、遺伝子操作をするつもりが、姫の介入で日向のように睡眠時だけ、エラ呼吸するようになり、完璧な新人類をつくりそこなった。

 そして、私は、白イワナがかかわって、致命的な傷を負った。本来だったら、私に入り、お腹の中の卯月の遺伝子操作をするはずだった。それを日向が繕いをしてしまったので、仕方なくあたしではなく日向の中に入っているとすると、両者とも完璧な遺伝子操作が出来なかった。それに神牧は、すでに不要だった?」


 水族は深く頷いた。


「そうです。じゃまになった神牧をはじめ、その兄弟たちを消滅させるために、白イワナがいました。白イワナも古族のひとつです。

 地球が出来上がった瞬間に命をもった古族はこの星を維持するために存在しています。私たち水族は古族の意志により動いています。

 古族は、退化して脅威となってしまった人類を進化させるために、いくつものトラップをかけて、そのトラップにかかった人を水中で生きられる人類の母とするべく動いています。文月さん、私にはどうする事もできません。疲れました」


「人類である地族も水族も、この地球の都合によってすべてが決まる」


「都合というより、退化した人類が地球を無分別に古族を脅かしているという方が正解です。古族が死んでしまえば、あなた達も生存することは難しい。この星はひとつであって無数の古族のものであり、すべての命でもあるのです」



【それだけ話すと日向とともに水族が眠りについた】


 文月と長月は目で合図すると、静かに部屋をでた。長い廊下の先にあるガラス張りの滅菌面会室に入っても長月は部屋の中を歩き回りながら


「水族がいうように、地球自体が意思を持ち操作が出来るのなら、自然災害や気候変動というのは、トラップの一種なのかしら?古族が仕掛けるトラップを慎重にくぐり抜けた者だけが、無事に人生を全うできる?生き残りをかけた人生ゲームじゃあるまいし、人類の根源である、自己の意志で、考え行動する事を全否定している。不愉快だわね」


「そうだけど地族である我々が、地球を汚染しているのも紛れもない事実だわ。地球がリセットを望んでもおかしくない」


「まあ、そうかもしれない。今回の事も繕い師の手助けが本当に必要かどうかも、怪しい。水族、古族は葉月と師走を殺し、卯月を水中で生活できるエラを持つ先祖帰りをした人類の母にするつもりだよね。人類入れ替えをもくろんでいるということでしょ。でもどうして、人類を滅亡させないのかしら?地球にとって、人類を滅ぼす事が出来ない理由があるのかしら?疑問だわ。

 古族の言っている摂理とは、地球この星を活かすため、バランスを保つために用意されている。そして、白羽の矢がたった、我々の子孫が神牧のように、奴隷のように使い捨てにされるということよね。それで文月叔母さんどうするの?なにか考えがあるのでしょ」長月は淡々と聞いた。


「長月はただひとり、藤代家の血が濃くて思惟に振り回されないから、正確な状況分析が出来るわね。私もそう思う。理屈の通らぬ話は、すべて彼らの都合が関与していると考えてよいだろう。姫もきっと我らと同じように考えていたに違いない。だから、戸和に入り込んだ水族をいぶかしんだ姫は戸和を殺して、如月を救い、古族、水族、神牧とも縁を切ろうとした」


「伝承の仙才鬼才というのは、地球の事だったのかしら」


「さあ、まだわからない。ただ、姫が滝周辺をさまよったっていう話も、姫は、戸和になにが起こったか、調べていたのでしょう。水族と話しをしていたそうよ。よく考えれば、私たちの先祖がショックを受けて、さまようなんてあり得ない。きっと、調べたうえの結論として姫は自分が自害する事によって、地球の仕掛けたトラップと、一人で戦うことを選んだだけよ」


「文月叔母さん、葉月と師走、二人とも、生き残れれば、卯月の母の役目を回避できないかしら?」


「多分、地球は今の人類を死滅させても、必要であれば新人類が出来る算段をしているはず」


「AがだめならBを用意していると、いうことでしょ。そして、トラップのひとつとして、私たちに、エラのある師走と葉月、卯月とそれ以外、どちらを殺すか?という選択を迫っている。はっ、よくやってくれるわ。残酷だわ」


「この先は、ともかく、今はそのトラップを回避するために、古族が期待している答え以外を出さないと。長月、いまのところ日向は葉月、師走以上に危殆が強く、地球を壊せるほどの力がある。日向であれば、古族はなにも口出しできないはず。そして葉月、師走の二人が生き残れば、古族の人類入れ替え計画は阻止できる可能性があるわ」


「人類を入れ替えするのに、繕い師が邪魔?ということか…。でも…文月叔母さん」


「うぶすな神の私が、二十年も、ただ時間を費やしてきたわけではない。彼らにとっては一瞬でも、私たちにとっては、根気のいる事だわ。必ず成し遂げる」


「予測をしていたの?」


「そうよ、神牧の事を知ってから、藤代家は全員、人類を操る存在があるということを理解している。今は、浅葱家には知られないようにしてね。彼らの思惟を古族や水族に読まれてしまうと厄介だわ。地下の湧水槽なら、ろ過装置があって、水族も入れない場所よ。打ち合わせは慎重にね」


「でも、時間がないな」


「長月、最小限度でいいの、勝負はすぐにつく。後は頼んだわ」


 長月は、文月の言葉の意味を悟ったように、ながく黙って見つめていたが、唇を強く結んでから「了解」と小さくつぶやくと、小走りに去っていった。



【数週間後、地の窟で】


 日向と葉月の周囲を白イワナが泳いでいる。あさぎ池の中からの声は徐々に大きくはっきりと聞こえる。


 その詩は水流のように白イワナに渦を巻くようにまとわりつき、白イワナは分解され真っ白い渦となり、葉月と師走を包み込んだ。


 地下に辿り着つくと、包み込んだ分身は一度巻き上がり、雪のようにふあふあと降って来た。葉月と師走はその雪のような物体を眺めていた。


『きれいだけど、なんだ?これ』


『それが古族、私であることは理解されているはず』



【これが古族なの?】


『地下に潜るとき、白イワナは分解して分身が僕たちをベールのように包んで怪我無くここまで来られたのは、古族の正体がこのふわふわだから?』


 葉月はおもしろそうに、眺めている。


『いえ、そうではありません。私は一つであって無数です。形状は様々です』

『なるほど』と、葉月は納得した。


『おい、なにを感心しているのだよ』


 師走は腑に落ちぬように、周囲を見回している。


『いずれは、この星は、一度は水中に沈みます。しかし思ったよりもはやい速度で岩盤がこわれはじめています。あなた方を呼んだのは、卯月さんの子孫が水中で生活できるように、人類を先祖帰りさせる時間が必要です』


『卯月がどうしたって?本人の同意も得ずに勝手に決めたのか?それは、お断りだろ』


 師走は古族の言葉にあり得ないという風に否定した。


『私があなた達に同意を求めると思っているのですか?摂理は私の意志で決定されます。人類以外のもの鳥類など水中に潜れる機能を持つ者を作っています。いえ、戻す作業をしています』


『摂理とは神の事か?』


『いえ、道理の事です。しかしあなた方が唯一無二の存在である私を神と呼びたいのであれば、それでもかまいません』


『神は天ではなく。地下にいたのか?』

 師走と葉月は顔を見合わせた。その二人を気にも留めず、古族は


『その壁が壊れかけていて、その修復が必要です。そのために繕い師が必要です』

『ようは危殆が必要なのか?』


 師走は不愉快そうだ。


『そうです。人類はその機能を長きにわたり、遺伝子の中に隠し安定させました』

『俺たちを呼び出さなくても、神なんだから自分でやればいいじゃない』


『残念ながら、私は思考をもったただのアミノ酸です。ものを壊すほどの電気信号を体の中に蓄電が出来ません』


『なんか、気に入らないな』



【この亀裂が、広がってしまうのは、一か月後です】


『古族の私が存在をしていれば、あなた方はここにいる限り、酸素もあり、命に危険はありません』


『おい、古族さんよ亀裂を埋めたら帰っていいのか?』


『もちろんです』

『こっちの水路はもとに戻れるのか?』


『はい、流れに乗れば太平洋に出ます』

『太平洋って広いだろ?』


『白イワナの分身が水路を使って、家に帰します』

『向こう側に水路はあるのか?』


『ありません』


 師走と古族が話している間に、亀裂周辺を探っていた葉月は、師走に


『おい、両方から危殆を打たないとこの亀裂は埋まらないのじゃないの?水路に一度入ってから、空洞の内側に入る。入ったらそこから上を崩して口を閉じるのだろ?

 中とそっちと同時に危殆を打って、割れ目を閉じるのか?昔やった危殆遊びのように、上から小さく危殆を打ちながら、徐々に離れればいいのか?しかし、最後打ち込んだら瞬時に崩れるだろ、どちらかが、逃げられないということか?』


『そうか?ひとりは閉じ込められるという事だな。中で二人で大きく打てば、どうなる?』


 師走は古族に尋ねた。


『一番、確実な方法ですね』

『古族さん、確実って、二人とも帰れないってことか?』



【なにもしなければどうなる?】


『これほど大きな空洞が崩れれば、地球規模の大きな地震となるでしょうね』


 葉月が慌てて


『ここにいたら俺たちは危ないだろ。帰っても地球規模の災害だ』


『水中で呼吸が出来るのは俺たちと卯月だけ、親近相姦は嫌だぜ』

『師走、そこか?まあな、人類自体が生き残る事はできないな』

 

 葉月がため息をつき、座り込んだ。


『俺たちにとって最善のみちは、一人だけでも生き残るということか?じゃんけんでもするか?』


 師走は状況を否定するようにおどけてみせた。



【どれくらいの時間が経過しただろうか?】


 導き出せない答えに、日向も師走も苦悩していた。どんな答えであっても後悔するからだ。迷宮に閉じ込められたまま、二人はただ時間を過ごしていた。


『それは、私たちで』


 突然に懐かしい聞きなれた声がした。後ろを振り返ると、フェイスプロテクションをした文月がいる。


『文月叔母さん?』


『はーい!』やたらと元気だ。

『かか様!どうして?思惟で話せるの?いや、とと様?』


『はい、日向をおんぶしてきました!』


 文月の背中で日向の長い赤い髪の毛は、三つ編みにされて、文月のからだに巻き付くようにしっかり固定している。



【かか様!】


『日向と一体型フェイスプロテクションを長月が開発しました!』


『長月?世の中、聖人君子などいない!と言っているお前が一番、聖人君子の長月?』


 師走がひどく驚いた。


『なんだよ、それ?』


 葉月が師走のわかりにくい説明に突っ込むと


『あいつったらさ、なにかにつけて、聖人君子を嫌うのだ』

『なんで?』


『知らないけどさ、でも、あいつって、近寄りがたいほど、絵にかいたような聖人君子だろ。あいつが動いたのなら、誰もなにも文句は言えないというか、長月を動かすなんて、文月叔母さんって、さすがに最後のうぶすな神だな。しかし、嬉しそうですね』


『ええ』


 文月は得意げに、後ろの日向に頭をこすりつけている。


『とと様と一体がそんなに嬉しいの?』


『うん、この五年間、あまりくっついていられなかったから』

『はあ?』


『寝たきりになる前は、日向が水族を押し込んで調整ができたけど、寝たきりになってから水族の人ばかりで、ながく日向とゆっくり過ごしていない』


『ああ、そうだったの、それで僕とも話をさせてもらえなかったのね』


『うん、水族の人に、ここに連れてきてもらったのだけど、さっき、水族の人が離れて、やっと日向と二人きりになれた』


『おお、なるほどね』


『病院と感取放と第三の呼吸器、武器を一度にゲットしました。片手しか使えないのが難ですが…。思惟で君たちとも話せるし』


 左手を見せると、文月の左手と、背中の日向の右手は、重なるように固定をしてある。


『いつから作っていたの?』師走が聞くと


『家族会議の後からだよ』と文月はいろいろなポーズを作りながら答えた。


『あの時、長月が残ったのはそういうことか?長月ってほんと頭がいいからな、すごい物を簡単に作るよな』


『かか様!』


 かなりハイテンションでポーズを取っている文月に、葉月は苛立った。



【とと様はいるの?とと様?】


『はい、おりますよ』と日向の思惟が届いた。


『かか様がこんな危険な事をして、黙ってやらせていたの?』


『葉月、お前、自分の母親の事を理解していないようですね。まあ、とかく親子はそんなものでしょうが』


『とと様!』


『止められるなら、とっくに止めています』

『日向叔父さん、いいのか?』


『代役ではなく、一緒にするので、止める理由がありません』

『なんの、代役?』


『繕い師の代役として、藤代家の人が犠牲になる事』と文月は嬉しそうに答えた。


『なんの話?ひょっとして、姫のように代役をするのではなく、二人でやるから問題ないってことか?しかし、危険すぎるでしょ』


『まあ、ここは、私達におまかせなさい。ここに、居てくれてよかった。途中の岩盤で思惟が遮られ、あなた達の居場所を見つけるのがとても大変で、不安でしたが…』


『ほんとです!』日向も同調した。

『二人ともその軽いのりはなぜ?ピクニック気分ですか?』



【あなた達はこれから】


『すぐにお帰りなさい。みんな地上で待っています』


『しかし、それだと日向叔父さんと文月叔母さんが』

 師走は怒ったように声を荒げた。すると、にっこり笑った文月は


『よく聞きなさい。琴絵ママンも身代わりで日向と滴さんを助けた。子供を守ろうとするのは、親の本望。それに、水族も命の限界で、日向は生きられない。

 弱った水族を里に返してあげたかった。それに、長く繕いをしてもらっていたせいで、私自体の自己治癒力が落ちてしまい、私は日向がいないと、風邪をひいても危篤になってしまう。

 二人で協力しなければ、何もできない今の日向と私は、もうすでに長く生きる事は出来ないの、それだったら、日向と意識を一つにして、誰かの記憶の中で生き続けたい』


『そんな事出来るかどうかわからないでしょ。それに、あんた達の記憶はいらないかも…』


 葉月は苦しそうに吐き出した。そんな葉月を愛おしそうにみつめた文月は


『まあ、そういわずに、キミたちは、日常の生活が出来るでしょ。隠れ住む事はしなくていい。私たちは、誰にも知られない最後の繕い師と最後のうぶすな神なのだから。平安時代からの悲しい物語は、ここで終わるのよ。これからは…』


 文月がいいかけ、葉月が遮った。



【とと様】


『なんでしょうか?』

『あのさ、突然の事で俺、なんと言っていいかわからないけど』


『なにも必要はありません。文月がいなければ、葉月と卯月は蜃気楼のようなものでした。家族の笑顔に囲まれた記憶があるだけで幸せ者です。葉月にはその時間は必要ないものでしたか?』


『必要だよ。いや、なくてはならない時間だった』


『人は、心が苦しい時間よりも、そんな笑顔になれる時間を集めながら成長します』


『うん』


『師走君、葉月これからは、長月を中心に、なすべきことをなさってください』

『日向叔父さん、これから何が起こるの?』


『それは、私も文月もわかりません。今は文月と長月の推理が正しいと思っています。すべてはこれからです』


『推理って何さ』


『容赦のない、人類を操る存在があるという事』

『なに?それ』


『師走、今はかんがえる時間ではないの。師走、葉月、まずは二人が無事に帰る事が優先よ。白イワナの分身ってどこにいるのかしら、約束通りに無事に帰してね』



【そこまで、話すと】


 文月はキョロキョロとあたりを見回し、


『日向、こっちの中から危殆を打てばいいみたい』 

『そうですか?視覚はすでに使えなくなっているので、文月あなたに任せます』


『あら、そう、そういえば日向って、一度も私の事を好きだって言わないよね』

『えっ、また、唐突に…』


『ちょっと待った。ごまかしはなしです』

『言わないといけませんか?』


『当たり前でしょ』

『あっ、その思惟はやめてください』


 ふたりは思惟で会話をしながら水流の中に消えた。


 とりつく暇もなく、呆然としている葉月と師走を、白イワナの分身が渦をまき、抱え込むようにして移動を始めると水族の声がきこえた。


『衝撃波があります。力をいれずに白イワナに身をゆだねてください。あなた方は白イワナが守りますので、無傷です』


 しばらくすると、大きな衝撃波が起こった。その波にのって、白イワナはスピードを上げた。


『おい、葉月、あそこに残っていたら、二人とも生きて帰れる保証は無かったな』

『そうだな』


『なにを二人で悩んでいたか、わからないよ。文月叔母さんは、この事を知っていたのかな?』


 その師走の問いかけに葉月は、黙ったままだった。



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