第五章 起源…すべてが怒の地球による人類入替計画だった事に気がついた文月と長月。阻止して生き残れる繕い師はひとりだけ…。そのとき「うぶすな神」が動く。

第23話 眠り赤竜命星(ねむり あかりゅうめいせい)の章

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登場人物・霊ろ刻(ちろこく)物語 字引 (ブラウザのみ閲覧可)

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【二人とも日向と同じ赤い髪をかきあげながら】


 葉月と師走が戸和の祠から出て来た「どうだった?」白髪が少し混じって来たさつきは、頭を掻きながら聞いた。


「水量は増えているな。水路が詰まっている感じ、水が重たい」師走が答えた。


「最近は大雨も降っていないのに、変だよな」


 葉月も困惑している。さつきは、うん、うんと頷いている。


 戸和の滝の攻防から二十年。


 地質学を専攻したさつきが、水路管理をしている。最近水量がひどく増えている事を気にして、葉月と師走を呼び寄せた。


 少し、考えていたさつきが二人に向かって、


「いや、お前たちさ、このままでは、マントルの動きが、止まるみたいなのだ」

「あっ、そう」


 師走は、さらっと答えた。葉月は頭を拭きながら


「さつき叔父さん、それ、止まるものなの?」


 聞くとさつきは、ひどく興奮した様子で、電卓をたたき始めた。


「なんだよ。唐突に」

 葉月は面白そうにさつきを観察している。


「文月叔母さんも、とう様もおばあ様も思惟が全く読めないから、いつも、びっくりさせられるわ!亡くなったひいおじい様もすごかったけどな」


 師走と葉月は、ふたりで大笑いしている。


 葉月は一通り笑い終わるとさつきに

「大丈夫?さつき叔父さん、話が大きすぎる。心配しちゃうよ」


「ほんとだよ。日向叔父さんも、寝たきりになって五年だろ、心配の種がつきないのに、とう様までやめてよ」


「ほんと、俺たち、どの親が本当の親か、わからないくらいごちゃごちゃで育ったけどな、四人の親のうち、子供達に心配かけないのは滴叔母さんだけだ、な師走」


 葉月は師走に同意を求めてまだ笑っている。



【すると、さつきが真面目な顔で】


「おい!冗談はそこまでにして、出来るか?」

「俺たちがやるの?二人で?なにをどうやって?」


 驚いた葉月が悲鳴に近い声を上げた。


「水の中ではなくて、地中に潜れと、いうの?」


 師走はまさかと思いつつ、恐る恐る聞いた。葉月は思ってもいなかった師走の言葉に半分笑いながら


「無理だろ、俺たち水陸両用で、危殆も思惟も調節できるし、繕いも出来るけど、まさか地中に潜れって、さつき叔父さん、笑うわ!」


 子供達の反応を無視して、さつきは

「この祠の湧水槽の下にある霊の窟から地殻へいく道がある」


「あるって?」

 葉月は馬鹿にしたようにフッと笑い、師走の方を向いて聞いた。


「師走は知っているの?」

「知らないよ」


「泉の屋、湖、戸和の滝の三つしか道はないよな」

「うん、おれもそれしかしらない」


 師走と葉月は互いに確認した。さつきは、そうそう、と一人納得しながら


「あのさ、あさぎ池ってあるだろ」

「あるよ」葉月が答えた。


「その池の真下の底にあるみたいなんだ。まだ確認はしていないがな」


 師走と葉月は顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。


「俺さ、ずーっと地下水路の研究をして十五年くらいになるだろ」

「うん、そうね」師走は話を聞くふりをしている。


「最近、地殻と通じている水路が地球上で数か所あるとわかったんだ。そのうちの一つがここなんだ」


「ホントかよ。とう様、最近疲れてないか?」


「ああ、ホントかどうか見てきてくれ」


「えー?ちょっと待ってよ。さつき叔父さん、その水路を下って、地殻に繋がっているか俺たちが、見に行くの?」


 葉月は信じられないような声をだし、師走はまったくなにも考えない、さつきの言葉に呆然としていた。


『さすが、姫と豪族の子孫だ。目的の為なら、手段を選ばないな』

 師走は葉月に思惟を送った。


 しばらく沈黙があった後、葉月が、師走の肩を軽く揺さぶり、思惟で話しかけて来た。


『おい、聞こえるか?』

『えっ、ああ聞こえる。最近多い、お前も?』


『うん、この下から聞こえてこないか?』


 師走は葉月の言葉に、手を挙げた。ミズナラたちは、それまで、楽し気におしゃべりをしていた思惟を止めた。


『そういわれてみれば、この下のような気がする』


『とりあえず、あさぎ池の底を見て来るか?』

『そうだな』


「とう様、あさぎ池の底だけ確認してみるよ。だけどあの池、わりと深くて、底までいった事がないよな葉月」


「うん、さつき叔父さん、僕達で見て来るよ。でもあまり期待しないでよ」


 さつきは、子供達の言動が気に入らずに難しい顔をして怒っていたが、嬉しそうに急にニンマリと笑った。


『飛行機のように地球上で同じような研究が、ほとんど同じ時期にされるのは、思惟が送受信されるからだろ』


『そうだろうな』


『さつきおじさんが研究すると、他の人に話さない限り、誰も知らないって事になるのか?』


『そうだな、思惟は洩れないからな』


『それって、世紀の大発見だったりして、なんだかわくわくするよ』

 葉月は面白がっている。


『かもしれないが…』

 師走は戸惑いを隠せない。その様子に、葉月が気が付いたように


『そうか摂理の範囲では、個を対象としていない。大勢の中ではAがダメならBと常に誰かがやるように準備されているはずだが、思惟が発信されていないということは、選択肢はひとつ。他に準備がないということか…』


『たぶんな』


『あー、さつき叔父さん、とんでもない事をしてくれたかな?』


 師走は、黙って頷いた。葉月と師走は、状況が良くつかめないまま、少し引き気味だ。


 水中のあさぎ池は紫外線によって、薄いエメラルドグリーンで揺らいでいる。あいかわらず、幻想的だ。師走はあきらめたようにあさぎ池にむかって潜り始めた。


『おれ、このあさぎ池が好きだよ』

 その師走の後ろから葉月が潜る


『俺も、俺たちと妹の卯月しか、みれないからな、もったいないと思うこともあるけど』


『うん、昔、日向叔父さんと文月叔母さんが、二人で潜っただろ?』


『そうだな、水中で夫婦喧嘩していた』

『あの時の記憶は鮮明に残っている』


『俺たち、泉の屋の湧水槽しか潜った事がないのにさ、かか様の命令で強制的に潜らされた』


『そうそう、初めて、ここに来たのは、文月叔母さんの衣類の回収作業』


『あさぎ池の横にある、湖に出るこの水路にだったよね』

『うわー。思い出すわ。暗くて、怖かったよな』


『おーほんと。でも俺さ、師走がいたからさ。ひとりだったら泣いて抵抗していたよ』


『俺もだよ。あの藤代姉弟は、ハードだよね。それにしても、二人でここまで来たのは、久々だな』


『あのあと、とと様は体調がよくなくて、ほとんど水路は使わなくなった。僕たちは、思惟も第三の呼吸器も、自由自在に自分の意志通りに使えるので、水路は必要なくなったしな』


『日向叔父さんが戻ってきたら、使えるように交代に水路チェックしているだけだからな。早く良くなるといいな』


『ああ』

 気乗りはしないものの、ふたりはのんびりと思惟で会話しながら、あさぎ池に到着した。


『あさぎ池の表面近くに、戸和の滝から流れて来る水路があるから、この下なんて興味がなかったな』



【師走は深くため息をついた】


『ああ。一種の移動手段だからな、暗くて怖いから探検する気もないしな』


『ほんと暗いな、ローソクランタンを点けるか…。師走、やってよ』

『いいよ』師走は、フェイスプロテクションを装着した。


『お!これいいね』


『おお、日向叔父さんみたいに、杖を持たなくても額のカセットにローソクを入れるだけ、よく見えるだろ』


『いいな、おれも欲しいな』


『長月がお前のも注文してある。まあ、俺たち金属が使用できるから、赤毛だけど日向叔父さんみたいに長髪でなくてもいいしな』


 ふたりは、笑いながら潜っていった。しばらく行くと、底近く渦をまき下に吸い込まれていく流れがあった。


『おい、葉月、下に向かって流れがあるよ』


『ほんと、ゆるやかだな?』

『おい、よく考えてみれば、最低でも二つの山の水系がここで、一つとなるだろ?』


『うん』

『そうとうな、水量だろ?湖に流れる水路だけでは、足りないだろ?』


『そうだね。地殻まで行くかどうかは、わからないけれど、さつきおじさんの勝ちかもしれない』


 葉月は急に楽しそうにしている。どうやら興味が出てきたようだ。



【おい、葉月】


『うん?確かにこの下だ。声がこの下から聞こえてくる』

 師走と葉月は固まった。しばらくの沈黙があり、葉月が


『師走、昔、繕い師が地震を起こした時、岩盤が壊れたことを地下から聞いたという話があったろ?』


『ああ、あったな。そのことと関連しているのかな?何と言っているのか、わかるか?』


『誰かの思惟だけど、意味がわからない』葉月は首を横に振った。


『師走はわかる?』

『いや、俺もわからない』



【その時、文月の思惟が入って来た】


『今、二人ともどこにいるの?』


『あさぎ池の底だけど…。文月叔母さん、どうして?』

『また、とと様を使っているの』


『うん、他に方法がないから』


『まあ、そうだろうけど』師走はあきれたような顔をした。


『さつきの話を君たちから読み取ったのだけど…』

『さつき叔父さんの考えていることは、誰もわからないからな』


 葉月と師走は顔を見合わせた。


『二人とも、いえ、全員、横浜に集合できる?』


『えー。横浜に?』


『日向が寝たきりで、ここから動くことは出来ないから』


『なにかあったの?全員招集?藤代のおばあ様も?』

『ええ、滴さんも卯月も早急に集まって欲しいのよ』



【招集日前夜】


 葉月は横浜の文月と日向の部屋にいた。

「かか様、何か困っている事ある?」


「特にないかな。電子レンジが使えないくらいかな?」

「かか様、専用の電子レンジね」葉月は優しく微笑んだ。


「葉月、代わりに暖めてよ」


 文月はミルクが入ったコップを葉月に差し出し、水槽に入って眠り続ける日向の赤く長い髪に指を絡ませていた。葉月はそのコップを受取ると左手の危殆で温めて、文月に手渡した。


「あら、丁度いい感じ」

「うん、温度を確認しながら温めるからね」


「日向は、危殆の出力を調整するのが難しいと言っていたけど、あなたはそんな事も出来るの?」


「そうだね。僕と師走は出力の調節も難しくないし、周囲の温度もわかるし、危殆を無意識に打ち込んで誰かを怪我させる事もない。そのほかにも父さんとはずいぶん違うな」


「どう違うの?」


「繕いも、とと様は、右手で触るものすべて繕いをしてしまうけれど、僕と師走は、繕いをしたいものを自分で選択できるし、睡眠も水中でも陸でもどちらでも呼吸が出来る。感取放が敏感になりすぎて、他人の思惟が暴走する事もないから、とと様みたいに苦しくなる事もなく、健常人と一緒に生活が出来るから随分と違うと思う」


「そういえば、白イワナに傷つけられた私の繕いをした時に、正敏お爺ちゃんと話をしたことがあるわ」



【回顧】


「ねえ、日向うちの子たちはいったい何をしているの?」


 ガラスの部屋の窓ガラスを全開にして、梅雨前のみずみずしい風に痛めた体を預けている日向に文月が外の様子を不思議そうに見つめて聞いた。


「さあ、重力と戦っているのでしょうか?」


「どうやって?」

「危殆を打ちこんで、その反動で飛びあがっているようです」


「そんな事が出来るの?」


「いや、実は二人が始めたことなので、以前、私も挑戦しましたが、やはり体重と重力の問題でしょうか?なにか違うようで」


 その時、正敏お爺ちゃんが帰って来て声をかけた。


「調子はどうだ。びっくりしたがとにかく無事だったから何も問題はないけどな」


「ああ、父さん、よいところにおいでになりました」

 日向が外の子供達の空中戦を指さした。


「ああそうだね。空をとんでいるな」


「驚かない正敏お爺ちゃんは、日向より仙人みたい」

 文月が驚いた。


「私も最近は何があっても驚かなくなったよ。二人共、今だけなのか?大人になっても出来るのか?」


「それは、わかりませんが必要のない機能は退化していくはずです。摂理がもたらす遺伝環境では、進化途中なのかもしれません」


「浅葱家の遺伝子に藤代家が加わると、ああいうことが出来るのだな。私たちは、彼らが危険を冒さぬように、見守る事しか出来ないな」


「これが良い事なのか?悪い事なのか?経過を見ながら心を砕く必要はありそうですね」


「そうか、彼らに与えられた人生なんだな。日向や文月さんが千年以上引き継いできた、悲しいひとつの物語が終わったんだな」


「そうかもしれません。いえ、そうであって欲しいです」



【そんな話をしていたんだ】


「葉月は今でも飛べるの?」

「やろうと思えば、出来ると思うよ」


「家族との生活に支障は出ていないの?」

「今のところはね」


 葉月は妻の渥美あつみと幼い娘の八枝やえと何事もなく過ごしている日々を思い浮かべた。母親の文月ふづきに報告することがないほど、当たり前に毎日が過ぎている。


「とと様とかか様が出た大学も、僕は、かか様と同じで通いきったし」


「たしかに、とと様は筆記が必要なところだけ大学に行った。後は私の送り迎えだけだったからね。学生結婚するのは家系かしら?」


「そうだね。うちはみんな早いよね」


「とと様が眠り赤竜になって、横浜に行ったから、僕も結婚できたところがあるかな。藤代のひいおじい様が交通事故で突然に亡くなっても、さつき叔父さんは、地下の研究に夢中で、全然家業を手伝わないから滴叔母さんと師走が、おばあ様のお手伝いで、忙しくなった。

 長月は正敏お爺ちゃんの手伝いでほとんど、横浜にいるし、泉の屋には僕と妹の卯月だけになって、とと様も、かか様もいなくなった家が広すぎたな」



【ところで、とと様の具合はどう?】


「あなたのひいおばあちゃんが、代謝異常で長患いしていたけど、日向みたいに眠ったきりって事は無かったわね」


「思惟を読んだの」


「うん」

「もうやめれば?」


「なにを?」


「思惟を読むの。滴叔母さんが、とと様は沢山の繕いをしてきたからもう限界なんじゃないかって言っていたよ」


「でも、日向がいないと、泉の屋や集落の方も情報が入らないから」

「眠っていたら、思惟は受け取れないでしょ」


「体は動けないけど時々思惟だけ起きていて話をしたり、相談したり…」


「かか様!」


「日向だって寂しがるでしょ。寝たきりで誰もかまわなくなったら」

「今度、とと様の思惟が起きたら僕に繋いでよ」


「嫌だ」

「はぁ?わがままを言ってないで、息子とも話をさせなさいよ」


「気が向いたらね」



【これ以上、文月と話をしても進展がない事を知っている】


 葉月は深いため息をついた。そして…。


「明日の事だけど…。さつき叔父さんから早急に見てもらいたいものがあるって、連絡が来たから見に行った霊の窟がすこし気になる」


「さつきが言っていた地殻の話?」

「うん、よくわからないけど、霊の窟に問題が起きているみたい」


「霊の窟って、水源の違う湧水路が混ざり、下の湖に流れる水路のあるところ?」

「そう、良く知っているね」


「日向に何度か、連れて行ってもらった事がある。とってもきれいな所だった。祠から薄明かりと、滝からのエメラルドグリーン。混ざりそうで交わらない幻想的な所よね」


「知っているね~。湧水路もほとんど真っ暗で時より小さな光が線となって差し込み、とってもきれいだけど、あそこが一番きれいだよね」


「あの美しさを見たことがあるのは、繕い師と卯月、私だけかしら?」

「あと白イワナ」と言って葉月が笑い出した。


「機会があったら、奥さんの渥美さんに見せてあげなさいね。きっと喜ぶ。繕い師に嫁いだ特権よ」


「そうだね」葉月は少し考えて「母さんどうやって行ったの?」


「マウスツーマウスです」

「よくできたな」


「地下室の湧水槽で練習したもの」

「やっぱり練習必要かな」


「必要ね。二度ほど二人とも、死にそうになったから」

「どうして?」


「初めて行った時に水中にいる事を忘れてしまって、あと白イワナに襲われた時に、練習していたから、死なずに済んだでしょ」


「なるほどね。かか様、やっぱり、とと様が起きたら僕につないで、その辺の練習方法、教えてもらいたい」


「そうだね。わかった。時間があるなら正敏お爺ちゃんに会って行きなさい」


「八十歳過ぎても現役か、すごいな。おかげで僕らが自由に出来ているから感謝しなくちゃな」


「葉月も日向の代わりに、出来る事をしているでしょ。それぞれが、するべき事をしているだけで、それぞれの役割だから感謝しなくていいの。今、あなたがすべき役割をしっかりやりなさい」

 

「じゃあ、明日全員集合のときにまた来るよ」

 葉月はにこやかにうなずき立ち上がった。



【そして振り返って】


「かか様両家集合って、神牧の時以来だよね」

 不安そうな顔をした。文月は黙ったまま頷いた。


「かか様が僕に話そうとしないのは、それだけ大きい出来事だってことだよね」


 全身の気力を吐き出すようなため息をつき、帰って行った。


 文月は、葉月の後ろ姿を見送り戻って来ると、横浜の夜景が映った部屋の窓ガラスを見つめていた。


 日向が眠り始めてから、日向の祖母が使っていた横浜の設備にいる。普段は正敏の会社の手伝いで忙しい毎日を送っているが、日向や繕い師以外には会わない。


 ギリシャ神話の石像から、仙人になり、眠り赤竜なった日向は光を必要としない。文月は日向の眠る水槽以外に、なにもない暗闇の中で仕事以外のすべての時間を過ごし、毎日、日向の右手と文月の左手を合わせて話しかけ続けている。



【翌日、深い沈黙の水槽に】


 横たわる日向をさつきは覗き込んだ。

「まだ、起きないの?」と言いながら文月を見た。


「そう言わないで、十五年も頑張って起きていてくれたんだから、眠りについてまだ五年よ」


「しかし、どうやって五年も生きているのさ」


 突然、水槽で横になっていた日向が上半身を起こした。

「それは、私からお話をしましょう」


「その方が早いかもしれない」

 一同は驚いたが一人平然と、文月は集まった家族を見回した。



【この星は古族という意志を持ち操作が出来る存在なのです】


「星って地球の事?」さつきは早速、質問を始めた。


「そうです。あなた方は地球と呼んでいます。古族の意識はひとつであり、実態は無数です。その無数の意志はひとつとなります。また、無数は多くの命の源となって、魚の餌にもなるし、植物の栄養ともなる。体は自由に変化することができ、地族のように遺伝子の影響を受ける事もない。古族の一部である白イワナを大きく育て、地球を守るために、いくつかの手助けをしているのが、我々水族です」


「星に意志があるということ?」驚いたように、さつきが聞き返した。


「不思議ですか?なぜ、あなた方は、星自体に意志があるという前提はないのでしょうか?この星、つまり古族が生まれ、二つの遺伝子が出来上がりました。ひとつは私たち水族となり、もうひとつはあなた方が人類と呼んでいる地族です。私たち水族と地族は、もともとは同じ古族から生まれ、古族の一部であったものが、遺伝子の変化により、個別に意志をもったのです。

 そして、私達、水族は地上の浄化を地中で行い、そして、すべての地族にチャンスを与えています。アメーバーのように決まった形をなさず、どの隙間にも入りこめます。

 二十年前に、怪我をした日向さんに入り、欠損し破壊され、再生できなかった肺機能になり替わっていました。今の日向さんは、古族により生命を維持しています。

 あなた方に葬られた、神牧は地族であって、古族が初めて生み出した、エラのない人類の母から生まれた三人の子供の最後のひとりです」


「うん?神牧は何年前から生きていたんだ?」


「水中で暮らしていた人類のエラが退化し、地上に上がった時からです」


「文月、なんで、我々を呼び出した」


 とりとめのない、荒唐無稽の話にあきたのか、おばあ様はきつい調子で文月に向かって叱咤した。


「私がお願いしました」と水族は穏やかに答えた。



【なんのために?】


 おばあさまは完全に警戒をしている。


「この星の水は地中で作られています。古族は無機質で思惟のないものは、操作ができません。酸素、水素、そしてマグマと合わさり化学反応を起こし、新しい水が日々出来上がり地中の水路を通って地上に流れこみ、川を作り、海を作り、水蒸気となって雲や雨を作り出し地上の生き物に豊かさを与えています。

 安定したマントルに異状が起き始めたのが、数千年前。数十万年後には、酸素や水素を作り出しているスペースのひとつで、壁が崩壊しエベレストが水中深く沈むほどの水量が、一度に噴き出し地上の生き物は生きていくことが出来なくなります。その壁の崩壊が、日向さんの祖先が地中に危殆を放った事により、急速に進み、ここ数か月で壁が壊れてしまうことがわかりました」


「水があふれたら、もともと青い地球がもっと青くなるな」


 さつきは相変わらず揶揄を忘れない。しかしいつもと違って厳しい顔つきで

「マントルが止まってしまう可能性があるのでは?」と水族に訊ねた。


「そうです。さつきさんはよくご存じですよね。マントルがその壁の崩壊と共に停止してしまいます」


「マントルが止まるとどうなる?」


「それは古族である地球の死を意味します。今まで、一時的にマントルが止まり、地上に水があふれ出た事は、何度かありましたが、永遠に止まる事はありませんでした」


「地殻に通じる水路が地中に毛細血管のように広がっており、動脈や静脈の機能しているマグマがマントルを中心にあることは予測していた。古族が自分と同じ構造をアミノ酸で作ったとすると、人類の体内の構造を考えれば、地球内部の構造が予測できるということか?マントルは人間でいう心臓部分にあたる?星が死ぬのか」


「はい、そうです」


「地球上の生き物すべてが、死滅する事だな。マントルが永遠に止まる事を回避しなければならないな」


 さつきは師走しわす葉月はづきを見た。その視線に気がついた師走しわすが悲鳴を上げた。


「とう様、やめてよ!考えるなよ!話すな!」

「お前たちだけが、人類の危機を救える!」







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