第5話

美術研究所に通ったのは高1の1年間だけだった。研究所の授業料が高すぎたし、高校を中退してしまったし、高校にも登校しなくなったので、美大入試どころではなくなった。それでもこの1年間、あくまで美大受験を目的にした学校に通ったことは、その後の私の人生に強烈な印象を残すことになった。

美術研究所には、同じ市内の中高一貫私立に通う、エリート女子高生が何人も通っていた。そしてその私立高校は繁華街にあり、美術研究所に近かったので、例えばデッサンのモチーフの位置を決める時に、いつもこのエリート女子高校生たちが一番良い位置を占領することになった。

私が通っていた公立高校は、美術研究所に通うためにはバスを乗り換える必要があり、どうやっても30分以内でたどり着けなかった。

ただでさえ、高校の美術部でデッサンや着彩を鍛えられているのに、モチーフの場所取りまで完全に負けていた。だから、研究所内コンクールがあっても、私が描いた絵は最も下手な絵にされてしまった。

不平等だと冷静になって怒る気にもなれなかった。ここで「平等」とか「格差」と言ってみてもつまらない。そもそも本当に貧しい子なら、美術研究所に通うのは到底無理だ。

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