第9話危機

この日は、ドラマの撮影でロケにきていた。


神社の階段での撮影、俺は主人公の友人で、彼女と話し合えと説得する重要なシーン。


俺の説得はこの時は主人公に届かず、走って逃げられてしまう。そんなシーンでの撮影は、意外と監督の思い描くシーンと何か違うらしくて、苦戦していた。


「走ってさるところかなぁ、迫力が足りない」


主役の若林圭介は、歌やダンスもできるキラキラのアイドルだ。


彼とは何度か共演者させてもらったことがあり、友達…とまではいかなくても、普通に話せる仲だった。


「すみません」


そんな彼も、監督の思い描くシーンが、理解できず苦悩している。


「少し強めに月谷くんを押して走り去ってみよう」


「分かりました」


「それじゃあ、もう一度いきます!」


全員配置に着き、監督の掛け声とともにカメラが回る。


俺も役に集中する。


「だから、今のあいつに必要なのは、お前だってわかってるんだろ?なんで、うじうじしてんだよ!」


俺は、圭介の胸ぐらを掴んだ。


「うるさいよ、お前に言われなくたって分かってる!でも、今は無理なんだよ!」


その時、圭介に押される以外の何かにも押された俺は、大勢を崩し、階段がスローモーションのように視界に入る。


みんなの声が遠くなるとき、茂みに隠れた紅く光る瞳と目が合った。


「あいつ…」


ドッペルゲンガーの俺が怪しげに笑う姿を視界に写し、俺は気を失った。


「李弥!」


皆が駆け寄り、俺を運んでくれていることも、俺は知ることなく、ぐったりした。




どれくらい、気を失っていたのだろう。


痛む体を起こしてみると、そこは神社の中だった。薄暗い中で見る仏像に、少し怯えながら、外の様子を覗いてみると、俺は驚愕した。


「カット!お疲れ様、月谷くんすごいよかったよ!」


「階段から落ちた時、マジで焦ったんだぞ!でも、無傷でよかったぁー」


圭介が、自分に親しげに肩を組む様子が視界に飛び込む。


「へーきへーき」


何気ない笑顔で、返す俺の顔。


楽しそうな雰囲気。


俺の視線に気づいたドッペルゲンガーと、目を合わせる。奴の目は今は紅くはなかった。


あんな姿じゃ、本当の俺かどうかなんて、誰も気づいてもらえない。


不安が俺に覆いかぶさってくる。


「目覚めたのか」


なんの気配も感じずに、不貞腐れていると、ドッペルゲンガーが気づけば俺のところに立っていた。


「お前なんだろ?俺を突き落としたの」


俺はドッペルゲンガーに掴みかかる。


「そうだね。君の推理は正しいよ」


平然と、優越感に満ちた表情で、応える顔に悔しくて、手を離し目を背けた。


「お陰でさっきの重要なシーンも、終わらせることが出来た。お前の実力じゃ無理だったんだよ。圭介の演技不足じゃなくて、お前の受け身の演技不足が原因だったんだよ」


的をいた指摘に、俺はぐうの音もでない。


皆は、圭介の…主役の立ち方を指導したが、どんなに上手い演技も受ける相手次第で変わることを、こいつが見抜いていたと言うのか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る