第6話 車椅子

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 翌日、医師のロロ・ラ・フォージュが2人の従者に大きな荷物を運ばせて教会を訪ねてきた。


 フォージュ医師は、頭のてっぺんが禿げた、肩口ほどまである長いテンパの白髪が特徴的な、大きな鷲鼻に小さなメガネを乗せた老人だった。

 種族は、多分人間種。

 重い瞼の隙間からは小さな青い瞳がのぞいていて、よく見れば片方が義眼だった。


 ……あの義眼、わずかにだけど魔力の気配がある。

 何かの魔道具だろうか?


「ふむ……応急処置はきちんとされておるようじゃが、もう一度脚を繋ぐのは不可能じゃな。保存状態が良くない」


 メガネ越しに、私の脚の患部と、切り落とされた方の脚の断面とを見比べたりしながら、診断を下した。


 それもそのはず。

 なぜなら切断された方の私の脚は、木の桶に氷水に浸されていただけなのだから。

 桶の中はすでに真っ赤で、少し蛆が湧いてすらいる。

 私だってこんな脚をもう一度付け直すなんてごめんだ。


「それに、患者のプラーナ量からして、〈再生〉の魔術には耐えられないだろう。これは、もう義足を履くしかないのぅ。

 まぁ、履いたところで歩くことはできんが、幻肢痛の緩和には繋がるじゃろう」

「そうですか……」


 落胆したように、マザーが呟く。


「義足があっても、歩けないんですか?」

「いや、そんなことはないぞ? じゃが、すっごく痛い。なんせ、骨に直接自重がかかるからの。膝があるのはまだ幸いじゃったが、それでも歩くことはやめておいた方が身のためじゃな」


 義足があれば、と思っていたが、どうやらそう上手くはいかないらしい。

 田中恭一も、そういえばずっと車椅子にしていたのは、義足で歩くよりもそちらの方が便利だからだったと思い出す。


 ……聞いてみようか、車椅子。


「あの、では椅子に車輪をつけて移動できるようにしたものとかはありませんか?」


 思い切って、フォージュ医師に尋ねてみる。

 すると彼はなぜか驚くようなそぶりを見せて、こう言った。


「……驚いた。

 実はな、今日はその話もしようとこっちまで来たんじゃよ」


 そういうと、フォージュ医師は従者に荷物を解くように指示を出した。

 すると、その中から現れてきたのは、大きな金属製の車椅子だった。


 黒を基調とした、白と金の縁取りがなされた金属製のボディ。

 車輪はさながら鋼鉄製のラウンドシールドの様で、革張りの座面は玉座を模した操縦席の様に見える。

 背面には何やら無骨な箱が接続されていて、そこに何が格納されているのか、非常に気になるが──はっきり言って、田中恭一の記憶にあるそれよりも、遥かに兵器っぽさが強いデザインであると言えた。


「それは?」


 謎の機構が積載されていそうな気配に、怪訝な顔をして尋ねると、フォージュ医師は、よくぞ聞いてくれたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。


「魔術師ギルドと錬金術師ギルドが現在合同で研究開発中の身体拡張術式〈シメール〉を用いた、次世代型魔導外装の試作品じゃよ」

「次世代型……何ですって?」

「次世代型魔導外装、じゃよ」


 興奮した様子でそう答えるフォージュ医師に、私はポカン、としていた。

 なぜならその車椅子が、身障者の生活補助向けというよりは、明らかに戦闘用のフォルムをしていたからである。


「百聞は一見にしかず、じゃ。

 試しに、操縦席に座ってみてくれたまえ」


 嬉しそうな表情を浮かべながらそう指示を出すフォージュ医師に、顔をこわばらせながらも、彼の助手の助けを借りつつ車椅子に腰を落とす。

 すると、2人の助手の手によって、革のシートベルトで腰をしっかりと固定された。


 座った感覚は、革張りの椅子だった。

 触り心地も悪くなく、少し大きいという印象を覚える以外は、いたって問題がない、普通のリクライニングチェアの車椅子版、といったところだった。


「座り心地はどうかね?」

「ええ、普通に快適ですね」

「そうじゃろう。

 しかし、その椅子はそれだけじゃない。肘掛けに手を置いて、魔力を流し込んでみてくれ」


 言われた通り、肘掛けに手を置いて魔力を流してみる。

 するとどうだろうか。

 目の前に半透明なウィンドウが表示されたではないか。


「『簡易操作メニュー』……?」


 表示されたウィンドウに書かれている文字を読む。

 どうやら、メニュー内の表示は意識を向けるだけでカーソルを移動させることができる様で、少しだけパソコンみたいだな、という印象を覚えた。


「お、ちゃんと開けた様じゃな」


 フォージュ医師の説明によれば、これはどうやら〈鑑定〉の魔術を応用して作った操作板らしく、操縦者にしか見ることができないらしい。


 たしか、〈鑑定〉の魔術の仕組みはインターネットとよく似ていたし、おそらくこの世界にもコンピュータ言語の様なものがあるのだろう。


 田中恭一の記憶の中にも、文字を使った魔術として、ルーン文字とかシジルとかあったし、きっとそういうものが使われているのだと思う。


 ……ということは、そうか。

 魔道具を作るには文字魔術を勉強する必要があるのか。

 教会の図書館には置いてなかったし、もっと大きい、都会とかに行けば読めるかもしれない。


「その目の前に見えているものはウィンドウと言ってな、そいつを操作するのに使うんじゃ。

 まずは、初期設定から進めていこうかの」


 それから私は、フォージュ医師の指示に従って長い初期設定を進めた。


 設定をしている間に、フォージュ医師はそれとなくこの車椅子の目的や、なぜ私をテスターに選んだのかを教えてくれた。


 フォージュ医師曰く、この車椅子は、〈シメール〉と呼ばれる術式を用いることで、人の身体感覚を拡張することができる装置で、簡単に言えば魔力で動く新しい手足をコンセプトに作られているものらしい。


 元々は手足を失った冒険者に用意する目的があって作られたものだったが、しかし魔物との戦闘で手足を失った冒険者というものは、いわゆる心的外傷後ストレス障害を患っていることが大半で、テストには向かなかったのだそうだ。


 そこで、それならばこれから冒険者になる予定がある(強制)子供に、若いうちから使用してもらい、それによってデータを得るという方向にシフトチェンジしたらしい。


「テスターになってくれれば、この教会が抱えている借金を、うちで返済させてやってもかまわんぞ?

 どうだ、テスターになってくれるか?」


 初期設定が終わった頃、ニヤニヤと笑みを浮かべながらフォージュ医師は提案した。


 思わずマザーの方へと視線を向ける。

 表情から読み取れるのは、私に対する期待の感情と、文句を言わずに申し出を受けろという静かな圧だった。


 まぁ、断れるわけ、ないんだけどさ。

 お金が関わると、人って性格変わるわね。


 フォージュ医師の言葉は実質的には、教会を人質にしている様なものだ。

 マザーがそれを受け入れたとは思いたくはなかったが、きっと何か、裏の事情でもあるのだろう。

 それを、まだ子供の私が判断してどうこうできるものではない。


「……わかりました。その依頼、受けましょう」


 それから、私は契約書にサインを施すと、指を針で突いて血を出させ、血判を押した。

 すると、契約書が一瞬燐光を帯びて、私の脳の中に契約の条文が刻まれていく感覚を覚えた。


 魔術契約だ。

 契約に関係する全ての人物の脳に、契約を破らない様にする呪いを刻み込む古典的な魔術。

 もし契約を破れば、破った側に相応のペナルティが発生し、酷い場合は死ぬことすらあるものである。


 この契約書の場合は、頭痛の付与のみで、死ぬことはないみたいだな。

 ただ、痛みの強さの限界はないらしいが。


 いやらしい呪いだが、これがあるなら、フォージュ医師は100%約束を守ることだろう。


「さぁ、これで契約完了じゃな。

 明日には迎えを寄越す。それまでに少しは慣れておいてくれたまえよ、レレツィエッカ」


 フォージュ医師は最後にそう告げると、契約書の原本を持って医務室を後にしたのだった。

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