身元不明の転生者。

ゆう。

第1話 問題だらけの転生者。

仄暗い。そして深海に沈んでいくかの様な音、(五月蝿い……。うるさ、)くぐもった音が耳の周りで鳴り続ける。それは、月曜の朝のアラームの様であり。朝、自身を起こしに来る母の声を夢の中で聞いているかのような感覚であった。


(暗いな……明かりは……。)


辺りを見渡すために身体を捻じるように動かす。しかし、首は左右に動くものの、身体が思う様に動かない。動く首から上を動かし辺りを見渡す、薄暗く。灰が舞っているように、視界がぼやけている。宇宙空間の様に不安も覚えるほどの暗黒。しかし、心地いい。このまま身を委ねても良いと思えるほどに_____。


(眩しいな……)


しかし。その心地良さを邪魔する1つの光源があった。徐々に明るさを増すその明かりが眩しくて、目を細め片手の手のひらで覆って隠そうとする。


まるで届かない月に必死に手を伸ばすように。


もう少しで伸ばした手が覆いかぶさるところでその光源は急激に明るさを増す。それは月の明るさから太陽のように眩しく身体を焼くように熱くなる。


「はぁ!?……ぐっ!」


急激に上がる温度とライトを目の前で照射された様な感覚に思わず声が漏れる。


次の瞬間。走馬灯のように記憶にない記憶が頭の中で巡る。そして消えていく。泡沫の泡のように。


(あががぁぁぁぁあッッ!!)


本能か、それとも自身の頭の中を駆けずり回る不快感からか。堪えきれない拒絶反応が起き、必死に心の中で抵抗をする。しかし、その記憶の流出は溢れ出す濁流のように止まらない。もう耐えきれない、目が回るほどの記憶の数々。その無数の記憶がシャボン玉の様に思い出しては消える。それを永遠と繰り返す。


何時間。いや実際には数分であろう時が経った頃。最も鬱陶しく視界を遮る明かりは徐々に消え、身体の焼け焦げる様な暑さも引いてきた。頭の整理がまだつかないが、肉体的、視覚的な平穏が取り戻せたことで少しずつ落ち着きを取り戻す。


未だに自由の効かぬ身体。闇の中、宙を浮いている身体。朦朧とした頭で先程の出来事と状態の整理をしようとする、その時、その空間には到底相応しく無いであろう機械音が闇に鳴り響く。



『ピコン!』



気が抜けた、まるで中身がないような音がトンネルで響くかのように反響する。その直後、冷徹な淡々とした機械とも人ともいえぬ声が何処からか、聞こえてくる。



『転生者の記憶矯正完了度…60%。肉体の順応、体内における魔力核の生成完了度100%。種族を種族名・人間に固定。記憶矯正と同時に肉体の再生成を開始します。』



「は?」心の中でツッコミを入れる。この声どこから聞こえているんだ。そもそも誰なんだ。人なのか、肉体の再生成とは?


その考えが、解消されることはなく1つ1つと疑問が湧き出てくる。しかし考えることを許さないかのように声は続ける。



『問題が発生しました。転生者の血統に合致する母体が確認出来ませんでした。種族名・獣人ビーストで設定を再構成……母体が確認出来ませんでした。種族名・精霊人エルフで再構成……確認出来ませんでした。魔物、竜人...記憶の矯正を一時停止。肉体の再構成データ作成に注視します。』



女性を模したであろう機械声が想定外のことが起きたことを淡々と告げる。その声に焦りは無くただ状況と結果を述べるのみ。


幾分か経っただろうか。何故か走馬灯の様な感覚が無くなり、何となく理解が追いついてきた。転生だか記憶の矯正だか言っていたが要するにあれだろう。『輪廻転生』りんねてんせい俺は無宗教だが、人が生まれ変わる。という思想には何故だが共感出来た。


そして赤子に生まれ変わるのだから記憶の抹消は必要不可欠なのだろう。そうでなければ前世の記憶を持った人間がゴロゴロこの世に蔓延していることになってしまう。


魔力核だの種族名だのはよく分からないが、『死なない』と思ったら安堵で腰が抜ける感覚に陥る。そうしている間にも機械声は淡々と言葉を紡ぐ。



『種族名・魔人デーモン……該当なし。現存する全ての生命体の母体との認証終了。合致する母体は確認出来ませんでした。肉体の再構成を中止。母体ではなく身体をそのまま現地に召喚します。_____問題発生。現在の肉体年齢では転移の衝撃に耐えられません。

肉体再構成を検討の為、前世の人体データを参考にします。……肉体年齢を0才から17才へ変更、……転移衝撃クリア。』



(待て待て待て。現地?そのまま転移?どういう事だ?赤子になって人生をやり直せるんじゃ無いのか……?機械声のお姉さんもっと頑張れよっ!)



『肉体の再構成完了。これから転移を開始します。座標の確認。周囲の安全を確認。肉体の転移を開始します。』



(おい!まてっ!記憶はどうしたっ!返せよ!自分の名前すら思い出せねぇ……!)



『事例が特殊な為、対象者に固有スキルを追加。記憶の矯正再開……。エラー、対象者の抵抗力が高い為実行できませんでした。』



次の瞬間、仄暗い宇宙空間の様な空間が赤く点滅しだした。まるで緊急事態が起きたかのように。


『緊急事態発生。肉体の転移の中止を申請……受諾されませんでした。再度申請。受諾されませんでした。再度申請……』



(どんだけ俺の記憶消したいんだよッ!このポンコツ機械女が!)



『申請……申請……申請……確認出来ませんでした。』



その機械声は声に焦りのような物こそ感じないが焦っているのがよく分かる。何故かしてやったかのような気分になり、ほくそ笑む。


(はっはッ!愉快っ!愉快!)


俺は声こそ出ないものの今できる最大限の喜びを心で表した。

そうしていると、赤く点滅していた部屋が白く染まり出す。雪が降り積もるように、吹雪で前が見えなくなるように。先程まで聞こえていた機械声もはるか遠くの様に聞こえる。


(眠い……。)


次の瞬間、俺の目の前が完全に白く染まり、激しい頭痛がした。そしてその刹那、目の前が暗転した_____。








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